渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

塗り

2022年06月11日 | open



友人の一人に撞球者がいる。
その彼はプリントキューである
のに、頗る動きの良いバットと
シャフトのキューを1本持っている。
何本もキューを持っているが、

そのキューが総合能力が高いので、
ここ数年はそれを多用している。
キューの金額は能力とは比例しな

いという典型例。
最近のプリントは技術が発達して、
プリントなのか本物のインレイな
のか一見すると判り難い程のプリ
ントを見せる。ペイントとプリン
トの時代の違いを感じさせる。

プリントキューの特質は、表面
のみ模様が印刷されているだけ
で、実は中身は一本物のいわゆる
業界用語で「坊主」、つまりプレ
ーンの造りである事が殆どだ。
だが、それは時としてカスタム
キューでも珍重された技法と奇し
くも同軸を形成する要素を持つ。
アタリに出会えば、そこらの高級
キューと比肩できる程の動態性能
を見せる個体もあったりする。
ハウスキューの中にもごくまれに
アタリがある事実と同じく。

友人はかつて「塗り」のプロだった。
本職。
その彼は、プリント部分(ナチュラ
ルのメイプル地を見せるクリアの
中にフルール・ド・リスがプリン
トされている)の配置がどうも
気に入らないらしく「ここのこの
部分さえ無ければこのプリント
柄も悪くないのに」と言う。
確かに。私もデザイン配置の感想
とし
て同感だった。
「そこだけ剥がして、クリアを
塗り直したら?プロだったし」と
私は言った。

すると友人は「それもありかと
考えた。しかし、もし万一現在
の性能が大幅に変わってしまった
ら?それを考えたらリスクあり
過ぎだと思うのでこのままで
我慢(笑)」と言う。
これまた、ある面大正解かと感じ
た。
塗りのプロであっただけに、クリア
塗装如何で製品の品質が左右される
事を知悉しているのだろう。

ビリヤードキューは木製品だ。
木は生きている。
そして、気乾比重や質量等は関係
なく、それぞれ個体により道具に
仕上げられた時の動きに個体差が
発生する。
その個体差は木の種類や接着密度
による個体差とは別な物としてある。
簡単にいうと、メイプルとエボニー
では木の質としての性格が異なる
が、同じメイプルでも個体によって
すべて性質が異なるのだ。
木は生き物なのでそれは仕方ない。
石油化学で生まれた画一的な工業
製品ではないのだから。
逆にいうと、だからこそ木製品は
道具にした際も面白いのである
のだが、一つ欠点がある。
それは「アタリとハズレ」という
個体差が存在する事。
時にその個体差は微細な繊細な差異
として現出するのであるが、人間は
そのごくわずかな差異を感じ取って
しまう。木製楽器がよい例だ。
音質の違いは、どんなに微細なもの
でも、人間はそれを識別できてし
まう。

かくして、ビリヤードのキューに
おいては、木製構成パーツを使った
トラディショナルなキューでは
「個体差」からは絶対に逃れられ
ない。
そしてそれは、人をして「アタリ」
か「ハズレ」かを感知せしめて
しまうのである。
アタリ⇔ハズレに明確な指標として
の目盛りのような基準は無い。
そこがまた難しい要素を増幅させ
るのであるが、単純な表現を使えば、
料理と一緒。味は「おいしい⇔
まずい」の基準を数値化できない
のと似ている。
曖昧な言い方だが、キューは撞い
てみて「お!」と
思える物はア
タリであるケース
が多い。
しかし、その「アタリ」か「ハ

ズレ」かの基準枠は各個人に依る
ものなので、殊更に曖昧だ。
どういう性質の物を「アタリ」と
捉えるかは各人による。

ただ、物理現象は各人の感想や
好みとは別に厳として存在する。
例えば不思議なもので、誰がやって
もまったく「引き玉」が苦手な
キューも存在したりする。厳密
にはキューのシャフト部分なのだ
が。
逆に「押し玉」が苦手なキューも
ある。
さらにはイングリッシュと呼ばれる
ヒネリのスピンが乗りやすいキュー、
そうでないキューもある。
手玉の横跳びのズレの大小もある。
そして、「ただの棒」のような
キューもある。全く手玉を自在に
動かせないモップの柄のような
キューも現実に存在したりする。

それらの物理的な現実的現出現象
に各個人の好みという全く別要素
が接触するので、キュー選びは困難
混迷を極める。
ただいえてるのは、「自分のプレー
スタイルに合った道具」を選ぶ事
が必須だろう、という事。
昔あるプロが私のキューを5本程
撞いてみて「分類としてはどれも
似た性質のキュー」と評したが、
そうした事にもなってくる。
切れ物の刀が好きな人は切れ物
の時代刀ばかりが手元に集まる
し、実用性度外視のキンキラの
美術刀剣が好きな人はそのよう
な日本刀ばかりを集める。

友人の「塗り直しは思いとどまる」
という選択肢は、判断としてある
正論を実行しているように感じる。
クリア塗料にどんな物を使ってい
て、どのような塗り方で厚みが
何ミクロンであるかが判明しない
事には、性能面の原状回復は困難
と彼は判断したからだ。

クリア塗装の状態によって全然
打球性質変わりますよ。ビリヤー
ドのキューは。これ、ほんと。



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