
「夜のカフェ」(1888年)
アルル(南フランスのプロバンス
地方のコミューン)にあるラ マル
ティーヌ広場30番地カフェ ド ラ
ガール。
1888年2月、ゴッホはパリから南
仏に移りホテル住まいをしたが、
宿泊費が高いため、ラ マルティー
ヌ広場の「黄色い家」を借りた。
そのアトリエ2部屋には寝具が無い
為、同年9月までこのカフェ「ラ
ガール」で寝泊まりしていた。
ビリヤードテーブルは三つ玉だ。
ゴッホはこの店の事を弟に書いた
手紙で「卑しい大衆酒場」と評し
ている。
酔い潰れた労働者数人、娼婦、こ
こで時間を潰す事の頽廃、この店
の怠惰な堕落とくすぶる狂気の滞
留が描かれている。目に見える情
景は、目に見えない背徳の泥流に
飲まれているその姿を。
「このカフェでは、人々は身を滅
ぼし、気が狂い、罪を犯しかねな
い。卑しい大衆酒場の闇の力をあり
のままに表現しようと試みた」
「赤と緑を使って人間の恐ろしい
情念を表現したかった。部屋は血
のような赤と暗い黄色、中央には
緑のビリヤード台。レモンイエロ
ーで描かれた4つのランプはオレ
ンジと緑に光を放つ。ほとんど相
容れない赤と緑ですべてが不調和
で対照的だ」
とゴッホは言う。
だが、このカフェはゴッホそのも
のだったのだ。
「復讐の為にこの店を描く時が
来た」ともゴッホは言う。
自虐だろう。
この先、どんどんゴッホの精神は
さらに病んで行く。
黄色い家。ここでゴーギャンとの
同棲生活が始まる。
