風の詩(kazenouta)2

いつも喜び、たえず祈り、すべてを感謝する
そのような日々を過ごしたい。

宮澤賢治没後90年 高村光太郎の声

2023-09-05 15:11:22 | 録音

「声でつづる昭和人物史」 NHKラジオアーカイブス  (保坂正康さんと宇田川清江さん)

9/4は、賢治を語るの1回目。

さすがに、NHKにも賢治さんの肉声は残っていません。

けれど、後に、賢治さんの詩や童話を高く評価した

高村光太郎の声を聴けました。(保存しようかどうか迷っています)

 あまりにも有名な、教科書にも載っている高村光太郎さんの詩や、彫刻。

 中学のころから、尊敬と憧れを感じていた人です。

 

賢治さんは、1度だけ、高村光太郎さんの家を訪ねたようです。

でも、玄関で話しただけで、夜だったからか、明日にでもおいでなさい、、と言われ、

その後会うことはなかった。

 

けれど、賢治を高く評価する草野心平さんから、

生前に出版された「春と修羅」「注文の多い料理店」を教えられ、

残された賢治さんの作品を出版することに尽力を尽くしたのが

高村光太郎さん。

昭和20年4月に空襲でアトリエを焼失して、岩手の宮澤清六(賢治さんの弟)さんを頼って、

花巻市に行き、その後7年間、岩手で暮らしたという。

 戦争協力したことを、反省する日々でもあったらしい。

 

高村光太郎さんの声は、若さが残っていて、穏やかで優しかったです。

インテリジェンス(知的な雰囲気)も感じました。

昭和24年11月の録音でした。

 

もう一人、宮澤清六さんの朗読も聴けました。

 「原体剣舞連」と「春と修羅」

こんなふうに、兄は読んでいましたと、

それは、歌うように、あるところはお経のように聞こえました。

 (こちらも保存しようか迷っています)

 

宮澤賢治という人の、宇宙観、自然を見る目、色彩、絵画、音楽、科学知識、

岩手の自然から聞いたこと。見たこと。感じたこと。

それを書かずにいられなかった賢治さん。

 

その詩や童話は、世界の人の心を打ち、響き。

さまざまなことを想像させてくれる。

 

賢治さんの作品を、どんなふうに朗読したらいいのでしょう。

ひとり、ひとり、それぞれが違った色(声)で、心と魂を込めて読むのがいい。

宮澤清六さんの朗読を聴きながら、そんなことを思いました。

 

 あまりにも有名な宮澤賢治さんの写真   (無料画像からお借りしました)

  背が高く、がっしりとしていた、、、というのが高村光太郎さんの印象のようです。

   37歳で亡くなっても、その作品は永遠に残る

    芸術のすばらしさを思います。