消えゆく霧のごとく(クンちゃん山荘ほっちゃれ日記)   ほっちゃれ、とは、ほっちゃれ!

きらきら輝く相模湾。はるか東には房総半島の黒い連なり。同じようでいて、毎日変わる景色。きょうも穏やかな日でありますよう。

読売朝刊2面「四季」に掲載された小紋潤の歌十首、10首のアップ完了です!

2016年10月14日 19時26分40秒 | 小紋潤さんのこと
   ありがたい切り抜き届く!感謝!

 読売朝刊2面「四季」に掲載された小紋潤の歌十首をちびちびとアップしてきましたが、いま、掲載完了しました。
  掲載歌10首はこちら

 で、「横浜-広島」(現在2-0、よし、このまま行け!)のラジオをイヤホーンで聞きながら散歩に出ようとしたら、珍しく封書が郵便受けに届いているではありませんか!
 開けてみると、長年のこころやすい友人からで、掲載10首の切抜きをわざわざ送ってくれたのでした。

   

 このダチは、若い時代に、角川『短歌』編集部にいたことがあり、この度の便りには、小紋を(お互い)若き日に知っていた、新進気鋭の歌詠みだったな、といったことが書かれていました。ほんとにありがたい! クンちゃんの掲載歌アップのちんたらさからみて、きっと新聞も買えないのだなとその境遇を慮って送ってくれたのだと思います。ありがとう!ありがとう!(クンちゃんの知り合いで、新聞などとっているカネモチはこの人ぐらいですよ!)

 心づくしの切り抜きをスキャンするとかして、いずれ鮮明な画像を「引用」の形で差し替えたいと思います。
 そのうち刊行される読売「縮刷版」から取ろうかとも思っていましたが、縮刷版はモノクロ、掲載記事はカラー写真が入っており、どんなもんかなと思っておりました。(横浜-広島戦は3-0で横浜の勝ち。いっちょぐらい勝たんとな!)

よくわからん!上弦の月、下弦の月、眺めてみてね!

2016年10月14日 12時42分58秒 | 日記
  突然思い出した上弦の月、下弦の月!
  ほろ苦い、失敗寸前のエピソード 


 この8月以降、自分の閉じるブログの跡片付けもあって、みなさんのブログを見ることが多くなりました。Gooだけでも260万強という膨大な数のブログのうち、目にするのはほんのひとにぎりですが、さまざまな方がそれぞれの思いで、つづり、撮り、描いておられるありように、目を瞠る思いです。

 そうして、感心しながら次々に立ち寄っていきますと、思いがけないところでぱったり出会う記事や画像に思わずハッとして、いろんなことが思い出されてくるきょうこのごろです。(どうも、終焉間近の傾向なんかもしれませんね。)

 先日の「エリカの花」もそうだったんですが、きょう先ほど「柚木結羽のブログ」を開きますと、冴えわたる半月の画像が目に飛び込んできて、タイトルに「詩『下弦の月』」とあります。突然、何でしょうか、かすかな痛みとともに心が揺さぶられたのでした。
  詩『下弦の月』の記事はこちら

   
                                           柚木結羽ブログ・詩『下弦の月』の頁より
 1980年代半ばから10年超、無所属の原稿書き、カタカナ書きではフリーランス・ライターとかいうものをやっていて、当時全盛だった大企業の無償で配布する雑誌の仕事(取材執筆、編集、校閲)もかなりやっていました。
 けさ、「下弦の月」のキャプション付き画像を見て、そうした時期の大失敗に至ったかも知れない出来事、実際に大失敗したケース、そのふたつのエピソードを思い出したのでした。

 ひとつは大メーカーの雑誌媒体、ところは市ヶ谷大日本印刷の出張校正室。
 【雑誌媒体では今も昔も締め切りの都合で最終ゲラ(ゲラとは、校正・校閲するために紙にプリントアウトされた「校正刷り」)から校了・下版(これでおしまい、刷ってください、という段階)までの作業は、印刷所の出張校正室に編集者サイドが出張しておこなうことが多いのです。書籍でも同様の場合あり。】
 この出張校正というのは、どかっと全部のゲラが出てくるのは稀で、待ち時間のほうがはるかに長く、ゲラはちびちびと出てきます。かと言って、いつ出てくるかわからないので、校正室の中にこもって待ち時間をつぶすしかないのです。テーブルに“うっぷ”してうたた寝を決め込んだり、無駄口をたたいたり、何かほかの雑誌や本を読む気にはなりませんでしたね。

 その無駄話の中で、一緒に仕事をしていた3人のうちのひとりが、いま戻したばかりのゲラに載っていた満月、半月、三日月の計4枚の写真のうち、半月2枚の写真キャプションについて、こう言ったんです。

 「どうもよくわかんないけど、ありゃあ、上弦の月と下弦の月とが入れ違ってんじゃないかなあと思うんだけど…。うろ覚えなんだけど、見える時刻によっても判断できるとか…。」
一瞬、間を置いて、一同、顔を見合わせる。
 「うーん、なんだかまずそうだな」と、手許に残った控えゲラを眺める。

 今なら、それならと、ネットで検索すればただちに疑問解消しますが、当時そんなものはありません。何かの資料にあたるしかないのです。

「だいたい上弦、下弦の弦っつうのも、この丸まったところなのか、直線のところなんか?」

 高校時代、弓道部に出入りしていたという、もうひとりの男いわく、
 「そりゃ、弦つうのは当然弓のツルのことだから、この直線の部分に決まってるがな。こっちは確か弓幹*とかいうはず。」(*この人は、弓幹を 「ゆみがら」と発音した記憶ですが、いま辞書を引くと正しくは「ゆがら」のようです。)
 そして、続けて、
 「ということなんだから、1枚目はツルが上にあるんで上弦の月、2枚目はツル下だから下弦の月なんじゃねーの、絵解きどおりで間違いないってことだよ。」

 原稿を書いた人間なら(おそらく)わかるはずなのだが、そのライターに連絡はとれず、手許や印刷所の資料にはこれといったものはない。ああだこうだやっているうち、問題部分の校了ゲラが出てきてしまいました。

 ふたりの話を聞きつつ、クンちゃんは手許の広辞苑を引いていました。すると、大意、「上弦の月・新月から満月に至る途次の半月」「下弦の月・満月から次の新月に至る途次の半月」とあるが、なんのこっちゃか?わからん! さっ、さらに「上弦・月の入りにはツルが上方」「下弦・月の入りにはツルが下方」とあるが、それでもよくわからない。ゲラ掲載2枚の半月の写真は、ツルの位置は1枚目が上、2枚目が下の正反対の構図だが、撮影時間帯ほかの説明は見当たらないのでした。

 困りに困る、弱りに弱りましたが、どうにも妙手がありません。

 そこで、写真2枚の下に別々に付いていた「上弦の月」「下弦の月」という紋切り型キャプションを、急遽2枚を横断する形に付け替え、大意  「新月から満月まで満ちる間、さらに満月から新月まで欠けていく間にそれぞれ1回、計2回の半月がみられる。上弦の月、下弦の月という呼称は、月の入りの時に弦がいずれを向いているかによって命名された」といった、当たらずとも遠からずの調子で逃げたのでありました。冷や汗をかきながらね。

 で、相当、冷や冷やしたはずなのに、性格でしょうね、その後、ちゃんと調べようともせず、クレームもこなかったので、きょうまで月を眺めても思い出すことはなかったのでした。

 もうひとつ、こっちは大失敗に終わったにもかかわらず露見しなかったケースです。民間移行した大会社のグラビアものの料理記事でした。
 志村の凸版印刷での仕事だった記憶です。
 校了・下版し、ほっとした気分でしばらく待って、「刷り出し」といって実際にほんまもんの印刷をしたもので、まだ裁断されておらず、片側に8頁、裏側に8頁が印刷されているものを手にしました。

 ガピーン!
 色とりどりにお膳に並んだ「きょうの夕飯」!
 なんと、ご飯の茶碗と味噌汁のお椀が逆に置かれているではありませんか!
 撮影段階のミスに、割付時にも気がつかず、校正校閲段階でも見逃してしまったのです。
 これはまずい!えらくまずい!(クンちゃんの責任は3分の1くらいだが…。)

 しかし、「刷り出し」というのは本来は「刷り始め」なんですが、実際には「刷り終わり」なんです。いまさらどうしようもない! 百パーセント、どうしようもない。

 結果、いまこれを書くまで“しかと”で通してきちゃいました。性格のようです!



 柚木結羽さま!  詩心のない、詩の中身とは関係のない、とんでもない記事にあなたの大切な記事をリンクしてしまいました。まことに申し訳ありません! お怒りと思いますが、なんとかお許しくださいますよう。
(上に掲載したあなたの半月の画像は、詩の中身から推察するに、少なくとも真夜中を過ぎた時刻の半月であり、ツルが上を向いている、ことからして、東方に見える下弦の月ですね。タイトルにふさわしい画像ということができます。これが夜明けに西方の薄暗がりに見えるようですと、上弦の月ということになります。ややこしいですね!)