『続・夕陽のガンマン』のラストクライマックスの三つ巴の決闘のシーン。
イーストウッド、ベストのボタンをかけちがえてる。
でもって、シャツの手首のボタンをとめないのは俺的には正解だな。
こうでないとね。自在には動けない。
スーツでもそうだよ。
もしかしたら、ベストのボタンをずらしてかけているのは、抜き撃ち
しやすいように右側を上げたという、無駄に細か過ぎる演出表現だった
のかも(笑
「どうでもいいじゃん、そんなこと」ではないような気もする。
これが実はガンマンとしての凄腕さを表す演出のうちの一つだとしたら、
非常に面白く興味深い。地味だが意味のある演出となるからだ。
仮に逆にイーストウッドの着衣のずぼらな乱れだとしたら、それはそれで
この抜け目のないブロンディという役どころのキャラにおいて、少し間が
抜けたところもある、というこれまた細かい演出に転化する。
それは、大砲の砲撃で床が抜けて脱出できたように、すべて計算ずくの
行動ではなく、大きなラッキーが常に付いて回る、というような運任せの
部分も持ち合わせるブロンディ=名無しというキャラクターの設定にも
なるのである。
やはり、『続・夕陽のガンマン』は、イーストウッドのマカロニ三部作では
傑作との誉れが高い名作だ。
唯一、題名がよくない。原作通り、「いい奴、悪い奴、汚い奴」みたいな
ほうがしっくり来るが、日本語ネーミングが陳腐なのは世の常で、西部劇
は「~のガンマン」か「荒野の~」が定番だ。殺人事件ならは「~殺人事件」
とでもしとけば恰好がつくと思っている安直なフシがあったりする。