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碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
見たり、読んだり、書いたり、時々考えてみたり・・・

原民喜「夏の花」を読む

2013年08月06日 | 本・新聞・雑誌・活字

2013年8月6日。

68回目の広島・原爆の日だ。


ふと思い立って、原民喜の「夏の花」の一節を書き写してみる。

青空文庫などからのコピー&ペーストではなく、本を見ながら
一文字ずつ。

実際は、筆やペンではなく、こうしてキーボードをたたいている
のだが。

3ヶ所ほど選び、ゆっくりと書き写す。

写経のような気持ちで・・・・



 私は厠にいたため一命を拾った。八月六日の朝、私は八時頃床を離れた。前の晩二回も空襲警報が出、何事もなかったので、夜明前には服を全部脱いで、久し振りに寝間着に着替えて睡った。それで、起きだした時もパンツ一つであった。妹はこの姿をみると、朝寝したことをぷつぷつ難じていたが、私は黙って便所へ這入った。
それから何秒後のことかはっきりしないが、突然、私の頭上に一撃が加えられ、眼の前に暗闇がすべり墜ちた。
 私は思わずうわあと喚き、頭に手をやって立上った。嵐のようなものの墜落する音のほかは真暗でなにもわからない。手探りで扉を開けると、縁側があった。その時まで、私はうわあという自分の声を、ざあーというもの音の中にはっきり耳にきき、眼が見えないので悶えていた。しかし、縁側に出ると、間もなく薄らあかりの中に破壊された家屋が浮かび出し、気持ちもはっきりしてきた。


 川岸に出る藪のところで、私は学徒の一塊りと出逢った。工場から逃げ出した彼女達は一ように軽い負傷をしていたが、いま眼の前に出現した出来事の新鮮さに戦(おのの)きながら、かえって元気そうに喋り合っていた。


 私はここではじめて、言語に絶する人々の群れを見たのである。既に傾いた陽ざしは、あたりの光景を青ざめさせていたが、岸の上にも岸の下にもそのような人々がいて、水に影を落としていた。どのような人々であったか・・・・。男であるのか、女であるのか、ほとんど区別もつかないほど、顔がくちゃくちゃに腫れ上がって、随って眼は糸のように細まり、唇は思い切り爛れ、それに、痛々しい肢体を露出させ、虫の息で彼等は横たわっているのであった。私達がその前を通って行くに随ってその奇怪な人々は細い優しい声で呼びかけた。「水を少し飲ませて下さい」とか、「助けて下さい」とか、ほとんどみんながみんな訴えごとを持っているのだった。

(原民喜「夏の花」より)



・・・・昭和26年3月13日、原民喜は東京で鉄道自殺を遂げる。

享年46。

墓碑銘は自作の詩だ・・・・


遠き日の石に刻み
砂に影おち
崩れ墜つ天地のまなか
一輪の花の幻



・・・・原爆の日に、合掌。


関西テレビ「インタビュー映像偽装」問題をめぐって

2013年08月06日 | テレビ・ラジオ・メディア

関西テレビ『スーパーニュースアンカー』の「インタビュー映像偽装」に関して、BPO(放送倫理・番組向上機構)が出した意見書を全部読んだ。

以下は、BPOのサイトに掲載されたリード部分です・・・・

放送倫理検証委員会 委員会決定 第16号

関西テレビ『スーパーニュースアンカー』
「インタビュー映像偽装」に関する意見

関西テレビの夕方のローカル番組『スーパーニュースアンカー』が2012年11月30日に放送した「大阪市職員 兼業の実態」という特集企画で、兼業について証言した情報提供者のモザイク映像が、取材スタッフを使って偽装した映像であったうえ、新聞報道で発覚するまで3か月余りも視聴者に説明していなかった事案。

委員会は、社内でのチェックが機能せず問題のインタビュー映像を放送してしまったこと、問題発覚後これを視聴者に伝えない決定をしたことの2点について、放送倫理に違反すると判断した。

そのうえで、今回の問題の本質は、関西テレビがいう「不適切な映像表現」ではなく、テレビを信じてモザイク映像の放送を容認している視聴者の信頼を裏切るような「許されない映像」が放送されたことにあると指摘した。

(BPOサイト 2013年8月2日)



・・・・テレビでは、様々な手法が使われている。

「モザイク映像」もその一つだ。

本来は見せたいが、事情があって見せられない。

しかし、モザイクを外せば、そこには人であれ、モノであれ、「本物」が存在している。

そのことを前提にして、視聴者に伝えているはずなのだ。

ところが今回、モザイクの向こうには別人がいた。

関西テレビ側の主張は、「情報提供者の保護」だった。

だから、ことが明らかになった後でも、「視聴者に知らせないまま」にした。


事情はともかく、「モザイクを取ったら実は別人」をOKにしてしまえば、今後、モザイク処理された映像を通じて伝えられる情報の「内容」「中身」の信憑性、信頼性も危うくなる。

やはり、「迅速かつ率直な訂正」を行うべきだったと思う。

関テレといえば、2007年の『発掘!あるある大事典Ⅱ』における「ねつ造問題」の記憶が、今も生々しい。

だが、現場では、果たしてどうだったのか。

すでに風化していたのではないか。

そんなことさえ思わせる、何とも残念な出来事だ。


【気まぐれ写真館】 アイスコーヒーの季節 (カフェ・ア・ラ・ティエンヌ)

2013年08月06日 | 気まぐれ写真館

“あの時代”が描かれた、映画「少年H」

2013年08月06日 | 映画・ビデオ・映像

日比谷の東宝本社・試写室で、映画「少年H」。

普段、映画は試写ではなく、1800円を支払って映画館で観ます。

しかし今回は、「金曜オトナイト」のゲストが妹尾河童さんで、この映画のことが話題になるため、収録前に観ておく必要があったのです。

で、ひと言で表現するなら、「真摯な1本」だと思いました。

作品全体も、また降旗康男監督をはじめこの作品に携わった人たちも皆、真摯である、と。

原作にかなり忠実であり、妹尾さんが「“あの時代”を撮って欲しい」と希望した、まさに“あの時代”がスクリーンの中にありました。

徐々に、じわじわと戦時色が強まっていく街と人。

国民服、出征、特高、共産主義者、隣組、ユダヤ人、軍事教練、
空襲・・・・

昭和5年生まれの少年が、敗戦を迎える昭和20年までに、故郷の神戸で体験したことのあれこれが、奇をてらった誇張をせず、一つ一つ丁寧に描かれていました。

脚本は、「ALLWAYS 三丁目の夕日」「探偵はBARにいる」「鈴木先生」の古沢(こさわ)良太さんです。


少年Hこと肇くん(これが妹尾さん)はもちろんですが、強い印象を残すのが、水谷豊が演じるお父さんです。

世の中や人間を自分の目で見て、判断し、行動しています。

あの時代、そういう生き方は時流や風に逆らうことになったりもするのですが、あのお父さんは、主義や理屈に従うというより、自らの皮膚感覚に正直だったのだと思います。

目に見える形で時流に逆らうのではなく、現実との折り合いもつけつつ、自分の中の大切な部分は誰にも知られずに守り通す。

いろんな意味で、お父さんは、少年Hに大きな影響を与えているのです。

「この戦争は、いつか終わる。
 そのとき、恥ずかしい人間になっとったら、あかんよ」



この映画、ぜひ若い人たちに観て欲しいなあ、と思いながら、試写室を出ました。

公開は今週末、8月10日(土)です。