~英雄たちの選択~
大河ドラマ「八重の桜」の新島八重の兄
山本覚馬
****解説より引用*****
山本覚馬は、大河ドラマの主人公・新島八重の兄。
会津藩士の彼は、戊辰戦争中、京都に幽閉されていたが、
その後、焼け野原となった京都復興に尽力、恩人とまでいわれる。
山本覚馬の京都復興の秘策は、「博覧会」と「教育」にあった。
日本初の博覧会を京都で開催し、外国人を招き入れて、西陣織をはじめ京都の地場産業の振興につとめた。
さらに、人材の育成のため、学校教育を奨励し、とりわけ女子への教育に力を注いだ。
会津藩士である山本覚馬が、なぜ京都復興を実現することができたのか?その数奇な運命をたどる。
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大河ドラマ「八重の桜」は、
私の歴史観を少し変えました。
それまで薩長側から語られる歴史しか知りませんでした。
しかし、敗者の側からの歴史観は、かなり違うということ。
戊辰戦争は、会津と桑名が、松平の血縁で
幕府側についたこと。
長岡藩の河合継之助のことも忘れられませんが。
京都の町を、廃墟としてしまったことの罪悪感が
山本覚馬にはあったという。
幽閉されたとはいえ、薩摩藩は、山本覚馬を優遇したという。
その建白書に、小松帯刀や西郷隆盛は驚いたという。
京都の復興のために山本覚馬は、具体的に方策を示した。
その一つ、教育に関しては、キリスト教の学校を創りたいという
新島襄と志が一致。
同志社大学の名前の由来は、山本覚馬と新島襄の二人の志が同じ。
なので、この学校を建てたのは、この二人であると。
戊辰戦争で受けた傷によってか、徐々に失明する。
建白書は、同じく幽閉されていた会津藩士が聞き書きをした。
なので、分かりやすい文章になっているとか。
海外留学の経験はないが、佐久間象山のところで学んで
広い視野を与えられた。
本当に優秀な人とは、
ただ頭がいいというのではなく、
自分の能力・才能を、人のために生かすことが出来る人。
山本覚馬もその一人だと痛感しました。

西陣織 和風桜 背景霞(かすみ) (無料画像をお借りしました)
みなさまのところの桜はもう開花しましたか。
今年の桜は、どんなでしょう。





