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渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

2000年キムタクのバイクの色

2025年03月02日 | open

ドラマ『ビューティフル
ライフ』(2000)でキムタク
が愛車としていたバイク。
このバイクのタンクの色、
1978年の高校生の時に自分
のバイクのタンクを同じ色
に塗り替えてた。ウレタン
の2液硬化のガン吹き。


古い写真の関係でキムタク
カラーよりも深い水色に見
えるが、原色はキムタクカ
ラーに近い色。

同じ苗字の都内のイトコの
小学生が夏休みに一人で遊
びに来
て喜んで跨ってた。
二人乗りでいろんなとこに
も行った。

このバイクは都内文京区の
高校の3年時に親が2年前か
ら転住して住んでいた広

県三原市に移送して保管し
てい
た。
嘘みたいなホントの話、当
1978年時点で、広島県三
市でバイクを見かける事
ほぼ無かった。
夏休み中乗り回していても

バイクに出会う事はほぼ無
かった。
同世代の高校生などでバイ
クに乗っているのは
ゼロ。
まして、峠をコォーンと走
っている人間などは三原で
は皆無だった。
東京には当時3ない運動は無

かったが、広島県は3ない運
動をかなり前から推進して
いる県だったから
だ。

広島県では警察も教育関係
者もオートバイを悪と決め
つけ、一般人には乗らせな
いような社会排除をしてい
た。
ある時、三原市内の親戚の
大学生のねーちゃんに遊び
においで~と呼ばれたので
バイクで遊びに言ったら、
その母親から猛抗議のねじ
込みがあった。
「オートバイでうちに来る
など非常識も甚だしい。
娘の嫁入りにもかかわる。
二度と来ないでくれ」と。
おまわりと先公というダブ
ルでろくでもない家系だが、
当時の広島県人の感覚を代
弁してもいた。
そのねーちゃんも教員にな
ったが、うちの血筋がろく
でもないのもあるが、まあ、
バイクを社会悪のように扱っ
ていたのが当時の広島県の
公僕たちと民間人だった。
そもそも公務員こそがろく
でもないヤカラなのだが。
そいつは今でも変わらない。
銀行屋とか教員や役人の公
務員ね。
まじで中味の実態を見ると、
実にろくなもんじゃない。
真の社会悪というのは、何
かな?というところ。

 
 

 


 


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