「いつか君と僕は同じ一線で
結ばれた優しい放浪者だった」
ドラマ『高校教師』(1993年。
全11話)。
私の中で、この作品がここ30年
で一番のドラマだ。
作品の作りと撮影が物凄く丁寧
ということを言うと陳腐になる。
原作者野島伸司はこのドラマを
「ギリシャ神話のようにしたい」
とのことで脚本を書いた。
多くの俳優に出演を断られた。
それはあまりにもタブーとそれ
を超える愛をテーマにした作品
だったからだ。
ようやく決まった主人公の女子
高生の一人二宮繭(まゆ)は
桜井幸子が演じた。
また、多くの女優が断った繭
(まゆ)の親友相沢直子役は
持田真樹が演じたが、鬼気迫る
教師藤村(京本政樹)の演技に
よって、本当に京本を持田は嫌
いになってしまったそうだ。
(20数年後に和解)
主人公の教師羽村は真田広之
が演じきっている。
このドラマはドラマとわかって
いても、切なく悲しい。
悲しいだけでも切ないだけで
もない。切なくて悲しいのだ。
第1話の段階で主人公の教師
羽村のナレーションが過去形
で述懐する形で入る時点で、
私は初回放送を観て「これは
とんでもない不幸劇だ」と感じ
たが、実際にドラマは重く切な
く哀しい展開になっていく。
役者の演技が物凄くいい。
これは役者の力量もあるだろ
うが、監督の手腕が大きいと
思える。
特に主人公の二人、高校2年生
二宮繭の桜井幸子とひ弱な新
任教師羽村の真田広之の演技
が素晴らしくいい。
台詞まわし、そして台詞がなく
とも表情や仕草で心象風景を
十二分に表現している。
桜井さんはこの作品で「燃え
尽き症候群」になってしまっ
たらしく、クランクアップ後
に一年間女優業を休業した。
その後は静かに女優を続けた
が、ひっそりと芸能界を引退
した。
この作品が彼女の演じた作品
群の最高峰だろう。とにかく、
作品が良い。
劇中、多くの伏線と布石があり、
サスペンス要素も多いのだが、
見逃してしまっている人も大
勢いるのではなかろうか。
私はこれまで何度も何度も観た
が、やはり全編の中で一番好き
な登場人物の表情のシーンは、
繭のこの表情だ。
これは、最終話の1話前の回で、
羽村が公園で待つ繭を迎えに
行った時、繭が羽村に気付いて、
公園の砂場で立ち上がって見せ
る表情である。
実はこの表情は、羽村が全く
同じ面持ちで、似たようなシ
ーンで見せる回があった。
どの回かは、ファンの方の
お楽しみということで、全編
をご覧になってみてください。
その時の羽村の表情は、この
最終話前の繭の表情と対にな
っていたのだ。
この二宮繭のこの画像を私は
初めて自宅用に購入したパソ
コンの待ち受け画面にずっと
設定していた(笑)。
だが、最終話前の回でとんでも
ない逆転が起きる。
それはなぜ。
理由は教師羽村が、それまで
はまだ「優しい放浪者」では
なかったからだ。
漂泊者の心は、心の漂泊を持
つ者にしか理解はできない。
絶対に踏み越えられない、絶
対に向こうには到達できない
川が眼前に流れているのである。
だが、その川を超えれば、人
はあちらにいる人の世界に行
ける。
また、作品中、相沢をレイプ
した英語教師藤村(京本政樹)
を体育教師の新庄(赤井英和)
が暴力で成敗して重傷を負わ
せる。だが理由は明かさない。
すべては相沢直子を守るため
だった。
そして、新庄は免職となり女
子高を去っていく。
この去りゆく時に、生徒たち
は新庄を取り囲んで口々に罵
声を浴びせる。
これはゴルゴダの丘に向かう
救世主イェスを重ねて描いて
いる。
全編を通して、目が離せない
描写ばかりで、一つも倦怠感
は感じさせない。
作品としても見事な仕上がりで、
やはり日本ドラマの中での「不
朽の名作」の一つに数えられ
るだけはある。
ただ、このドラマは、「作り
物」ということを感じさせな
い程に、観る者の心に迫る。
劇中で役者が良い演技をして
いる=というよりも役そのも
ので演劇とは感じさせない=
という良い表情のシーンは多
くあるのだが、その中でも
私の気に入ってるカットを数
点のみ並べてみたい。
有名な悲しいラストシーンの
カットはあえて挙げない。
女優桜井幸子は表情がめぐる
ましく変化するので、静止画
像よりも、絶対に作品の動く
映像を観たほうが良い。
それにしても、この作品のス
タッフは、とんでもない大仕
事をしたものだ。
カメラさんと照明さんとかっ
て・・・凄すぎ。
図書館でのシーン。この時の
繭の人形での心の表現と、そ
れを見る教師羽村の心の変化
を表現する表情の変化が素晴
らしい。台詞は一切無しの長
回しワンカットである。
近づいてきた繭と言葉を
交わす羽村。ここのシーン
の心理描写も実に奥が深い。
屋上でのシーン。
この屋上でのやりとりは次
のほんのひと時の幸せの時
間への伏線となって心と心
がすれ違う切ないシーンと
なっている。この時の二人
の演技も凄すぎ。
繭と父の悲劇的な関係を知
った羽村は、父親の下には
繭を置いておけないと繭を
強引に父親と住む家から連
れ出した。
これは、藤村に重傷を負わ
せた新庄が、殴り続けなが
ら「教師の前に人間じゃい!」
と言ったこと、事件後の「俺
が守らんで、誰が相沢を守っ
てやるっちゅうんや」という
言葉に羽村が衝き動かされて
のことだった。
繭を守る。守り抜く。
そうして羽村は父親の暴力に
立ち向かいながらも繭を実家
から連れ出したのだった。
羽村は電車に乗ってビジネス
ホテルに泊まり、繭を部屋に
保護する日々が続く。
羽村の部屋で生活を始めた繭
だったが、ある日、羽村が部
屋に戻ると、繭は姿を消して
いた。「ごめんなさい、ウチ
に帰ります」との書置きだけ
を残して。
その2日前の夜、繭の父親二宮
耕介(峰岸徹)は深夜羽村の
部屋にやって来て繭を取り戻
そうとした。泥酔して窓ガラス
を割り侵入しようとしたところ
を二宮は警察に逮捕される。
その後、その割られたガラス
を繭が張り紙で修繕したカット
が映る。
その絵は、何日か前に私鉄駅に
羽村を送って行った繭が、電車
のドア越しに羽村にキスをねだ
り、羽村がそっとガラス越しに
キスをした時の二人の図を猫に
重ねて繭が描いたものだった。
この絵も、実は最終話の最ラス
トシーンでの悲しすぎる結末の
列車の窓の曇りガラスに描いた
絵の伏線であり、ラストカット
との対表現となっている。絵柄
が幸せそうであればあるほど、
現実との乖離に悲しい定めが
浮かび上がる。
「こんな映画やドラマのよう
なことが現実にはある訳ない
やろ、あり得へんわ」などと
軽く思ってはいけない。
現実世界でもこれとまったく
同じシチュエーションはあっ
たりする。
二人の間にあるガラスは、姿
が見えるのに直接は触れられ
ないという象徴的な存在とし
ても二人の間に立っている。
そして、電車の時にはガラス
の向こうの世界に相手がいる。
割れた窓ガラスの時には相手
は向こう側に絵として描かれ
ているが、実際に自分がいる
のは体と心はこちら側(羽村
の部屋)であるつもりなのに、
真実の「状態」は自分は外の
側にまだいたのだ。
こうした鏡に映るような相手
と自分という姿が真実の現実
であったことに、まだこの時
の二人は気づいていなかった。
良い作品は何度観ても良い。
この作品こそ、映画という
短い時間では表現しきれな
いことまでをすべて表現で
きる時間的余裕があるとい
うドラマの特性を十二分に
発揮したザ・ドラマだと思う。
なぜこのような作品が生まれ
たか。
それは、この作品は、一般
的なドラマとは異なり、撮
影開始前までに最終話まで
のシナリオ脚本が完成して
いたことが要因のひとつと
して挙げられる。通常、映画
のようなそういったドラマは
ほとんど存在しない。
それゆえ、役者は役柄の心情、
心象風景、感情の起伏を充分
に読み込んで演技をすること
ができた。
だから、この作品における役
者の演技は飛び抜けて光って
いるのであるといえる。
機会があれば、ぜひご覧くだ
さい。
15分ごとに止めて別なことす
る、というような形ではなく、
正面から作品と向き合う形で。
ああ、凄かった・・・。
結末知ってるだけに、何度観
ても、最初の出会いのシーン
から泣けてしまう。
悲しい運命・・・。命運は変
えられないが、運命って変え
られる筈なのに。
繭も羽村も悲しすぎる。
結局最後は一つになれたのだ
けど・・・。
途中のシーンでとても気になる
シーンがある。
繭が歩道橋の上でクラスメート
の相沢直子のように嘔吐するの
だ。
それを何も事情を知らない羽村
が横で介抱して抱きしめるのだ
が、繭は羽村に「死にたくない。
先生!あたし、死にたくない!」
と言うのだ。
この時、繭は妊娠していたので
はなかろうか。
その後の展開ではそれを窺わせ
る表現描写はしていないが、物
語の展開からして、私にはそう
した暗喩表現としか思えない。
繭が死にたくないと言ったのは、
自分のことだけではなく、「命」
そのものが何かによって絶たれ
ることへの恐れだったのではな
かろうか。
命という直截なことよりも、
「存在」そのものの消去を彼女
は一番恐れたのではなかったか。
そして、繭と羽村は、いつか
同じ一線で結ばれた優しい放
浪者となるのだった。
「永遠」を手に入れるための
あまりにも悲しすぎる結末に
よって。
だが、人は人を本気で真剣に
好きになることから始めない
と、人と人は決して理解でき
ない。
そして、真実の愛とは、求め
るものではなくすべての外皮
を取りはらって身を挺するも
のだと、この作品は私たちに
教えてくれる。
というと言わずもがなだが、
人には人それぞれの愛がある。
人を愛する愛なき「愛」もあ
る。それも本作品ではしっか
りと描かれている。
ご堪能ください。
(最終回「永遠の眠りの中で」
視聴率33.0%)