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好きな本とかについて、ちょこちょこっと書く場所です。蔵書整理の見通しないまま、特にきっかけもなく08年12月ブログ開始。

まっ白な嘘

2024-02-22 19:08:54 | 読んだ本
フレドリック・ブラウン/中村保男訳 1962年 創元推理文庫
これは前に読んだ『特別料理』とかと同じように、『厭な小説』の巻末解説にみちびかれて、ってのは、つまり、
>フレドリック・ブラウン「むきにくい林檎」(創元推理文庫『まっ白な噓』所収)には、厭な奴が出て来る。〈むきにくい小粒の林檎〉と綽名されたジョン・アッペル。(略)ひとつひとつ、アッペルの周囲で起こる出来事が実に厭だ。
って紹介のされかたに興味をもってしまい、去年の9月ころだったか買い求めた古本、読んだの最近。
原題「MOSTLY MURDER」って短篇集、出版は1953年だけど、それぞれの作品が書かれたのは1940年代らしい。
どれもが厭な話ってわけでもないが、まあ、なんというか、ちょっと変わってて、基本オチがあるんで、ピリリとした感じはある。
すべてがおなじパターンでくるわけぢゃなくて、持ち球がいろいろあるというか、意外なとこつかれる感じして、短篇集としては読んでておもしろい。
件の「むきにくい林檎」は、そのアッペルってやつが小学生のとき転校してきたとこから始まるんだが、こいつとケンカとかすると、相手はそのあとでひどい目にあう、学校の席に釘が下から打ってあって座ってケガするとか、画鋲ぢゃなくて釘だよ。
状況としてはアッペルがあやしいんだけど、証拠はない、そんなことばっか起きる、やがて18歳くらいのとき奴は町を出ていき、シカゴで本物の悪いやつになったらしいんだけど、なんと二十年ぶりにこの町に帰ってきた、ってことで厭なこと起きる予感満載である。
でも、それよりも、一読したなかで私が気に入ったのは「まっ白な嘘」かな。
新婚の夫婦が、五部屋あって大きな庭つきで近くに隣家なしという立派な一軒家を格安な値段で買うんだけど、過去に不幸な事件があった物件なんだな、これが。
事情は承知で買ったんだけど、住んで暮らしているうちに、妻はまだ捕まっていないという犯人について疑念をもち不安がふくらんでいく、っつー話。
あと、全然感じは違うけど「ライリーの死」ってのも気に入った、無骨で平凡な刑事だったライリーだが、その死後には市内に銅像が立ち、ライリー公園もできたという、そのいきさつについての話なんだけど、おもしろい。
収録作は以下のとおり。話のスジを紹介しようとするとネタバレにさわってしまうかもしれないので、物語の始まりのあたりを抜き書きしてメモとしておく。

「笑う肉屋 THE LAUGHING BUTGHER」
>きのうはよほどニュース種の不作な日だったにちがいない。なにしろシカゴの「サン」紙が、州南部コービヴィルに住んでいた小人の葬式に三インチ幅もの紙面を与えていたのである。
>「ちょっと、これを聞いて、ビル」とキャシーが言ったので(略)

「四人の盲人 THE FOUR BLIND MEN」
>わたしはガーニー警部の部屋にいて、彼ととりとめのないおしゃべりをしていた。話題はだいたい殺人のあれこれについてだった。(略)
>「手がかりというやつは」とガーニーは言った。「どうにもしようのないものさ。(略)

「世界がおしまいになった夜 THE NIGHT THE WORLD ENDED」
>レイマーのほかに客はいなかった。ジョニー・ジンは奥の片すみで眠っており(略)
>ニックは小さなグラスにビールを注いで、一気に飲みほした。「今夜、何かビッグ・ニュースは、レイマーさん?」
>「こんな不景気な夜は何年ぶりかだ。なんかでかい話の種が起こってくれないことには、新聞はあがったりだよ」

「メリー・ゴー・ラウンド THE MOTIVE GOES ROUND AND ROUND」
>縞馬のむこうには、銀色の鬣をした馬が、そのまたむこうには、この動物たちをのせたメリー・ゴー・ラウンドを夜分さえぎっているカンバスの側壁があった。
>しかし、ラザッツキー氏の聞いた音がなんであれ、それはこの動物たちのどれか一頭が立てたものではありえなかったし、おもてのカーニバルからの騒音でもありえなかった。

「叫べ、沈黙よ CRY SILENCE」
>例の、音についてのたわいない議論だった。聞く人の誰もいない森の奥で木が倒れたら、それは無音であろうか。聞く耳がない所に音はあるのだろうか。(略)
>このときの議論は小さな停車場の駅員と、上下続きの作業衣を着たでっぷりした男とのあいだで戦われていた。

「アリスティッドの鼻 THE NOSE OF DON ARISTIDE」
>ほんとですか、セニョール? フランスの名探偵アリスティッド・プティのことをお聞きおよびになったことがないとおっしゃるのですか。
>(略)いちどだけ、ある事件で、あのかたはわたしどもといっしょに仕事をなさいましたが、その頭の冴えときたら!

「後ろで声が A VOICE BEHIND HIM」
>かの大レイモンディはかつてうしろから声をかけられたことがある。彼が聞いたのは大砲の声ではない。大砲の声なら、毎週土曜と日曜に日に二度も聞いている。なんとなれば、この大レイモンディ氏、まさに読んで字のごとく泡の名声を求めるのあまり、大砲の口にとびこむことも辞さなかったからである。大レイモンディ氏、その別の名は、人間砲弾。

「闇の女 MISS DARKNESS」
>ミス・ダークネスがブランデル夫人の下宿に泊まりにやって来たのは、午後もおそく、夕食の時間も間近いころだった。夕刊が届いたばかりで、ブランデル夫人がミス・ダークネスを新聞で広告した二階の空室に案内しているあいだ、下の居間にいたアンストルーザー氏はこんなふうに話していた。「きょうの午後、下町は大した騒ぎだったじゃありませんか、ミス・ホイーラー。ごらんになりましたか」
「キャサリン、おまえの咽喉をもう一度 I'LL CUT YOUR THROAT AGAIN, KATHLEEN」
>で、わたしはベッドのはしから立ちあがらなかった。両手を下向けにして前へ差しだし、指をぴんと張ってみても、もう手はふるえなかった。私の指は彫刻の指のようにたじろがず、そして彫刻なみにしか役立たなかった。動かすことはできる。ゆっくり握りしめて拳を固めることはできる。が、サキソフォンやクラリネットをかなでるとなると、バナナも同然の無能ぶりだった。

「町を求む TOWN WANTED」
>助役が顔をあげて言った、「よう、ジミー。どうだい、調子は」
>わたしは歯をむいて笑ってみせ、階段を登った。そして、ノックせずにボスの事務室に入った。
>ボスはなんとなく妙な目つきでわたしを見た。「すべて順調か、ジミー」
>「湖が干あがったら見つかるでしょうよ」とわたしは告げた。「その時分には、誰も生きてやしませんて」

「史上で最も偉大な詩 THE GREATEST POEM EVER WRITTEN」
>ルーパート・ガーディンは「ふうむ」とうなった。彼とのインタビューが始まってからここ三十分のあいだに彼が放った最初の非雄弁的な発言だった。むりもない、わたしの出した質問は難題だった。(略)
>わたしは彼のために問題の範囲をせばめてやった。「初めから英語で書かれた最も偉大な詩としましょう。英語以外のものは除外して、翻訳もぬきにしましょう」(略)
>彼は深いため息を放った。そして、「やっぱりカール・マーニーの詩だろうな」と言った。

「むきにくい林檎 LITTEE APPLE HARD TO PEEL」
>彼のことを〈むきにくい小粒の林檎〉と初めて呼んだのは、学校で何級か上の、彼より大柄な男の子だった。アッペルはこの渾名が気にいった。それを鼻にかけて吹聴しさえした。いうまでもないが、この渾名を初めから終わりまで省略せずに使った者はいない。それでは長すぎて渾名にならない。
>最初の事件が起きたのは、彼が来てからたった一週間後のことだった。

「自分の声 THIS WAY OUT」
>部長刑事は大男で動作が鈍かったが、ばかではなかった。自殺にでっくわせばそれが自殺であることを見ぬいたが、同時に何事も頭から決めてかかってはならぬのを承知していた。(略)
>彼は、「もういい、運びだしてくれ」と言った。二人の担架係が、かつてはジョン・ケアリーという人間だった百六十ポンドの冷たい肉塊をごろりと担架にのせ、柄を握ってドアの外へ出て行った。

「まっ白な嘘 A LITTLE WHITE LYE」
>ギニーは今一度あたりを見まわして深く息を吸った。こんなすばらしい家があんな値段で買えるなんて、どうしてもありえないことのようだ。これはひょっとするとダークが思い違いをしているのではないかと心配になった彼女は、おそるおそる周旋屋の顔をうかがった。そして、「あのう、おいくらなんですか」ときいた。
>「七千ドルです、奥さん。もちろん、支払い条件もすばらしく――」(略)
>周旋屋はこの辺から「えへん、おほん」を初めていた。「もちろん、このことはお話ししておかないといけませんが」ここでまた咳ばらいを一つ――「ええ、この家には不幸な歴史がありまして、そのためにこんな格安のお値段でお取り引き願うわけなんです。この前にお住みになったかたが、実はそうの――お客さんもお聞きおよびでございましょう」

「カイン CAIN」
>独房の中でダナ・キースリングは身をこわばらせて寝台にうつ向きに伏し、小さな枕に口を押しつけていた。が、啜り泣く声は消せなかった。人に聞かれていると思うと恥ずかしくなる。なんとか勇気のあるところを示したいと思う。どうしてそれができないのか。おれは一生をすっかり台なしにしてしまった。その最後の数時間ぐらい、なんとか平静でいられる勇気があってもいいではないか。

「ライリーの死 THE DEATH OF RILEY」
>ライリーは死んだ。彼の葬式はカーター市始まって以来の盛儀だった。ライリーの生きているうちは誰も彼のことで大騒ぎなどしなかった。そういう人々を責めるわけにはいかない。存命中のライリーは、(略)誰よりも平凡な平刑事だったからである。だいたい彼の一生を振りかえってみると、現在の彼の名声にふさわしくない挿話ばかりで、ろくなものではない。

「うしろを見るな DON'T LOOK BEHIND YOU」
>ゆっくりすわりなおして寛いでいただきたい。この話を楽しんでいただきたいのである。あなたが読む最後の――ほとんど最後の――物語がこれから始まる。読みおわってから、あなたはしばらくすわって時間をやりすごすだろう。(略)しかし、早かれ遅かれ、立ちあがって出かけなければならない。わたしがあなたを待っているのは、そこである。

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