
先日、ある先輩から、
「かったかさん、今度のシルバーウィークに実家に帰ろうと思う。」
としんみりと話をしてくれました。
「母がご飯もあまり食べなくなっているんだ。
お盆に帰ったときもそうだった。
この年になって、帰ったときずっと母の横で寝たよ。
なんだかうれしそうだった。」
元気のいい時のこと、今の様子を話してくれました。
ふと、自然と自分と重ねあいました。
この年になると、必然的に、親が病気になるか、病気から帰らないものになってしまいます。話を聞きながら、なんとなくせつない気持ちになりました。
先輩から、
「母の横に寝た。」
という話を聞いたとき、思いました。
父母が元気がいいときは、自分の活動もあってゆっくりと過ごすことはありませんでした。でも、いったん病の床に伏すと、父や母の手を握ったり、背中をさすったり、ベッドの横でゆっくりと話をしたり・・・。どうして、元気のいいときに、こんな時間をもてなかったんだろうと後悔しますが、それは、そのときの時間がお互いに充実していたいうこと、気恥ずかしいということ・・・でどうしようもなかったと思うようにしています。
「母の横で寝た。」という時間が、先輩のお母さんにとって、たとえ病気であったとしても、昔にもどったようで、きっと幸せな時間であったに違いありません。
今頃は、帰省して遠くに残したお母さんと一緒に過ごしていることでしょう。きっとお母さんも喜んでいることでしょう。いいときを過ごして欲しいと思います。
「かったかさん、今度のシルバーウィークに実家に帰ろうと思う。」
としんみりと話をしてくれました。
「母がご飯もあまり食べなくなっているんだ。
お盆に帰ったときもそうだった。
この年になって、帰ったときずっと母の横で寝たよ。
なんだかうれしそうだった。」
元気のいい時のこと、今の様子を話してくれました。
ふと、自然と自分と重ねあいました。
この年になると、必然的に、親が病気になるか、病気から帰らないものになってしまいます。話を聞きながら、なんとなくせつない気持ちになりました。
先輩から、
「母の横に寝た。」
という話を聞いたとき、思いました。
父母が元気がいいときは、自分の活動もあってゆっくりと過ごすことはありませんでした。でも、いったん病の床に伏すと、父や母の手を握ったり、背中をさすったり、ベッドの横でゆっくりと話をしたり・・・。どうして、元気のいいときに、こんな時間をもてなかったんだろうと後悔しますが、それは、そのときの時間がお互いに充実していたいうこと、気恥ずかしいということ・・・でどうしようもなかったと思うようにしています。
「母の横で寝た。」という時間が、先輩のお母さんにとって、たとえ病気であったとしても、昔にもどったようで、きっと幸せな時間であったに違いありません。
今頃は、帰省して遠くに残したお母さんと一緒に過ごしていることでしょう。きっとお母さんも喜んでいることでしょう。いいときを過ごして欲しいと思います。