IZUNOHANA’s blog

     後期高齢驀進中者の戯言

元気で~す!

2015-07-31 09:01:28 | この頃思う事

  

 調べる意欲がなくて、またしても、「不明の赤い花」です。まだ、一つしか咲いていませんが、蕾も、たくさん、付いているので、楽しみです

 


 

暑いです!
毎日、冷房、ガンガンの家に中で、ノタ~、グタ~と、過ごしております。

言い訳めいて、何やら、気も引けますが、先日、ガツンと喰らった一言に、気力も忍耐も思考力も落ち込みまして、何かをする気が失せてしまいした。
とはいっても、他人の言葉に惑わされるような自分でない事は、周知の事実でして、その言葉に、ウジウジと悩んではいません。
ただ、弱い(ウソだ?)我が心を奮い立たせていた何かが、あっさりと、崩れたのは確かですね。
何気ない「言葉」で、光を見出す事もあるでしょうが、意外に(ではないかも・・・)簡単に、傷つけてしまう事もあると、今更ながら、経験しました。
これを、わが身に置き換えて、気を付けなければ・・・と、教えて貰ったと思っています。

という訳で、殆ど、「死に体」であった私に、冷水(だなぁ・・・きっと)を掛けて、喝を入れてくれたのは、一通のメールでした。
ボランティアの花壇活動で、夏場には、水遣り当番が課せられています。
別に、大変な事ではないですから、毎年、恙なく、こなしてきました。
それなのに、今年は、すっかり、忘れていたのですよ(またまた、言い訳ですが、当番表が送られて来なかった事もあって・・・)。
で、責任者の方から、送られてきたメールの最初の言葉が「先週は、水遣りをご苦労様でした」とあったのです。
えっ、先週?当番だったって?・・・えっ?えっ?えっ?・・・という混乱の一瞬のあと、現実に戻りました。

事実は、大事な事さえ忘れているのに、「頑張って来たのに、結局は、自己満足だけなんだ」という無常感(何時も大げさなのです)の自己陶酔に浸っていた自分が恥ずかしいです。

 

今日は、7月最終日、ちょっと辛~いひと月でしたが、大丈夫です、もう、目が覚めましたから、8月からは、ご期待ください(期待して貰えるものがあるとでも・・・?)。
しか~し、今年は、なんと暑い夏なのでしょうか・・・

 


     

    元気を得ようと、今日は、「真っ赤な花特集」にしました・・・といっても、2つだけです。

 


 

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またしても、悪酔いだな・・・

2015-07-25 20:16:34 | この頃思う事

  

  TV番組の中で、「蛾」と「蝶」の話をしていました。「ちょう」に対して「が」と言うネーミングは、あまりにも悪意が感じられるというのですね。
  だから、「蛾」は、もっと、良い響きの名前にすべきだというご意見なのです・・・・我が家の庭に舞う「蝶」を見ながら、妙に納得していました。

 


 

7月24日午後6時30分、同級生遊び仲間のお通夜に参列しました。

会場の入口に、彼がお気に入りだった「ハーレーダビッドソン」が参列者を迎えるように、展示されていました。
彼と親しかった同級生仲間の話では、まだ元気だった3年ぐらい前に、北海道へのツーリングをしたというのです。
それを聞いて、なんとな~く、「良かった」と、変な安心をしました。

で、その「ハーレー」の傍らに、寄せ書きの色紙が・・・えっ、あれは、あの色紙?・・・と目を凝らしますが、よく、見えません。
傍にいた仲間達に見て貰うと、そうでした、去年かその前の新年会の時、参加できない彼への励ましの(というより、参加を請うような)コメントを、皆で、書いたものだったのです。
翌日、皆で書いた色紙を、彼に渡すべきかどうか、多分、半日くらい悩んだのを思い出しました。
こんな子供じみた事を、彼は笑うだろうか・・・いや、それより、よけいなお節介だと気分を害するだろうか・・・でも、皆の呼びかけに力を得て貰えるかも・・・とか、悩みに悩みました。
意を決して、彼に届けた時、彼は、色紙をちらっとだけ見て、脇に置いたのです。
帰り際に、私は「ジャマになったら、捨てても構わないからね」と言って、そこを辞しました。

その色紙が、飾られていたのです。
私は、根性が曲がっていますから、「なにか、ここらあたりに飾るものはないかしら」といって、偶々あった、この色紙を飾ったのかも・・・とも思ったりするんです。
それにしても、彼は、この色紙を捨てないでいたんだ・・・という事に、思わず、涙が込み上げてしまうのです(勿論、何事も感じないフリをしてますが・・・)。
悲しいだけではありません、すご~く、嬉しかったのですね。

彼の闘病生活に、我々は、何の手助けも出来ないのは明白であり、その上、最近では、会う事も拒否されていたから、全く、何の情報も伝わってこなかったのです。
事実は分かりません。
でも、もし、この寄せ書きで、少しでも、彼が癒された時間を持っていてくれたならば、私たちにも、出来る事があったと思えるのですね。

お通夜の終わった後、我ら同級生仲間は、近所の小料理店で食事をとりました(用意された食事でなく、別の場所で、それぞれが自腹です)。
私は、当然の事ながら、ビールを数本、頂きました。
この色紙の話をしたいと思っていましたが、誰かが言った一言に(悪気があって言ったわけではないと思うけれど・・・)、がつんと一発喰らったような(私にしては珍しく)落ち込んだ気分になってしまい、後は黙って飲むだけで・・・結果、悪酔いしてしまったのです。

7月25日は、お葬儀ですが、全く、起き上がる事が出来ませんので、失礼をさせて貰いました。
どうやら、気分が持ち直したのは、もう、今日の終りが近づいている頃だったのです・・・またも、反省するだけの反省をしています。



 


  

  一生懸命に水を吸っている(ですよね?)蝶を、しばらく、じっと、眺めていました。ホント、忙しそうで・・・

 


 

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「元気」になりたい時は・・・

2015-07-24 08:03:36 | この頃思う事

 

  気分転換にと、明るい色を探して庭に出ましたが、何故か、花不足で、既に掲載済である「ポーチュリカ」しか咲いておりませんでした

 


    何時も、自作イラストのハガキをくれる友人から、今年も、暑中見舞いが届きました。

 

7月21日付の新聞に、「元気になりたい時は・・・長新太さん!」という記事を見つけた。
「ナンセンスの神様」と呼ばれたその人の絵は、シュールでスケールが大きく、どこまでも自由だ・・・そうだ。
今、「ちひろ美術館・東京」で特別展を開催中と書いてある・・・見たいな・・・と、急に思った。

早速、便利なネットですよ・・・調べてみた。

没後10年「長新太の脳内地図」展
展示会期 2015年5月27日(水)~8月2日(日)

あれ、8月2日迄なのか・・・来週しか無い・・・でも、私の予定の無い日は、31日、1日、2日の3日間のみで、「う~ん」と悩む。
出掛けられない拘束は無いが、大いに宣伝をしている「第二次草取り週間」に入らねば、既に、畑で草が自由を謳歌しているのだ。
これ以上、先送りすると、もっと、大変になる。
もう拘りは捨てた積りでも、ああ、東京にいたら、2時間も掛ければ、行って、観賞して、戻って来れたのに・・・と、せん無きことを思ってしまうのだ。

諦めきれないのは、何故かなぁ・・・と考えた。
新聞記事(コラム発信箱 小国綾子夕刊編集部)の最後の方に、

・・大好きな・・・原画をながめていたら、会ったことのない長さんの声が聞こえた気がした。
「意味を求め過ぎないで、意味がなくても面白い。それもまた、いいじゃない」。
ナンセンスの面白さやユーモア、握りしめていたい。

と、あったのに、惹かれたようだ。
意味がなくても面白い・・・その世界に、どっぷり、浸りたいと思った訳で、まぁ、まだ、時間はあるから、しばらく、「保留」にしておく。
こういう時は、案外、実行しない私だともわかっているけれど・・・


追記:午前11時25分
    はたっと、気づきました。
    何という、親不孝ものでしょうか・・・8月1日~3日は、我が母の「初盆」だったのです。
    いかに周知の事(我が性格を)とは言えど、せめて、朔日くらいは、神妙にすべきだろう・・・と、 言い聞かせました(自分自身に)。

 


 

 真っ赤な花でなく、やや、夏模様のオレンジ色を選ぶ背景は? やっぱり、我がバイオリズムが下降気味ということなんだと思う、きっと・・・

 


 

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ユタカ君を悼む

2015-07-23 07:46:56 | 三六趣味の会便り

  

 

昨晩、ユタカ君の訃報が届きました。

ユタカ君が36会に参加してくれたことによって、お酒(日本酒でしたね)も、よく飲んだけれど、自前の竹藪で行った「タケノコ刈り」、共同で作っているという「椎茸」を、飲み会の度に、焼いて持ってきてくれた事等々、楽しい、嬉しい思い出がいっぱいできました。

その当時から、ユタカ君は闘病中でしたが、明るくて、割り切っていて(今、考えると、本音は別なところにあったかも知れません)、絶対、何とかなるという希望さえ感じていたのです。
ハーレーを持っているというから、ツーリングの話を聞いたら、ユタカ君は、眺めているだけで良いんだ・・・と言うのですね。
でも、きっと、どこかへ、ツーリングしたでしょうね・・・楽しい、面白い経験を、ゆっくり、聞きたかったと、残念に思っています。

最近では、もう、私たちに会う事に、消極的になってしまっていました。
私たちは、とても、気になっていたのです。
あなたの気持ちは分かります・・・なんて言うのは、明らかに、傲慢さなのですね・・・その思いは、当人以外には、分からない事だと思い、私たちも、遠慮していました。

私たちは、先日、イチロー君を見送ったばかりです。
まだ、その悲しさ、悔しさも癒えぬ内に、ユタカ君を見送らねばならないと思うと、心が締め付けられような思いです。
唯々、穏やかに目を閉じられた事を願い、謹んで、哀悼するのみです。

 

ユタカ君が、真っ白で穢れの無い気持ちを道連れに、爽やかなブルーヘヴンに向かってくれるよう、この朝顔を捧げます。

                                                                        [文:TYです]

 




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野菜との格闘の日々で・・

2015-07-22 15:30:32 | この頃思う事

  

 自力発芽したまゝにして置いたから、畑のあちこちに「コスモス」が咲いている。
 位置(場所)的にジャマなのだ。その内に、取り除いてしまうかもしれないので、今のうちに、ご披露して置く事にした・・・どうでも良い事だが、一応・・・ね。

 


  

     ある日の収穫野菜。ひょうたん型の野菜は、何ものなのか不明。
  

キズがついて(?)か、腐りかけていた「カボチャ(写真上:半分になっているもの)」を収穫した。
とりあえず、半分を食べて見た・・・ちょっと、収穫するには早目のような味ではあったが、傷んでいたのは表面だけで、中身は無事だった。
姉に、残り半分をあげる・・・と言ったら、即座に、断られた・・・そう言えば、母も、どちらかと言えば、野菜嫌いだった。
自分で作っていながら、「野菜だけのお天婦羅」を食卓に出すと、文句を言われた(野菜だけだったから?)事を思い出す・・・母と姉は、お互い反目し合っていたが、遺伝子的には同じだなと思う。

てな訳で、半分のカボチャは冷蔵庫の野菜入れに収まっているという事になる・・・私には耐えられない状況であるが、自分で栽培したものだから、責任は取るつもりだ・・・ま、自分で食べつくすって事ですね。

それなのに、姉が、実にオカシナ野菜を持ってきた(写真:ひょうたん型のもの)。
買ってきたキュウリの苗を、畑に植えたが、枯れたかして、そのまま、放置していたら、芽が伸び、実が付いたそうだ・・・それが、問題の野菜である。
正直、野菜かどうかも分からないが、多分、接ぎ木した元木が成長したらしい。
姉は、私に食してみよ・・・と言うが、自分の物を消化するだけだって重荷になっているのに、食べて見る気力も出てこない。
オマケとして、取り立てのトマトが付いて来たから、姉のように無下に断われない私は、一応、貰って置いた・・・私の事だから、その内、食べて見るかも知れない。

 

    


こちらも、姉の作品である「トウモロコシ」。

昨日、そろそろ、収穫できると思う・・・と話していたが、今朝、姉が、一輪車いっぱいに収穫してきた。
取り立てを食さねば、美味しさが無くなると、当然、お裾分けが来る。
最近、胃の具合が良くない私は、極力、トウモロコシは食べたくない(よく噛まないから、食した後、胃が痛む)が、すぐに茹でて持ってきてくれた。
う~~んであるが、またまた、断れない私なのですよ。
これは、姉の愛に満ちた(懐疑的で)行いに対して、気が弱くて断れないのでなく、食べたい誘惑に勝てない訳で・・・

で、結局、「産直茹でたてトウモロコシ1本と、生トマトの磯風仕立て(塩をマブシタだけ)」を、昼食とした。

案の定、やって来た胃の痛みに、つくづく、後悔している(この後悔、毎度の事ながら、学習しない私なのだから、自業自得という事)。

 


  

   今に、カボチャの株に取りこまれてしまうだろう「コスモス」・・・しばしの間は、楽しもうと思っている


 

 

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「夏」を楽しもうよね!

2015-07-21 07:51:30 | この頃思う事

   

   7月21日 午前7時半頃の 梅雨明け宣言をした「夏姿、富士のお山」です・・・我がデジカメ、能力目いっぱいのズームで撮ってみました。
  写真右: 同じ場所・同じアングル、多少、引いたズームで、「富士遠望」です。

 


 

 
梅雨明け後の澄み切った青空の下、爽やかな朝を・・・と、言いたいのですが、いやぁ~、何と蒸し暑い朝なのですね。
エアコンの設定温度を24℃に下げましたよ。

また毎度に如く、昨夜は寝そびれまして、一睡も出来ませんでした。
朝一、濃~い珈琲を淹れて、目を覚ましております。
今日は、「燃えるゴミ」の日で、ゴミ出しがてら、「夏姿富士」でも見てこようと、カメラを持って、「富士山観測定点場所(私専用です)」に向かいました。
午前7時過ぎ、丁度、集団登校している小学生一団に出合うが、皆、ひたすら黙々と、俯き加減に歩いて・・・という雰囲気に、朝の挨拶をしそこなってしまったのです。
よく分かりませんが、まだ、眠気から覚めていなかったと、解釈しておきますね。

今日の富士山は、夏姿としては、かなり、完璧に近いと思いますが・・・
何せ、カメラも私同様、かなりの年配で、画像がキリッとしないのですよ、その点を考慮の上、ご覧頂けたら・・・と思います。


眠れない程悩んではいないのですが、ちょいと考え事があって、寝そこなってしまったのですね。
通常、恙なく日々を重ねて行くことは、まぁ、「幸せな事」と言うのでしょうが、私の場合、同じ事の繰り返しは、どちらかと言えば、苦痛に近いのです。
とは言っても、大それた変化は出来ないから、多少なりとも、方向を変えたいな・・・と思ったりする訳でして・・・
で、更に悪い事に、周囲も、その変化に反応し、付いてきて欲しい・・・という性格でもあるのですね。
そんな我が性格に、自分自身が追い詰められてしまうのですよ。

当面の問題解決策としては、もう、決めてあるのです。
では、何を悩むか・・・我が精神力と体力かなぁ・・・めっきり、体力・気力が落ちてしまっているから、忍耐力の維持継続が、結構、辛いのです。
だからと言って、今、一大現象状況である「若さ維持・復活」産業に参加すればいいだろう・・・には、ならないのですよ。
シミも、白髪も、シワも、老境現象は、すべて、受け入れているのに、どうして、日々変化なしが受け入れられなのか、自分でも理解不能です。


眠れない夜に、どうしようもない事を、グタグタ考えているから、またまた、眠れなくなるのです。
でも、眠れない事には、無頓着な性格なのです・・・ホント、変な人です。

さぁ!夏を楽しみましょう・・・よね。

 

 


   

「富士には、秋桜が、よく似合う」とは、誰も言ってないですが、今日のコスモスは、青空に似合ってます・・・コガネムシも遊んでました(害虫だそうですが)

 


 

 

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足るを知る・・・

2015-07-20 11:42:56 | この頃思う事

 

        雲は多いが、青空が眩しい・・・勝手に、「梅雨明け宣言」をしますね

 



昨日、友人との語らいの中で、「人間、足るを知るが大事だね」という友人に対して、生意気ながら(友人は、私より、ずっと、先輩なのです)、「どちらかと言えば、私は、足りないを知る・・・かなぁ」と答えたのです。
つまり、「これで十分だ」と思う事より、「足りなくても十分だ」と思いたい・・・という事なのですね。

そこで、遅まきながら、「足るを知る」とは何ぞや・・・と、調べてみました(ホント、ネット上には、いろいろな知識が満ち溢れているのですよね)。


老子道徳経 第四十六章 「足るを知る」

天下有道、却走馬以糞、天下無道、戎馬生於郊。

罪莫大於可欲、禍莫大於不知足、咎莫惨於欲得。

故知足之足、常足矣。


天下に道有れば、走馬を却(しりぞ)けて以(も)って糞(ふん)し、天下に道無なければ、戎馬(じゅうば)郊(こう)に生ず。
罪は欲すべきより大なるは莫(な)く、禍(わざわ)いは足るを知らざるより大なるは莫く、咎(とが)は得るを欲するより惨(いたま)しきは莫し。
故に足るを知るの足るは、常に足る。

かみ砕いて申しますと(エラそうに・・・スミマセン)、「常に自分の外側ばかり見て“自分にないもの”を求めていると、次から次へと欲しいものが出てきてしまう!
“足る”を知るということがなく、「もっと」「まだ足りない」と、際限なく欲してしまう。
足るを知ることがないということは、満たされることがない。
常に不満が残るので、心穏やかに生きることができなくなってしまう。
満足することを知っている者は、心豊かに生きることができる・・・と、老子は説いているのだそうですよ(Webより検索抜粋転載)。

そうかそうか・・・もう十分足りているよと思う事で、心穏やかに暮らせる・・・という事なんだと悟りました。
でも、違う考えもあるんですよね。

守屋 淳(評論家)氏のお考えによると
・・・まず、いま手にしているものだけで下手に自足しようとすると、結局それを使いつぶして終わってしまうだけになりがち、というのが第一点。
第二点めは、この言葉を下手に弱い立場の人間が旨としてしまうと、結果的に強い立場の者ばかりが利益を得てしまいがちだ、ということです。
つまり、一般庶民や、貧しい人たちのなかに「足るを知る」「止まるを知る」を旨とする人が増えていけばいくほど、「持てる者」の立場が安泰になっていくのです。
なぜなら、「取って変わってやろう」とか「あいつばかり富や名誉に恵まれるのは許せない」といった庶民の嫉妬心や向上心を緩和してくれる役割を、この教えは果たしてくれるからです。
そして、『老子』はまさしくこうした効果を狙った古典でした(「足るを知る」に騙されていませんかより、抜粋転載)。

民主主義の日本ですから、自由に考えて主張しても良いのです。
別な考え方を拝見すると、「ああ、そうも思えるよなぁ」と、勉強になります。
全く庶民派貧民族どっぷり嵌り的人生の私としては、どちらの考え方を採択すれば、こころ穏やかに暮らしていけるかなぁ・・・と、考えました。
老子の故里・古く中国に於いて、庶民は、権力者には建前で処し、実は、したたかに生き抜いた来たという歴史を鑑みれば、「足るを知りながら、貯蓄熱心に」というのが、安定した生活への道なのかもしれない。

しかし、やっぱり、私の生き方は、「足らない事を承知の上で、自分流に、穏やかに暮らそう」・・・でしょうね、それしかないのが実情でもあるし・・・

 


   

 「足るを知る」と、藪の中に咲く、「むらさきつゆくさ」にも、魅力を感じて来るようですよ・・・これ、ホント!

 


 

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梅雨明けしたんですよね~

2015-07-19 18:17:38 | この頃思う事

  

 天城山北麓を源流とする狩野川の支流、地蔵堂川の上流にかかる落差20メートル幅6メートルの「万城(萬城)の滝」。
 先日の台風による大雨で、かなり、水量が多くなっているようだ・・・マイナスイオンイッパ~イの滝壺周辺です。

 


 


当地方は、梅雨明けしたんでしょうか・・・お日様カンカン照りの真夏日のような暑さなのです。

台風12号が、虎視眈々と、日本列島を窺がっているようですが、とりあえずは、今週中は、天気が良いようなのですね。
梅雨明けならば嬉しい事ですが、いずれにしても、その内、また、雨は来るでしょうから、またまた、草が伸びてくるのですよ。
で、「第二次草取り週間」と公言する前に、密かに、静かに、草取り前の草取りをしようと思い立ちました。

早速、「花壇の草取り」をすべく、午前7時半過ぎに家を出て花壇に向かいました。
先日(何時だったかな?)、取ったばかりなので、大きな草はありませんが、あちこちに伸び始めた草を取り除き、花壇周りを、ざっと、掃いて置きました。
大体、1時間くらいの作業でしょうか、これで、暫くは、大丈夫では・・・と、思っています。

ホントは、行きつけの喫茶店で、500円也の珈琲を味わいながら、小休止したかったけれど、まだ、開店しておりません(午前10時なのです)から、スーパーで、お昼用食料を仕入れて帰宅しました。


  


蒸し暑いので、かなりの汗が出ています。
ざっと、シャワーを浴び、適当に(ま、イイ加減に)髪もシャンプーして、昼食(何を食べたのだろうか・・・え~と、パンとバナナに冷奴だったかな?)を取っていたら、電話が鳴ったのですよ。
友人からで、「久し振りのお天気だから、お茶でもどう?」というから、「ワイナリーならば行くけれど・・・」と答えると、すぐにOKが出て、「中伊豆ワイナリー」に出かけたのです。
何故、ワイナリー?という疑問は愚問です・・・私が、「ワイン」を買いたかったからですね、つまりは、飲みたくなったという単純な理由からなのです。

「赤」「白」のワインを一本づつGET(試飲も、しっかり、しましたし・・・)してから、ランチを取ることになりました。
友人には、私が、軽く、食事(のようなもの)をしてきた事は内緒にして、友人は「ランチセット」を、私は単品で「ナスとひき肉の何とか」を注文し、ご存じの如く、昨日から「禁断症状」状態であり、「瓶ビール一本」も頼んでしまいました。
友人には、「百も承知に事実」ですから、何の問題も発生しないのですね・・・有難い事です。

帰り道、友人の勧めで、近くにある「万城の滝」見物に行きました。
水量も申し分なく、怒涛の如く流れ落ちる滝から、霧の如くに降り注ぐ水しぶきとマイナスイオンに、しばし、暑さを忘れた心地よい時間を過ごしたのです。

中止・延期なった旅の代わりとしては、これ以上の場所は有り得ない・・・と、満足感もイッパ~イで帰宅しました・・・午後4時過ぎでした。
やっぱり、遊びは、止められないようです。


 


        

          「万城の滝」入口のある小滝          「万城の滝」              流れ下る「地蔵堂川」は、やがて狩野川に合流する

 


 

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すっきりしない天気です

2015-07-18 12:55:12 | この頃思う事

 

 

 

 吾輩は「ネコ」である・・・って事はないのですが、何故か、「ネコじゃらし(エノコログサというようです)」が好きなのです。
 この草の中に、小さくなった自分を置きたいと、時々、思うのですが、これも、何故なのかは分かりません。
 ちょっと、緑色ばかりで寂しいので、畑にある二番咲きの「タチアオイ」を配してみました。

 


 


台風11号が熱帯低気圧に変わり、一応、台風騒動は収まった模様ですが、お天気は、まだ、すっきりしません。

昨日も、かぁーと陽が照ったかと思うと、急に、大粒の雨が降ったりで、纏まった仕事が出来ません(通常でも、何も仕事はしてませんけれど・・・)。
それでも、午前中、晴れた空を見て、大急ぎでドラッグストアに、「アースノーマット」と「クモの巣ジェット」を買いに出て、大急ぎで戻ったとたんに、雨が降って来たり、「ピーマン」が必要になったので、畑に収穫(5、6個です)に行き、ついでに、水遣りお役放免となった「花しょうぶ」を点検していたら、またまた、雨に降られてしまうなど、まことに、慌ただしい時間を過ごしていたのですね。

で、今日もまた、同じようなお天気なのです。
陽が出ているからと洗濯物を戸外に干したら、雨が・・・我家への入り口が、あまりにも、草茫々だからと、取り始めたら、またしても、雨が・・・
もう、戸外活動は中止にしました。

実は、16、17、18日と計画していた旅行が、台風接近のため、次週に延期になりました(私は、所用ありで次週は不参加)。
可笑しなものですね・・・取り止めになって空いた時間を、他の事で埋められないのですよ。
以前の私ならば、すぐに、他の事を始めていたのですが・・・年を取ったという事でしょうかねぇ。
だから、唯々、ボーっと、時間を送るだけなんです。
別に、そういう時間は嫌いではありませんから、それなりに過ごしてはいるのですね。
しかし、所在がないのです・・・とても不安定な気分で・・・面白いものだと思います。


たまたま、TVで、「新見仏記」という番組を観てました。
例のみうらじゅん氏と、いとうせいこう氏が、あちこちの寺と仏を見学し、うんちくを語るという趣旨で、またまた、お二人の語りが、面白い(あくまで主観で)上に、興味深いのですね。
私には、多分、信仰心(宗教心)は無いと思っていますが、(彫刻としての)仏様の姿には、関心があるのです。
とても良いスタイルだとか、素敵な顔ねとか、指先がなんとも言えないとか・・・とても、俗っぽい関心なのです。
その関心の持ち方が、ちょっと、彼らに感じられるところがあるんですね(勿論、ご両人共、基本的に、しっかりとした知識をお持ちですよ、お間違え無きよう)。
ホント、面白くて、タメになる番組でした。


またしても、グータラな一日ですが、それも、来週の活動に向けての準備期間なのです(と、自分の都合イイように、言い訳をしている)。




 

           

      天から、たっぷり恵みを受けた「花しょうぶ」です          よその敷地(公道?)ですが、誰も草取りをしないから我家でします

 


 

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11号台風襲来の中で・・・

2015-07-16 12:38:48 | この頃思う事

 

我家に3種類ある(らしい)「西洋朝顔」の内の一つで、「白の朝顔」かな?と思っているのですが・・・よく見ると、少~し、青も入って見えるんですね。

 


    唐時代 孫過程筆 「書譜」から・・・「張邁鍾之意也」

 


如何に暇といっても、「第二次草取り週間」の宣言は、この雨(まして台風)では無理で、戸外に出る事もかなわず、それならばと、少し、真似書き(臨書)をしてみた。

私は、すべての基本だと承知しながらも、「楷書」が嫌いで、課題であれば、一応は、数枚書く(当然のことで、威張る事はない)。
だが、頭が痛くなるし、肩は凝るし・・・イイ加減なところで、ギブアップするのが常なのだ。
先生は出来た方だから、ダメとは言わないが、きっと、ど~しようもない生徒だと思っているだろう事は分かっているが・・・
だから、時間中でも、息が詰まると、草書やかな文字で、気分転換をしている。

友人に、書道の先生がいて、時折、書の展覧会などを、付き合って貰っている。
何時だったか、「台北故宮博物院展」に行った時、そんな話を友人にしたら、友人ご推薦の「孫過程の草書」を教えてくれた。

さっそくその場で、参考書を買ったものの、全く、参考にすることなく、放置していたのを思い出した。

「原本」を、眺めても、見つめても、何と書いてあるかさえ分からないが、でも、「草書」と言えども、字のキレが良いのだ(あくまで、素人判断で)。
「良いなぁ・・・好きだなぁ」と見入ってしまった訳で・・・早速、ご指導に従って、「臨書」にトライしてみた。

ホントに、間違いなくのイイ加減書道だから、出来上がったものが、「臨書」とは評価出来ないのは明らかだが、とても、筆の運びが気持ち良いのだ。
10~15枚くらい書いてみた。
何となく、理想の人に出合えたような・・・そんな思いがする(ま、素人の犯す最たる失言なのだ)。
まだ、筆(字)の流れを掴んでいないので、途中で、考えたり、お手本をみたりするから、息継ぎで流れが途切れてしまう。
もう少し、書きこんでから、来週の書道教室で、先生に見て貰おうと思っているが・・・お楽しみというところかな。

 

すぐに、完成品を想像するワルイ癖だが、半切紙で2行くらいなものに挑戦したい。



 


 

  雨の中でも、咲き始めた朝顔だが、その後の、強い雨で、皆、頭を垂れてしまった・・・台風の時ぐらい休んだらいいのに・・・と思ったりするのです

 


 

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