インターロッキングブロック
で歩道を敷き直す事は1990年
代初期に東京では開始された。
それを見て元見学連(全学連
の後ろから一緒に機動隊に石
を投げるサラリーマンの野次
馬)だった一回り年上の居合
の先輩は「これで本当に敗北
したのだ。この現実にはかな
りのショックを受けている。
完全に終わったのだ、と」と
私に語った。
「敷石を剥がせばそこは解放
区」という1968年の状況を封
殺するために国家権力は日本
全国の歩道の敷石を廃止して
アスファルトで塗り固めた。
元中大全共闘だった作家の
北方謙三は「我々は闘いには
敗れたが、唯一日本を変えた
実績がある。
それは日本全国の歩道を敷石
からアスファルトに変えさせ
た事だ」と自虐的皮肉で語っ
ていた。
何故敷石を学生たちは剥がし
たか。それは神田カルチェラ
タン解放区での投石の為だ。
歩道の敷石を剥がして落とせ
ば簡単に割れる。そしてそれ
を女子大生がせっせと運ぶ。
それを男子学生が印字打ちの
ごとく投石するのだ。
つかこうへいの戯曲『飛龍伝』
もそうした時代背景を描いた
作品だ。敷石を割る全学連の
女子大生と機動隊員の道なら
ぬ恋の物語としても描かれた。
あの作品のテーマは深い。
人の垣根は何なのだろう、と
いうテーマ。
広島県三原市では、今世紀に
入ってから徐々に歩道がアス
ファルトからインターロッキ
ングブロックに敷き直される
ようになった。
水はけの問題などから、歩道
はアスファルト固めよりも敷
石のほうが優れているのは論
を俟たない。
ただ、三原市は敷設が東京都
よりも四半世紀以上遅れてい
る。
今では三原駅前のメインスト
リート(新聞用語メーンスト
リート)の車道にもインター
ロッキングブロックが使われ
ている。
(三原駅前城町のマリンロード)
このブロックに木材系素材を
使用する新方式が最近開発実
用化されたらしい。
これは一つの良い方向性の
産業革新になると思える。
そういえば、きょうは10.21
国際反戦デーだ。