渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

古典落語『井戸の茶碗』(五代目 古今亭志ん生)

2024年06月24日 | open

5代目古今亭志ん生『井戸の茶碗』-rakugo-


はしょりバージョンだが、この
高座の
志ん生の「井戸の茶碗」
が古今東西
最高だと感じる。
これが武士。これが侍。
だが、武士の真正直で一直線な
心根が
いろいろと行き違いを起
こす。
それを滑稽噺にまとめた演目。


稀代の名人五代目古今亭志ん生
本名美濃部といい、江戸幕府
の槍術
指南番の家柄だった。
維新後、家は零落し苦労をした
ようで、
幼いころから丁稚に出
されたりしていた。

破天荒を絵にかいたような人生
だった
が、晩年は脳梗塞で倒れ
た影響もあり、
呂律がよく回っ
ていなかった。

この昭和30年代初期の「井戸の
茶碗」
でもやや語りにその影響
はみられ
るし、途中で金額計算
を間違ったりも
している。
だが、この高座の「井戸の茶碗」
最高だ。
ここまで登場人物のキャラクタ
を明確
に演じている余人の落語
は聞いたことが
ない。
特に、息子の古今亭志ん朝の
『井戸の
茶碗』などは最悪で、
浪人千代田卜斎
の性格を「懇願
する」ように演じてし
まって
いて、浪々の身となれども高潔
さを
失わない武士の心を消失さ
せるような
そんな演じ方をして
いる。あれはいけない。


※ この高座の「井戸の茶碗」
において
志ん生が「にしんにし
ている」
と聞こえるように言っ
ているのは、これ
は「身、貧に
している=生活に困って
いる」
という意味の表現を正調江戸弁
言っているものと思われる。
現代ではなかなか通じない為か、
息子
の志ん朝においても、別
表現に言い換えて
いる。

※ 「天保」とは天保百文銭の
こと。

4000文が1両となる。1両は現在
レート
で化政文化期に約12万円。
幕末には
約3万円。1文は30円。
二八蕎麦が16文だとすると、か
けそば1杯が480円となり、現在
の立ち食い蕎麦とそう変わらな
い。
ちなみに新作刀は15両が平均的
相場であり、現在価格にすると
180万円となる。こちらもあま
り現在とは変わらない。中には
50両もする刀もあったりして、
それは前述のレート換算で約
600万円となり、これまた現代
新作刀の最高金額とほぼ同額と
なる。
幕末期を描いた司馬遼太郎の
小説『新選組血風録』では、
京都の刀屋が沖田総司に進呈し
た御番鍛冶の鎌倉古刀を近藤が
世間の体面上「買い受けるゆえ
値を申せ」と刀屋を屯所に呼び
つけて申し渡すシーンがある。
そこで刀屋は「されば一万両」
と言う。幕末は1両が約3万円。
1万両は現在の3億円に相当する。
「な!」と近藤と土方は気色ば
むが、現在国宝の日本刀が1口
5億円で取引されているので、
1口3億円の刀は非現実的で荒唐
無稽な文学表現とはならない。
刀屋は「てまえは沖田様のお人
柄に惹かれて心置きなくお使い
くださいと申したまで。お売り
するつもりはございません」と
斬られることを覚悟で近藤勇と
土方歳三に言上する。
あきんどにしては大した覚悟と、
近藤と土方は感心するというく
だり。


※ 「セイショウコウ」とは、
現在の
東京都港区白金の明治
学院大学付近の
清正公のこと
で、加藤清正の位牌が
置かれ
ている覚林寺のこと。

『井戸の茶碗』に出てくる細川
中屋敷の武家長屋も、明学大
のすぐそばにあった。現住所は
港区高輪西台町1番地。
細川家
とは肥後国54万石細川越中守家
のことであり、昭和時代に内閣
総理大臣を務めた細川護熙氏の
家のことである。

肥後細川家の武家屋敷長屋。
ベアト撮影。まさにこの建物と
道端において細川藩士高木と
くず屋の清兵衛のやりとりが
なされたという設定。この格
子窓の二階からザルかごを紐
に着けて道に下ろし、仏像を
カゴに入れて引き上げて格子
から部屋に入れたことになる。


この細川家中屋敷の侍長屋の
実物写真を見ると、落語『井
戸の茶碗』で出てくる仏像は
かなり小ぶりな仏像の設定
であったことがわかる。観音
像のような物であったか、大
仏さんのような座像であった
かは志ん生の落語では不明だ。
50両となると切り餅2個が仏
像の中に入っていたのであろ
う。
時代劇で一番多く舞台設定と
される化政文化期とすれば1両
約12万円計算で600万円程に該
当する。細川の殿様が茶碗を
召し上げて下しおかれた金子
は300両。落語の井戸の茶碗は
3,600万円ということになる。
現在、実在する細川家の井戸
の茶碗は重要文化財であり、
3,600万円でも買えない。第一、
市場には出ない。
ただし、重要文化財の細川の
井戸の茶碗は、戦国時代末期
に細川三斎が所有し、後に仙
台伊達家、江戸の豪商冬木喜
平次、松平不昧が歴代の所持
者で、現在は畠山記念館が所
蔵している。

落語『井戸の茶碗』は江戸期
すでにこうした数奇な来歴の
ある細川と銘された名器の井
戸茶碗をモデルにしているこ
とは容易に想像できるが、江
戸期の演目であるとすると、
武家文化や歴史に精通した人
物が原作を書いたと思われる。
教養なくばこの噺は作れない。
火炎太鼓や饅頭怖いや時蕎麦
とはかなり違う噺となってい
る。かなりできる仕掛人たる
ライターが江戸期に書いたこ
とになる。(あくまで初登場
が江戸期であるならば)
演目の登場が明治以降である
とすると、これはもう民間に
おいても知性涵養の時代であ
るので、文学はじめ文芸等は
大いに隆盛をみているので、
裾野は広がっている。それで
も名作を書ける人間はそうそ
ういない。

重要文化財。
茶碗「大井戸 細川」。
「天下三井戸」のうちの一つ
である。


国宝。「大井戸 喜左衛門」。
李朝期。


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