常楽院

福島県南会津町 真言宗

浄土に生まれる

2014-12-24 | Weblog
 私は本を読むのが大好きでした。今も好き名のですが、勤めをしている頃ほど本が読めなくなりました。勤めをしている頃はお昼休みは読書の時間でした。ところが今はお昼休みがなくなり、日常の雑務に追われ、休み時間がなくなってしまったのです。「時間は自分で作るもの」っとよく言われますが、それがなかなか創れないのです。
 それでも時間を見つけ読んではいるのですが、勤めをしていた頃の5分の1くらいです。
 今読んでいるのは五木寛之さんの書かれた『親鸞』の簡潔篇です。
 お寺にいるとは言え仏教の教えを学んだわけでもなく、まして理解している訳でもありません。
 そんな私に『親鸞』の簡潔篇の上の最後の章の親鸞の言葉は、仏の教えをおぼろげに見せてくれた気がします。

 「浄土に生まれる、というのは、死んで極楽へいくという意味ではあるまい」
 「それは、闇のなかにいた自分が、光のなかにでてくるということだ。これまでの自分と違うあたらしい人間に生まれ変わるのだ。死んだ後のことなど、私にはわからない。しかし、比叡の山を下りて、やがて法然上人の念仏の教えに出あったとき、わたしの前にあたらしい世界がひらけたのだ。希望をもって生きていくことができると思った。わたしはそのとき、たしかに生まれ変わったのだよ。浄土とは、光の国のことだ。絶望のなかにいた人間が、希望の光に出会う。浄土に生まれとは、そういうことだ。しかし、人は迷う。心細くなるときもある。だから念仏にはげまされる。それを信という。信じるということは、迷信ではない。人に勇気とよろこびをあたえるものが信なのだ。」
 「迷信と、信は、どうちがうのですか。」
 「迷信は、人をおそれさせるもの、迷わせるもの、心細くさせるものだ。あれをしてはいけない、これをしてはいけない、とうるさくいう。しかし、信にはそれがない。わたしはそう思う。」
 「なぜならば、迷信におちいるとき、人は不安になり、おそれおののき、心が暗くなる。信というのは、その反対だ。勇気がうまれ、心があかるくなる。わたしがそうだった。二十九歳で法然上人に出会い百日その教えをきいて信をえた。そのときは本当に自分が生まれ変わったように感じた。死んだ後自分は光の国へいくのだと、固く信じたとき、生きていることがよろこびとなったのだ。死後の不安をかかえているかぎり、人は幸せにはなれぬ。・・・・・・・」

 読んだからといって理解できた訳ではありません。かりに、理解できてもそれができるわけでもないような気がします。
 でも、なんとなく、おぼろげに、胸に落ちてきたような、そんな気がするのです。
 でも、難しいですね。有名な宗教者の方々が一生をかけて模索した教えを、平々凡々に生きている私が、そう簡単にわかったら大変です。
 でも、このような本を読むと、そのときはちょっと解かったような、そんな気持ちになるのです。

 冬至にあわせて柚子を沢山いただきました。わたしもかすみそうさんを見習って、柚子大根をつくってみようと思います。
 それから、我が家では仏具を磨くのに、金属磨きのピカールを使っています。ハッピーサークルの皆さんが、仏具をぴかぴかに磨いて下さった時に使ったのもこれです。ホームセンターに売っていましたよ。
 

H26年 御詠歌講打ち上げ

2014-12-16 | Weblog
 講員さん本人やご家族の病気でお休みする方もおいでになりましたが、檀家総会での発表会、そして県大会、全国大会と納得のいくお唱えをすることが出来ました。
 これも皆で頑張って練習を続けたおかげですね。納得のいく一年でした。

 と言うわけで、15日に全国及び県大会の反省と26年度練習打ち上げを行いました。

 一応少しだけ練習をして、後は宴

 料理のメインは準講員のよっちゃんが打つ10割そば、本当に美味しいのです。
 私は玉葱と鶏手羽の煮物、酢豚、大根と鶏挽肉のサラダをつくりました。
 講員さんも野菜のかき揚げ、ゆずと大根の酢の物、沢庵漬け、赤カブの漬物、きゅうりの粕漬け、イカ人参、みかんなどを持ち寄って下さり、賑やかなテーブルとなりました。

   
 kさんのすてきな踊り、彼女は三味線なども弾く芸達者です。

 
 Sさんは歌が大好き。残念ながら目が見えないので、鈴や鉦を打つことはできません。でも大変勘が良く、メロディーや歌詞は耳から覚えてしまいます。
 今夜も自慢の喉を披露して下さいました。

 
 住職と同級生のよっちゃん。彼の手打ちそばは天下一品です。すてきな奥様といっしょに茹でるのも引き受けてくださっています。

 
 ちょうど良く実家に帰って来たやっぱり住職と同級生のEさん。彼は野菜をつくり、それを使った料理が得意です。経はお給仕のお手伝い。

 
 新講員のSさん。賑やかに花笠音頭を踊って下さいました。

 他に昔語りなども出て、楽しい打ち上げになりました。

 来年も楽しみながら頑張るぞー!

 
  
 

初雪 常楽院除雪隊出動

2014-12-08 | Weblog
 4日の日目覚めると外が明るい、玄関の戸を開けると大きなボタン雪。いよいよ雪の季節です。
 
 
 富山県や徳島県では大きな被害がでています。亡くなられた人もいます。孤立した地域もあり、停電により暖房や連絡が取れなくなって、寒い思いをしたり不安だったり・・・ 昔だったら電機が止まっても、蒔きストーブや石油ストーブなどだったので暖は取れたでしょうが、トイレも困ったり、便利になりすぎると災害には弱いのかも・・・そんな時の準備が必要だと思いました。

 6日は常楽院の除雪隊が出動、今シーズン初です。これから何度もでる事になるんでしょうね。従業員は機械の操作が出来ないので、住職が泊まりで不在の時は天気予報を見ながらどきどきです。
 

 6日の日に広野町の知人が大きなブリを持ってきてくださいました。びっくりです。うまくさばくことが出来るかな・・・ちょと不安
 
 
 その日は『飲みどころ常楽院』で『桧沢地区文化伝承クラブ』の懇親会でした。頑張ってさばきちょっぴり大きめのお刺身にしました。「これは旨い」と喜んでいただきました。よかった、よかった。
 大変な思いをしながらさばいたのですから、旨いと喜んでもらえなかったらがっかりですよね。
 かまは塩麴に漬けました。焼いて食べます。他にぶり大根やぶりの照り焼きなどにして食べます。
 
 おいしいぶりをありがとうございました。
 

 

観音信仰も時代とともに

2014-12-03 | Weblog
 先日、会津若松の福島県立博物館で開催されている東日本大震災復興祈念の特別展「みちのくの観音様 人に寄り添うみほとけ」を見に行ってきました。
 第1章には大小の木造の観音様が展示されていました。いかにも素朴な静かで穏やかな表情の観音様の前に立つと、ほっと気持ちが和らぎます。「苦しむ人々を救うために、その身を三十三の姿に変えて人間の住む世界に現れる。」と言われる観音様は私たちに一番近い仏様かもしれません。
 第2章には観音信仰の広がりと言うことで、三十三所巡礼の際に奉納された絵馬や御朱印の展示のほかに、会津若松市一箕町の観音講の様子がビデオで見られ、御詠歌を御唱えしている姿も見られました。
 第3章は生と死をめぐる祈りをテーマに山形県酒田市の傘福や郡山市のカサボコ、須賀川市や下郷町大内の産着などが展示されていました。結婚をせず若くして亡くなった子供のために家族が奉納した結婚式の様子を描いた絵馬は、親の気持ちが察せられ切ない気持ちになりました。
 カサボコにはサンタクロースも下げられており、三十三の姿の中には仏教とはちょっとかけ離れたこんな姿もあったのか?『観音信仰も時代とともに変化するんだな』となんとなくほほえましい思いとともに、ちょっと複雑な思いも感じてきました。
 この特別展は12月14日(日)まで開かれています。

 ところで、今年は生まれて初めて沢庵漬けに挑戦してみました。
 漬物は苦手で、キュウリや白菜、茄子などの浅漬けはするのですが、本格的な白菜漬けや沢庵漬けは一人ではやったことが無くいつも買ったり頂いたりして食べていました。ところが今年は実家のお嫁さんが「漬物用の大根を作ったので漬けてみて。」と持ってきてくれたのです。それが、かわいい大根なのです。普通の大根の4分の1位の大きさです。
 
 まず陽に干して軟らかくし、生の粉糠を炒って、塩と鷹の爪、ザラメ、柿の皮の干したものなどで漬け込みました。重石は無いので、しょうゆのボトルを6本あげました。
 大根を干している所に来た、いつも沢庵漬けを持ってきてくださるご近所さんに「味見をさせないとだめだよ。」と笑われました。
 一週間たち水もあがってきたので味見、住職は「もう少し甘くてもいいかな。」とのことですが、まだ大根の辛みは残っていますがまあまあの味と本人は満足しています。ご近所さんにも味見をしていただかなくちゃね。(^_^)