「狙われたキツネ」を読みました。著者のヘルタ・ミュラーはルーマニア生まれの女性作家です。1989年ルーマニア、ハンガリー系の住民が多数居住するティミショアラが舞台の物語です。1989 年12月16日、ハンガリー改革派教会の牧師テーケーシュ・ラースローを解任しようとした秘密警察に対して、民衆が抵抗運動に立ち上がります。このティミショアラの蜂起はルーマニア革命の始まりとなり、1週間後にチャウシェスク政権が崩壊します。小説の後半で、ほんの少しだけティミショアラの蜂起がでてきて、ようやくいつの時代の物語であったのかが明らかになります。
筆者は、小学校の女性教師の目を通して、チャウシェスク時代のルーマニア民衆の日常の姿を描いていきます。党官僚や工場長など、特権支配階級のぜいたくな暮らし。民衆の窮乏生活。貧富の格差の拡大。パンを買うための行列。ハンガリー系住民など少数民族に対する差別と抑圧。電力不足と暖房制限。国外へ脱出しようとする者への容赦ない弾圧。秘密警察による民衆の監視。19世紀の抵抗歌「ルーマニア人よ、なんじ永遠の眠りから目覚めよ」を歌い継いでいく民衆の姿などなど。監視と密告の中で、生きていかなければならない民衆の心の揺れがとてもリアルに描かれています。筆者自身が、ドイツ系の少数民族の出身であり、ルーマニアで小学校の教師をし、秘密警察への協力を拒否したために職を追われた経験があるのですね。
「
東欧革命1989 ソ連帝国の崩壊」は、歴史の事実としてたんたんと読むことができたのだけれど、「狙われたキツネ」からは、当事者としてそこで生きることの重さが伝わってきました。