IZUNOHANA’s blog

     後期高齢驀進中者の戯言

木曽路を想う・・・

2014-09-29 10:28:22 | この頃思う事

今年の「ほおづき」は不作だった・・・夏の雨が多かったので、腐ってしまったのだと思う。


 

   数十年前の一人旅、木曽・馬篭で、一日待ちで作って貰った「藁の馬」




「御嶽山」が噴火し、多数の登山者に被害が出ている。
最近、地震による津波警報は、度々、目にし、気にしていたが、こんな大被害を及ぼす噴火が起きる事には、気が至らなかった。
悲しい哉、これが日本の置かれている現状だと、改めて、認識させられた。
一刻も早い救出を祈り、被害を蒙られた方々に、心から哀悼の意を申し上げます。

「御嶽山」には行ったことが無いが、その周辺、特に「木曽路」の風景には、落ち着くところがあって、よく、ふらりと、一人旅や友人との旅をした。

ある時、出たとこ勝負(つまり、行先も宿も未定)の一人旅で「馬篭」に着き、坂下の宿に一泊した。
次の日、のんびりと坂を上がって行くと、丁度、真ん中辺りの民家の軒下で、「藁細工」をしているご老人に出合った。
しばし、傍らにしゃがみ込んで、その工程を眺めさせてもらっていた。

徐々に、彼の指先から現れる「馬」の姿は、確かに藁人形であるのに、生命を生み出しているように見えた。
どうしても、その馬が欲しくなって、聞いてみると、出来上がったものは、既に、予約売却済だというので、次に制作するものに、予約を入れた。

延々と待つ事、数時間、夕暮れ時になって、漸く、手にした「藁馬」を持ち、その日の泊まりは、坂の上の宿だった。


「御嶽山噴火」と聞いて、不心得者と承知ながらも、こんな木曽での一日が、思い起こされた。
御嶽山麓の周辺は、日本人の心の故郷のような気がする。
この惨事が、自然現象といえども、強烈に、我が心を揺さぶるのは、そんな理由なのかも・・・と感じている。







 


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9 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
うんうん (kyon)
2014-09-29 14:09:32
ワタシも不心得者の一人として、一寸思いました・・・
ポンペイの遺跡痕から発見された親子の遺跡・・・
いつぞやTVで見たことがありました。
あぁ・・・同じだ、同じことが、この時代にも起こるんだ・・・と。
いい思い出があるなら尚のこと。

にしても、その藁人形・・・お顔のデカイ馬です。
でも、何だか愛着湧きますね・・・素朴さがとてもとてもいい。
ほおずきの虫食いと、藁人形、何とも言えない味がありますね(^_-)-☆
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思い出 (チェロ)
2014-09-29 19:12:52

こんばんは、
想定外の自然災害が、
どんどん現実のものになっていますね、
人間はきわめて弱い脆い存在なのだと思います、

一人旅の思い出すてきですね、
それを書いたり話したりできることは、
もっとすてきだと思います、

お父さんにもそんな思いであるみたいです。
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お詫びします (チェロ)
2014-09-29 19:14:53

最後のところ、
「思いで」誤りです、
「思い出」に訂正くださいませませ、

お詫びします。
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木曽七不思議? (伊豆の花)
2014-09-29 19:56:09
kyon様:
こんばんわ。

「富士山噴火もあり」の中で、如何に対処したらいいのでしょうか・・・逃げる所はありませんもの。
「日本に生まれた宿命」と諦めてしまうのは、余りにも無気力過ぎるでしょうか・・・ね。

この「藁馬」は、多分、40年位前の物ですが、特別、丁寧に保管していた訳でもないのに、腐ってもいないし、虫などに食い荒らされてもおりません。
この生命力は木曽七不思議(?)の一つではないかと思っています・・・後、六つの不思議があるかどうかは聞いておりませんけれど。
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支え合う事 (伊豆の花)
2014-09-29 20:12:18
チェロ様:
早速のお詫び訂正に、心から、了解です。
我がお仲間が出来たようで、嬉しくなりました。

自然に対する人間は、とても小さいものです。
だからこそ、古の人々は、手を取り守り合って生きてきたのでしょうね。
私たちは、個人主義だ、プライバシーだのと自立している積りでも、様々な災害を蒙る度に、支え合える人の必要性を再確認しているように思います。

ところで、お父さんも、心に残る旅の経験者でしたか?
昭和40年代頃には、まだ、地方色も豊かで、ふらり旅も、案外、気楽に受け入れてくれた時代でした・・・良い時代だったと言うと、きっと、笑われてしまいそうですね。
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昭和44年 (チェロ)
2014-09-29 22:25:14
遅くにお邪魔します、
はい間違いの天才でございます、
昭和40年代は確かに何をするにものんびりできた、
おおらかな世の中がありました、
父の思い出の旅は昭和44年でした、

遠い昔です。
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木曽路はよいとこ (ガチャピン)
2014-09-30 14:03:15
伊豆の花さま、こんにちは。
藁の馬、なんというか…味がありますね~
馬籠はいいところですよね。
妻籠には行かれましたか!?
木曽路には二本の風情が残る景色が…
観光にも影響することを思うと、残念ですね…
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旅の恥 (伊豆の花)
2014-10-01 06:22:46
チェロ様:
「旅の恥はかき捨て」と申しものの、「恥」はなかなか捨てられるものではありせんが、「遠い昔の恥」は、懐かしさのオブラートに、ふんわりと包まれているようになりました。
私の話す事も、もしかすると、事実と違った部分も有るかも知れません。
だから、古人は、こんな状況を「かき捨て」と表現したのかも・・・
お父さんに、何時の日か、その思い出の旅の端っこでも、お聞かせくださいと、チェロさんからも伝えてくださいね。
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旅の本質は・・・ (伊豆の花)
2014-10-01 06:40:02
ガチャピン様:
おはようございます。
今朝は午前3時に目が覚めてしまい、頭がボーとしています。

木曽路(というより長野県一帯)は、とても好きな場所です。
だから、よく、ふらりと旅に出かけました。

「馬篭」は勿論、「妻籠」「奈良井」などに、小さなバッグ一つ持っての、飛び込み宿泊でしたが、どこでも、快く、泊めて貰えたものでした。
日本中が、旅行ブームになると、都会に近い観光地程、宿を確保できなくなって、一晩、駅のベンチで過ごし、始発で帰宅するようになり、その頃から、ふらり旅を止めて、海外に目が向くようになった気がします。

でも、「旅」の本質を教えて貰えたのは、「ふらり旅」で出会う地元の人々とのふれあいでした。
この「御嶽山噴火」の大きな被害が、地元の人々の心まで壊す事のないよう祈ります。
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