OUR HOME ISLAND - いおうとう(硫黄島)

戦前に在住していた島民が、戦後の小笠原返還後も故郷に帰ることが許されていない硫黄島についての情報発信をいたします。

21014年小笠原村硫黄島への慰霊墓参の旅(77) 平和祈念会館前での自衛隊員の皆様の熱演

2014年09月05日 | 硫黄島・小笠原村
硫黄島にいる自衛隊の皆さんが、毎年、私たちが宿泊している硫黄島平和祈念会館まで来て下さって、歌を披露して下さったり、素晴らしい演目を疲労して下さったりします。今年も航空と海上の両隊のメンバーの方々がやってきて下さいました。それぞれにクラブ活動として十分に練習を重ねて来て下さった本格的なものです。
この日の夕食でも、食べ物も飲み物もたくさん出してもらいましたので速いペースで宴が進みましたので、中には日中の疲れもあって早々に部屋に戻ってしまう人も出始めた(今年、初めて、小笠原丸での宿泊墓参に参加した私の父親など)のを見て慌てた村長が、「8時半過ぎには、自衛隊の皆さんがいらっしゃって下さるので、それまでは残って、みんなで見ましょう。」と声をかけて下さる場面もありました。ほとんどの人は、もちろん、そう言われなくても自衛隊の皆さんの芸を目当てに楽しみにしていました。

沖縄由来のエイサーは勇壮で勇ましい踊りと歌で、これまでに何度か見させてもらっているので、曲も覚えてしまっています。メロディーにも南国ならではのものがあって、明るく楽しい気分にひたることができました。

次は、硫黄島あわおどりでした。以前には「いおうとうひょっとこ踊り」という演目で数年間、見せてもらっていたものが、今年初めてか少し前からか、あわおどりになりました。賑やかな打楽器と踊りを見せてもらった後で、リーダーの方から、「見ているだけではなく、参加してもらいます。踊りか、鳴り物演奏のどちらかに参加して下さい。」と言われました。見ていた我々は、そこではまわりを見回したりなどして出て行くのは躊躇したのですが、次に、「この前に体育館に宿泊の小笠原村からの中学生たちのとことでやってきた中学生たちは、みんな積極的に参加してくれていました。」と言われて、尻込みできるはずもなく、みんあで出て行きました。楽器は好きで踊りは嫌いな私は、演奏組に参加させてもらって首からかける太鼓を、リズムを隊員の方から教えてもらって、思い切りよく叩きました。ストレス発散にもなり、良い経験をさせてもらいました。
硫黄島の自衛隊の皆さん、毎年、本当にどうもありがとうございます!
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