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叙事詩 人間賛歌

想像もできない力を持つ生命の素晴らしさを綴っています !

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人間賛歌 幸せに生きる 六

2009年12月26日 | 幸せに生きる

 民話と仏教の違い  *

私、
「日名子さん、民話に出てくる甲弁護士と息子は幸せだったと思いますか。
それに乙弁護士は甲弁護士の策略に見事にはまって不幸になりましたが、
それについてはどう思いますか。」

日名子さん、
「もちろん、甲弁護士はとても頭が良くて、財産の誘惑にも負けず見通しが
当たって幸せだったと思います。
一方、乙弁護士は甲にはめられて息子をダメにし、不幸に陥ったと思いま
すが、先生はどう思われます ? 」


「この民話は財産があるから幸福ではなく、逆に財産があったから不幸に
なった。例をあげて幸福はカネではないことを教えています。

日名子さんのご指摘どおり、甲弁護士は頭が良くて、息子が遺産を相続し
て堕落するかもしれない危惧を未然に防ぎました。
しかも自分のライバルの息子を相続人にして、結果的に乙を失敗させたの
ですから勝利したと言えるでしょう。

 しかしこれは世間一般の見方で、
十年後、二十年後に甲と乙がどうなっているかはダレにも分かりません。
乙の息子が落ちるところまで落ちて人生の辛酸をなめ、それを契機に信仰
に目覚めて人間的に大成長し、父親を喜ばすということもありうることです。

 反対に甲の息子はとんとん拍子で、たいした苦労もなく成功路線に乗り
ましたが、人生にはどんな落とし穴があるか分かりません。
本来は自分が、乙弁護士の息子がたどった人生を送る運命を持っていた
かもしれないのに、父親の機転でその難を免れたのです。

 でも父親がいなくなった後とかに、
大きな試練に出会うと、鍛えていないだけにもろくて、あつけなく自分を破
滅に追いやることも考えられます。

仏法の因果の法で見ますと、甲弁護士は自分を信頼して遺言状を預けた
依頼人を裏切り、法律上はともかく、道義上大きな罪を犯したことになりま
す。

ナゼ甲はそんな行為をしたのか、それはどんな手段を使ってでも乙に勝ち
たいという勝他の念(因)、つまり修羅界の命が現れたのです。
修羅界の特徴は、いつたんは勝ったように見えても、最後は自分より強い
者が現れて、それにやっつけられる(果)のが果報として決まっています。

法律や、道義上の責めは逃れても、因果の法則を免れることは出来ませ
ん。これが生命の因果律です。

つづく   


 



 

  


人間賛歌 幸せに生きる 五

2009年12月23日 | 幸せに生きる

 スコットランド民話 *

イギリス・スコットランドのある町に、甲と乙という二人の弁護士がいました。
二人とも優秀で、互いをよきライバルとし競い合ったので、地域でも「頼り
になるやり手の弁護士」と評判されていました。

二人には同じ歳の男の子がいました。
二人とも優秀で弁護士になるために、同じようにフランスの法律学校で学
んでいました。

あるとき、この町で評判の資産家が亡くなりました。
資産家の婦人は独身で子供はなく、兄弟など縁故者もいなかったので、婦
人の遺産はいったいダレが相続するのだろう。と町中の評判になりました。

 甲弁護士は婦人の遺書を預かっていました。

「自分が死んだら開封して書いてある通りに執行してください。」

と、約束していましたので、甲は大事に金庫に保管してあった遺言状を出
して開封したのです。
遺言状を読んでいくうちに甲弁護士の顔色が変わりました。遺言状には資
産家の全財産を甲弁護士の息子に譲る。。と書いてあったのです。

 甲は一計を案じて遺言状の相続人を、自分の息子から乙弁護士の息子
に書き換えて発表しました。
町中の人が、婦人の莫大な財産が乙弁護士の息子に譲られるのに驚くと
同時に、甲弁護士の公正な態度に喝采したのです。

 それから何年かたちました。

甲弁護士の息子は優秀な成績で法律学校を卒業し、父親のあとをついで
立派な弁護士になりました。
一方、乙弁護士の息子は、莫大な遺産を手にして地道に勉強するのがイ
ヤになり、学校を止め放蕩に明け暮れるようになったのです。

その内に株式相場に手を出して大失敗し、遺産を使い果たして無一文にな
りました。学校を途中で止めていましたのでロクな職業につけず、結局浮
浪者になってヨーロッパをさまようようになりました。

 この時になって乙弁護士はハッ、と気づきました。
 「しまった、甲にしてやられた。。
本当は甲の息子が相続人だったのを、甲の謀略で自分の息子にされたの
だ。」
と、気がついたのですが、もう後の祭りでした。

次回に続く   

   


人間賛歌 幸せに生きる 四

2009年12月10日 | 幸せに生きる
 よい師とよい仲間 *

日名子さん、
「先生その患者さんはスゴク素直な人ですねぇ。
医者に言われたとおりにしたから、治ったのでしょう。」

私、
「そう、この女性はとても素直な方のようですね。それに担当の医者がいい
ですよ。彼女にアドバイスしただけでなく、
毎日、今日はどんないいことがありましたか。。と問いかけて彼女を激励す
ることを忘れなかったのです。

幸せな生き方とか、幸福哲学を学んだ人は、
他人を喜ばせば、自分に喜びが返ってくるとか、
人を幸せにすれば、自分も幸せになれるということはほとんど常識みたい
になっています。。
ただそれを実行できるか、どうかになると、そうでない場合が多いのですね。
ですから周囲の人がその人を理解して、協力するとか励ますという支えが
いるのです。

人間は本能的に自己中心になりがちな生きものですから、それを矯正して
他人を喜ばす行為を持続することは困難なのです。」

日名子さん、
「先生みたいなよい指導者とか、よい先輩がいないと自分ひとりでは貫け
ないのですね。やはり幸せになりたかったらよい師匠をもつとか、よい友だ
ちをもつことが大事なんですねえ。」

私、
「そう、日名子さんは察しがいいから、要点をつかんでいますね。
仏教には、こんな話が伝えられています。。。
釈迦の弟子が、釈迦に。。
 「よい友達をもつことは、仏道修行の半ばに達したと言えるでしょうか」
と質問したそうです。

それに対して釈迦は。。
「よい友達をもつことは仏道修行の半ばではなく、仏道修行のすべてで
 ある。」
と答えた。。と経典にあります。
仏道修行することは、幸せに生きる法則に沿った生き方をすることですか
ら、幸せになることが決まっています。

それには正しい方向に導いてくれるよい師匠と、同志みたいな仲間がいり
ます。それがあれば、もう仏道修行は完成したと同じですから、幸せになる
ことも決まったと同じです。

つづく   


   

人間賛歌 幸せに生きる 三

2009年12月07日 | 幸せに生きる

 幸せに生きる法則 *

 日名子さん、
「先生、私はいま両親のおかげで幸せですが、これから先のことを考えま
すと、こんなご時世ですから、結婚して子育てをして幸せにくらせるか不安
です。
幸せに生きるには、どんな生き方をすればよいか、先生教えてくださいま
せんか。」

 私、
「幸せそうな日名子さんから、そんな質問を受けるとは以外でした。
幸せにるには、幸せになる法則があって、法則にしたがって生きればだれ
だって幸せになれます。

その法則というのは以外に簡単で、その気にさえなればだれにでも出来ま
す。
自分が幸せになりたかったら、人を幸せにしてあげることです。
具体的に言いますと、自分が喜びたかったら、人を喜ばせばよいのです。
簡単なことですが、みんなはこの逆をやっています。

 自分自身が幸せになりたくて、仕事でも家事でも一所懸命やる人が、
案外不幸であったりするのは、自分の幸せしか考えないからです。
幸せというのは、ある意味では喜ぶ心のことで、不幸というのは悲しむ心
のことですね。
心ばかりは自分で変えるしか、他に変える方法はありません。お金を積ん
でも、宝石が山ほどあっても、心を変えることは出来ないのです。

 アメリカの著名な精神科医が、自分の患者に言った有名な言葉を紹介し
ましょう。
メアリーは精神科に入院している女性ですが、
 「自分より不幸な人間は世界中探したっていゃしない。」と思い込んでい
ました。
今で言えばかなり重いうつ病の患者と言えるでしょう。そのメァリーに精神
科医はこうアドバイスしました。

「メァリーさん、あなたは今日から、あなたが会うすべての人を喜ばすよう
にしてください。
新聞配達の人でも、牛乳屋さんでも、看護婦さんでも、通りがかりの人で
も、だれでもいいですから、その人が喜ぶことをしてあげるのです。
 なにもあげるものがなかったら、あなたの笑顔をあげてください。
そうすることが、あなたに一番いい薬になりますから、きっと病気も良くなり
ますよ。」 と。。

それからメァリーは医者に言われた通りに実行しました。
だれにも会えないときは、廊下に出て、会う人に笑顔をあげるようになった
のです。
やがて彼女は、自分ほど幸せな人はいない。。と思うようになり退院して行
ったのです。

つづく   


 

   


人間賛歌 幸せに生きる 二

2009年11月25日 | 幸せに生きる
 幸運ラッシュ *

 ご本尊様は銀行ではありませんから、資金繰りばかり願うのは本筋では
ありません。
ただ当時の私は会社倒産の後始末と、借金返済(借金は待ったがきかな
いのです)、それに在学中の子供二人がいましたので、生活費も稼がなく
てはなりません。
これも待ったがないので、どうしても祈りが金策に向かったのも致し方なか
ったと思います。

そのようなとき、私の事務所に友人が訪ねてきました。
友人は画廊をしていたので、梅原竜三郎が描いたバラの絵が欲しかった
のです。

 私が顔が広いのでバラの絵を売ってくれる人を探して欲しい。資金は一
千万円までだせる。。と頼みに来たのです。

それから数日たったころ、
別の友人が、梅原龍三郎のバラの絵を売りたい人がいるが、だれか買っ
てくれる人はいないだろうか。七百五十万円なら売ってもよいと言っている。
と相談に来たのです。
富山市の資産家が相続税を払うために絵を何点か売りたくて、その中に
バラの絵があったのです。

 私は資金を用意してくれた友人と、急きょ羽田空港に駆けつけました。
小松空港まで空席がないか調べたところ、ちょうど二枚空席が残っていた
のです。
幸運に感謝しながら、富山市の資産家を訪ね、生まれて初めて絵の取引
に成功しました。

倒産した会社が貸し金の担保に取っていた株券が値下がりして、貸し金の
回収は到底難しいだろう、と半ば諦めていた数千万円の貸し金の回収もで
きました。あてにしていなかったので奇跡としか言いようのない出来事でし
た。

 ツキがツキを呼んでこんなこともありました。
私の知人である九州の私立大学の学長を紹介して欲しいという人が訪ね
てきました。その人の子息が飛行機に興味を持っていて、飛行機整備士の
資格が取れるこの学校に入りたい希望を持っていたのです。そしてお世話
になる経費にと言って封筒を渡して帰りました。

封筒の中には不思議なことに、そのとき私が必要だったカネが入っていま
した。後日、この人は、
「せつかくご紹介してもらいましたが、息子はアメリカの学校に入ることにな
りましたので。。」 と言って九州の学校は丁重に断わってきたのです。 

自分のほうが約束を破ったので、あの時のお金は返さなくてもよいですか
ら。と言いました。
思ってもいなかった幸運が次々に起きるのを体験しながら、事業の整理と
借金の返済をしていったのです。

つづく    

人間賛歌 幸せに生きる 一

2009年11月21日 | 幸せに生きる
 はじめに
 私にとって幸せに生きることは、信仰に生きることと同義語ですが、信仰
していない読者には理解しにくい面もあると思います。
そこで誤解を招かないように「信仰に生きる」を「幸せに生きる」にかえて続
けていきますのでご了解くださいますようお願いします。
 
内容は今までと同じで私が三十二年間の信仰生活で経験したことと、
 十数年間も信仰に反対した結果、経験したことを中心に書いていきます。

  *

 私か創価学会に入って法華経の信仰を始めてから、半年ぐらいたった時
のことです。
仲のよかった友人が、ある経済事件に巻き込まれて警察に捕まり、拘置所
に入っていました。裁判の結果次第で、なん年か刑務所に入らなければな
らない状況になっていました。

友人は刑務所に入る覚悟はしていましたが、
一度、保釈で出所し、娑婆を留守にする準備をしたいと望んでいました。
だが保釈金の用意が出来なくて困っていたのです。保釈金は一千万円で
した.。
私もなんとかしてあげたいと思い手を尽くしましたが、私の会社が倒産した
直後だったので、金策を相談できる人も少なく、万事窮すの状態になりまし
た。

このとき学会の座談会で、「この御本尊に願えば必ず叶う」と言った中心者
の言葉を思い出したのです。万策尽きていましたので半信半疑ではありま
したが、中心者の言葉を信じて初めて一時間の唱題をしました。
願ったのは、友達を助けるために一千万のカネがいります。必ず返します
からどうか力をかしてください。 
 と祈ったのです。 

夏の盛りの暑い日でした。
汗まみれになって目標の題目を唱えおわったとき、突然電話がかかってき
ました。二三日前に金策を頼んで断られていた人からで、
「この前は断わったが、半分の五百万円なら都合してあげる。」と言ってき
たのです。

あのとき中心者の言っていたとおりだ。
この御本尊は凄い、願えば本当に叶う。と私は確信し、残りも唱題しては
勇気をだして交渉した結果、期日までに必要なカネを準備することが出来
ました。

当時の自分の立場ではとうてい不可能と思われたことが実現したのです。
このことで信仰に確信を持ったことが、私の人生を幸せの方向に導いてく
れました。

 つづく