渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

映画の中の名セリフ  ~ハスラー(1961)~ (再掲)

2024年04月21日 | open
 


名作映画には名セリフが多く
ある。
だが、意訳が過ぎて原語とか
離れる場合も多くある。
『カサブランカ』の「君の瞳
乾杯」は名邦訳だが、原語
台詞
はまるで異なる。
あのシーンは

”Here's looking at you, kid.”
だ。
「君はかわいい子だね」と

うような意味であって、劇中

で何度も出て来る。kid として
子ども扱いのように思うので
あって、邪な男心とは裏腹の
表面上の台詞となって演出さ
ているのだ。想いを押し殺
男のダンディズムのいち台
詞と
して。

こうした和訳の意訳(異訳)
数多くあるが、本質を捉え
名邦訳もある。
『ゴッドファーザー』によく
出て
くる台詞に有名な次の台
詞がある。

”I’m gonna make him
an offer he can't refuse.”
これは日本語字幕では原意に
沿っ
てどすの利いたセリフと
して訳さ
れている。
「奴が断れない申し出をして
やる」

と。

今回、公開同年に『ウエスト
サイド
物語』があったために
アカデミー賞
にフルノミネート
されながらも映像
賞しか受賞
できなかった名作である
『ハ
スラー』(1961)を見てみる。


まず、冒頭の道中のシーンか
ら転
じてここはシカゴ(映画
ロケはNY)。

名うての全米一の撞球師であ
ミネソタ・ファッツと大金
を賭けて
の大勝負のために、
若きカリフォル
ニア、オーク
ランド出身のエディ・
フェル
ソンとスポンサーのチャー

ーが老舗ビリヤード「エイム
ス」
に乗り込んでくる。
そして、受付を済ます時にキ
ャッ
シャーと会話する。
これがかなりの名セリフ。

<翻訳私>
 エディ(キャッシャーに)
No bar?
(バーはねぇのかい?)
 
 キャッシャー(迷惑そうに)
No bar, no pinball machines, 
no bowling alleys. Just pool. 
Nothing else. This is Ames, 
mister.
(バーは無い。ピンボールマ
シンも
ボウリングレーンもだ。
玉撞きだけ。他には何も無い。
ここはエイムスなんだよ、旦那)



するとエディは手玉を受け取
って
店内のテーブルに向かい
ながら
チャーリーに言う。

 エディ
This is Ames, mister.

この邦訳の時、吹き替えでは
「おっかねえ店よ」としてい
る。

字幕版では「結構だな」であ
る。

私ならば、原意を汲み取って、
「だとよ」とか「だってさ」
と訳
したいところだ。
エイムスはそこらのアミュー
メントやバーの酔客相手の
玉置
き店ではなく、本格的な
撞球の
みでやってきている店
だ、舐め
るなよ、という受付
キャッシャー
の台詞と連動し
ているからだ。

字幕版の「結構だな」という
はかなり原意を汲んでいる。
言い換えるなら「上等じゃねぇ
か」ともなる。あるいは「御
派」とか。

しかし、店の受付係も裏筋者
だろう
が、いけしゃあしゃあ
とこんな看板
を店に掲げている。
「賭博禁止」という看板。
文字通りの金科玉条であり、
ザル
看板だ。
西部劇によくある、自分の手
配書の
壁紙の下でアウトロー
が煙草を吸っ
ているシーンに
似ている。



そして、エディはおもむろに
ハウスキューを手にして、入
口すぐ横の台で玉を撞いて
手な
らしをはじめる。
先ほどの受付キャッシャーの
台詞
回しも、まるで舞台劇の
ような
抑揚で音楽のように言
葉を言う
のだが、ここでのエ
ディとチャー
リーが今度はま
るで舞台劇の
歌劇のようなリ
ズムと音階で
台詞を言うので
ある。

ここは見応えがある。


<翻訳私>
 エディ(キューにチョーク
塗りながら)
Hou much am I gonna win
tonight? Hm?

(今夜いくら稼ごうか?よぉ?)

チャーリーは答えず黙っている
だけだ。
客のビッグジョンと使い走りの
プリーチャーは聞き耳を立てて
る。

 エディ
Ten grand. I'm gonna win ten 
grand in one night.
(1万だ。一晩で1万剥いでやるぜ)

チャーリーは彼をじっと見つめる。

 エディ
・・・Well, who's gonna beat 
me?
C'mon, Charlie, who's gonna 
beat me?
(ああ、どいつが俺に勝てるん
だ?

なあチャーリー、誰が俺に勝
てる
ってんだ?)

 チャーリー
Okay...Okay. Nobody can 
beat you.
(OK... OK. 誰もお前に勝てねぇよ)

この時のエディとチャーリー
台詞の言い回しがもう殆ど
歌劇
なのである。劇場での役
者の。

一つの絵になっている名シーン
でもある。

エディは続ける。

 エディ
Ten grand! I mean, what other 
poolroom is there in the country
where 
a guy can walk out with
ten 
grand in one night?
Jeez, you know, I can remember 
hustling
an old man for a dime
a game.

(1万だぜ!俺が言ってるのは。
国の他の玉屋で一晩で1万を
叩き稼ぐ奴はいねえぜ。
う~ん。ほら、そうだろ。
俺ぁじじい相手に10セント
しけたゲームで張り切ってた
のを思い出せるぜ
)

この時のエディの台詞回しも、
とても演劇舞台調のリズムを
刻み
ながらしゃべる。
観応え聴き応えのある名シー
ンと
なっている。
そして、このセリフの時、エ
ディは
where a guy can walk out with
can は米語発音ではなく英
国発音で「カン」と言っている。
これも一つの抑揚とリズムがあ
り、
舞台劇のようなセリフ回し
となっ
ている。
見どころの一つだろう。
 
このシーン。


この映画『ハスラー』は、単
なる
映画ではなく、非常に緻
密に計算
された演出方法をす
べての場面で
見せている。
さりげなく映す事で。
例えば、大富豪ジェームズ・
フィン
ドレーの邸宅の地下室
でビリヤード
対決をするシーン。
その部屋には、ギリシャ神話
のパーン
の彫刻像が置いてあ
った。


(原作シナリオから)
Findley points to a statue 
on a table behind the couch. 
It is a figure of Pan,with horns 
sticiking up through his curly 
head, and the legs of a goat 
extending down below his waist.

このパーンには極めてこの映
画の
テーマの真相に触れる部
分での
布石描写となっている
のである。

このシーンはさりげなく台詞
では
流している。

フィンドレー
「あの彫刻のモデルは君か?
お仲間か。非常に似ているね」

バート・ゴードン
「かもな」

映画『ハスラー』の特徴は、
映画と
いう一つの映像作品が
ミュージカル
のような名調子
の台詞で飾られて
いる点だ。
そして、人物の配置に劇場舞
台演劇
の手法が採り入れられ
ている。

ラストシーンなどは、大勢の
人物が
一人も重ならずに、
一瞬ストップ
モーションとな
る。まるで西欧の
宗教画のよ
うなタッチで。

そして、それからその空気が
解けて、
人々がゆっくりとそ
れぞれの動き
を開始する。
しかし、バート・ゴードンだ
けは
動かずに止まったままで
いるのだ。

非常に暗喩的な表現法で作ら
れて
いるのが『ハスラー』だ。
アカデミー賞こそは取れなか
った
が、この作品は芸術作品
としても
映画の表現技法とし
ても、歴史的
な名作であると
断言できる。
本物の名作。

 
 

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