消えゆく霧のごとく(クンちゃん山荘ほっちゃれ日記)   ほっちゃれ、とは、ほっちゃれ!

きらきら輝く相模湾。はるか東には房総半島の黒い連なり。同じようでいて、毎日変わる景色。きょうも穏やかな日でありますよう。

腸の皮1枚でつながる END

2021年03月28日 18時12分50秒 | 日記

 身体のどこにあらわれるかわからん相手

 なんとか早いとこ、見つけてください!

 最近の参考例を挙げて、この項終わりです。

 

*下のちづるさんの画像、大きすぎなんやけど、小さくでけん!ご勘弁!

 

検査控えの恐ろしさ がん発見が1か月遅れると死亡率1割上昇


腸の皮1枚でつながる③

2021年03月25日 18時26分54秒 | 日記

  思い当たる不思議なめぐりあわせ

 逆に回ったとしてもおかしくはない。

  いくらか人生観が変わったかもね

 というわけで、おらの大腸がんは「治った格好」になって、一応の落着を見たのであります。

 しかし、今になってみるといろいろな思いが残っているのです。

 わからんことがあるんだ、おらには 3年前の2月12日にY医院で大腸内視鏡検査をやって、憩室とポリープがひとつだけ認められ、ポリープの検体精査の結果「良性」と判断された記憶は確かにあるのです。ところが、①なぜ、そのときに検体採取をしながら、全体を切除してもらえなかったのか、②なぜ、以後、毎年1回程度の経過観察内視鏡検査をやりなさい、とのお勧めとか指示をいただけなかったのか、という点が釈然としないのです。

 ①は、その当時は、現在のように、あまり大きく育っていないポリープを取ってしまう、ということは例外的だったのだろうか? このときおらは鎮静剤で初めから終りまで眠っていたので、ポリープを切除することにつき本人の同意が得られてなかったということになります。それで、取り去らなかったということなのでしょうか?

 わからん!

 ②は、今後の経過によく気をつけろや、そういった趣旨をひと言言っていただいておれば、と思うのですが、そんなことは言われんでもジョーシキ!つうことなんですかね。これも、わからん!

 結果がまあまあオーライだったので、なにかしようとは思わないのですが、仮に第4ステージに立ち至っていたとすれば、文句のひとつも言いに行ったかも知れません。もっとも、先方は②については、「言った」「言った」とおっしゃるでしょうけどね。

 

 禍福はあざなえる縄のごとし、か それはそうとして、今回の経緯には、なんとか転じて福と為す、つうこともあったのです。昨年11月の4日とか5日とか、そういう時期に、おらは埼玉に戻り、N内科クリニックを受診しました。自治体が毎年やっている健康診断とインフルエンザのワクチン無料接種を受けに行ったのです。

 ところが、どうも熱っぽいと思ったら、受付時の検温で36・9度の発熱があったのです。で、健診もワクチンも、両方とも断られちまって、まったくの無駄足で伊豆に帰ってきました。しかも、クリニックから埼玉の自宅に帰った際に検温したら、な、なんと36・5度の平熱に下がっていたのです!

 あとで何人かの人に聞くと、そんな微熱なのにおかしいわ、という人ばかりでした。診察を断られる発熱水準は37・8度だというのです。おらはそんなことは知らないものですから、珍しく、「はい、はい」と素直に引き下がってきましたが、あとからムッときましたね、ムッと。

 んで、しゃあないので、1か月後の12月3日にまたまた埼玉に戻ってNクリニックを受診しました。ワクチンは払底していて無しでしたが、健診と大腸がん潜血反応検査の検体を2パック提出しました。この検体は、実は個人的な都合で両方とも同じ日の“産物”だったことは既報のとおりです。ですから、両方とも陽性であることに矛盾はなかったのでした(笑)。なお、どうしても産物を生み出せないので、愛犬のものを持っていったら、大変な事態を招いて大目玉を喰ったというヤツの話を聞いたことがありますが、ほんまかいね?

 ここで、おらがみなさんにお知らせしたいのは、1回目の断られた受診の際には大腸がん検診はやるつもりがなかったということです。というのは、健診受診時に申し込み、後でまた検体を提出しに行かなくてはならないからです。2度手間なのです。また、これまで何回も何十回もずーっと陰性でしたので、今回はいいや、とも思ったのです。

 それが1回目を断られ、どうせ2回目にまた来るなら、検体も一緒に持ってくりゃええわ、と思いいたり、気が変わりました。次回に来るときに検体を持参することにしたのです。

 もし、1回目に、「微熱ですね、でもいいでしょ、OKですよ!」なんぞと言われていたら、大腸がん検診を受けるのは早くとも次回、つまり今年の11月とか12月ということになっていたはずです。がんの育つ割合は、一説に一年で倍、といいますから、今回切除した早期がんは大腸の外へまで滲出し、ほかにも転移していた可能性はかなりあると思います。

 今回の陽性確認後の受診を早めたのも幸いでしたが、この微熱とNクリニック受付のお方の対応が、当時のおらの思いとは異なり、おらに本当に有利に働いてくれたのでした。

 ものごとって、あとになってみないと、ほんまにわかりませんなあ!


腸の皮1枚でつながる②

2021年03月21日 18時59分03秒 | 日記

  こりゃあ、アウトかもね、腹腔鏡手術は免れまい、

 と観念していたけど、間に合いました。恩寵により。 

 ランナーは三塁ベースを蹴ってホームは目の前となったが、どう見てもタイミングはアウト! 立ちふさがるキャッチャーには絶好球が戻ってきた。審判も右手を挙げかかっている。

 ところが、ところが、次の瞬間、驚いたことに、キャッチャーミットから白球がポロリとこぼれる。審判はあわてて両手を大きく水平に開き、「セーフ!」と大声で宣言した。

  ****************

 前報のとおり、3月3日に“巨大大腸ポリープ”の切除を受け、切除したモノを視認するに医師もおらもその醜悪さに一驚し、「これじゃあ、間違いなくがんだわな」ということになりました。問題はそのがんがどこまではびこっているかです。切除したモノの精密な検証結果がわかるのが、2週間後の去る18日でした。

 2週の間、おらとしては、じりじりするような思いでおりました、ずっとね。どうやらがんの根っこというか触手というか、そいつは大腸の壁の外まで滲出している可能性が高く、たぶん腹腔鏡手術は免れないなーという感想というか、心の持ちようというか、諦めというか、そんな精神状態にありました。手術のため少なくとも10日程度の入院を余儀なくされたら、例の猫「にゃ」をどうすんべか、と、そのことに一番心を煩わせていました。

 18日当日は、午前10時半から11時までに来院せよ、との指示でしたが、間違いなく診察がずれ込むから、再診受付のリミット11時に受付に入れば十分とのことでした。案の定、順番が回ってきたのは午後零時半近くで、それまでは外来患者の大方が帰って閑散としたあちこちのベンチを移動しながら、じりじり心境の総決算をやっておりました。

 やっと順番、最後の人から3番目、が回ってきて、K医師と対面すると、彼はパソコン上の例の画像をじっと眺めており、「ああ、あの大きなポリープを取った人だね」とポツリ。同じような患者が多くて、とても個々の人間まで覚えていられないのでしょう。おらのことなど覚えておらんわけですが、切り取ったモノはちゃんと覚えているってわけなんですね。

 んで、次の画面を開くと、なにやら、書いてある文字群が見えるが、それだけ。すると、彼は奥のほうに向かって、「画像が入ってねーぞ!」と大きな声でのたまうが、奥の看護婦だか事務だかのおしゃべりがピタッと止んだだけで、返事はなし。入ってねー、というのは検体の画像なんだろうけど、ない、つうのはどうゆうこと? どないしてくれるンねんと思いつつ、おらはややうつむき加減で彼の次の言葉を待っていました。

 彼は画面の文字群を読んでいるようでしたが、やがて、「ウーン」。このお医者は、ウーン、が口癖のようです。「切り取ったモノを顕微鏡で詳しく検査しましたがね、やっぱりがんになってましたね。早期がん!」 うーん、来たか、やっぱそうだよな、あれじゃあ。この「うーん」は、おらの内心の声です。

 何秒たったのか、彼の次の言葉は、「しかし、うまい具合に粘膜あたりでがんの根っこはとどまっていたんだねえ。そういう所見が書いてある」。そして、おらが画面の記載を読むように勧めてくれた。確かに、精査の結果、がんは「粘膜下層」(または「粘膜」だったかも知れないが、やや動転していて明確でない) にとどまっているとの趣旨が書かれていた。

 思い返せば、切り取ったモノのきのこの傘の部分は相当のひどさだったが、軸の部分に着目したK医師が「軸は意外に程度が良い」と述べたのはまさに正鵠を射ておったわけです。ちなみに、おらのように、長期にわたって放置された大腸ポリープは多くの場合がん化していくが、それは腸壁の反対側、つまり、きのこ状のポリープならきのこの傘のほうからがん化していくとのことです。おらのは、発見が遅いようではありましたが、大げさではなく、タッチの差で間に合ったのであります。

 「それでね、検査結果がこういうことだとね、この間も話したように、がんでもいいような取り方をしているから大丈夫、これで治療は全部終わりですわ。あなたの大腸がんは、もはや治っちまったと考えてよいでしょう。」

 「へっ、がんというと、今後、抗がん剤とか放射線とかいうことにはならんのですか」と、浅学なるおらの質問。

 「ウーン、それはね、がんの全部を取り去っているんだから、狙う相手がおらんわけだよ。おらん敵に鉄砲撃ってどうすんだよってことだよね。半年ばかりたったら、いっぺん中を見てみたいから、また来てちょうだい」。つうことで、早々に診察室を追い出され、従いまして、「先生の神業的腕前で助けていただきました云々」などと、おべんちゃらとも言い切れないお礼を述べる暇もなく、おん出てきた次第です。

 思いがけず、大腸がんの手術を覚悟する事態になってしまいましたが、これもまた思いがけず、その事態から解き放たれて、帰宅いたしました。                                                        (③につづく)

  ******************             

 K医師の切除後の説明には、「もしかして大腸の外までがんが滲出していると云々」ということがありましたが、そういう事態は下の画像の「T4a」ということになり、腹腔鏡、場合によっては開腹手術となるわけです。おらの場合は、まさに恩寵により、「T1の後期程度」におさまってくれていたということなのでした。From  ・大腸がんの病期(ステージ)とは?|小野薬品 がん情報 一般向け (ono-oncology.jp)                                         

 

 

 

 

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 付記・分類の仕方がやや異なるのですが、下のような仕分けもあります。なんにしても、みなさま、どうぞ大腸にもよくよくご注意なさるようお願いしますよ。「大腸がん検診」(検便による潜血反応検査)は機会あるごとに必ず受診して、怪しいやつがどんどん育っていかないよう見張りましょう! 出来れば、たいした費用ではないので、胃と大腸の内視鏡検査をしたら良いと思います。

大腸がんステージ分類

ステージ0:がんが粘膜の中にとどまっている。

ステージⅠ:がんが大腸の壁(固有筋層)にとどまっている。

ステージⅡ:がんが大腸の壁(固有筋層)外まで浸潤している

ステージⅢ:リンパ節転移がある。

        

ステージⅣ:遠隔転移(肝転移、肺転移)または腹膜播種がある。

              

from/大腸がんを学ぶ 大腸がんのステージ(病期)分類と治療方針|大腸がんを学ぶ|がんを学ぶ ファイザー (ganclass.jp)

 


大腸がんっぽい診たてで参ったわ!

2021年03月10日 23時27分30秒 | 日記

 去る6日、次姉の連れ合いが亡くなりました。八十何歳かの高齢で介護ホームに入っていましたが、あちこち具合が悪いので、何度も救急車で病院に搬送され入院したそうです。ところが、いずれの入院でも間もなく退院を通知され、また救急車に乗せられて施設に戻るということが繰り返されたそうです。

 このコロナのご時世、住んでいるところも悪かった! 千葉県船橋市! 病床が逼迫しているのだろうか。次姉は、「こんな情勢で、しょうがないのかもしれないけど、満足する治療を受けられなかったと思う。年寄りは若手にベッドを譲れということのようなのよ。残念だったわ」と涙ながらに話しておりました。

 

 おらのほうは、どうも「大腸がん」かも知れん、という情勢。

 18日の “宣告” まで、なんとも落ち着かない日々であります。

 というような次第で年寄りは首都圏を離れないと、病院側から厄介者扱いを受け兼ねない状況があるようですが、おらのほうは前報のとおり、3月3日に大腸ポリープの切除を受け、一応内視鏡で切除することが出来ました。左の下腹あたり、というよくわからんところにある巨大ポリープのほか、大腸の奥の奥、もうすぐそこに小腸と盲腸が見えているようなところにもう一個、8、9ミリのやつがあったので、それも取ってもらいました。巨大なやつも、そう難しいことはなく切除できたようですが、この病院では大腸内視鏡は鎮静剤を使わないので、すべてのやりとりがあけすけで、おらと医師もああだこうだと話しながら、進行させていくのでした。

 この担当K医師は紹介元のクリニックからの画像を見て、初診の際に「こういう大きいポリープは、がん化している場合が多い」と述べていましたが、実際に自前の画像を見始めると、まず「うーん、こりぁ、大腸がんだな」という嘆息混じりのお言葉。これで、おらのほうはガピーンとなっちゃって、「ああー、そうですか」と沈んだ声で答えるのが関の山。

 んで、ああだこうだと話しながら、切除を終えたのですが、切り取った巨大ポリープは、画像で見た推定30ミリよりはひとまわり小さい20ミリ程度のキノコ状のもので、身の毛もよだつ奇っ怪なご面相でした。きのこの傘の表面があたかも泡状奇胎のごとき凸凹を持っていて、おらが見ても「こりゃあ、がんだわな」という感じでした。

 ところが、それをじっくり眺めていたK先生は、「うーん、きのこの軸みたいなとこは、思ったより状態がいいかもしれんよ。」「精密検査の結果を見てみんと正確には言えないけど、がんであってもいいような取り方をしてある。」「ただ、がんであって、さらに大腸の外、リンパまで行っちまってると、外科に頼んで手術してもらわにゃならんかもよ。」「今は開腹せずに腹腔鏡で手術することになる。」ざっと、まあ、こういうわけなんですよ。

 結局、3月18日に予約が入って、検体の精密検査の結果を聞きに行くことになってますが、大腸がんであることは免れぬ成り行きのようです。あとは、がんであっても大腸の内側で完結してくれていればおおまかに言ってセーフ! そこが問題だということで、現実感のない他人事のような感じでふわふわと帰ってきました

 んで、家に戻って、医師の言葉を反芻しながらネットであれこれ調べていくと、だんだん「こりゃ、かなりやばいわ」という感じに包まれていかざるを得ませんでした。

 おらのモノが、がんであり、しかも大腸の外まで滲出しているとなると、えーっ、これって「第4ステージのaじゃねえか!」つうことがわかったからです。第4ステージのbというのは、大腸外に滲出してさらに他の臓器に転移が認められる段階と書いてありますが、その一歩手前じゃねーか、ということになってきたわけです。第4ステージの5年後生存率は20パーセントを切っているというのであります。まだ、終活に着手もしておらず、ちょっと困ったな、というのが現在の率直な感想ということになります。

 つうわけで、願わくは、がんであっても、外側に出てないでくれよ、と下腹のほうを眺めながらつぶやいておる次第です。

 18日にまた報告したいと思っていますが、今回、これを書くのも1週間もたってホトボリが冷めたきょうになってからですので、18日以降に多少ずれ込むかも知れません。

 なお、外側に滲出しているとなると、その切除には1週間から10日の入院を要するということなので、当地伊豆でやってもらうか、未だコロナ隆盛の埼玉に戻るか、も考えねばなりません。どうも、片腹痛いわ、つうどころの騒ぎではなくなりそうで、まったく困惑しております。じゃね!


病院に入院! このトシで初体験にどきまぎ

2021年03月03日 00時02分33秒 | 日記

   巨大な大腸ポリープを発見!

 「取れるンかいな」と医師もびっくり

  きょう取ってもらいます(予定)

 大腸がん検診で潜血検査をしたところ、陽性と出て、大腸内視鏡で検査したら、なんと特大のポリープが見つかりました。そいつを、きょう3月3日の雛祭りに、伊東の病院で取ってもらうことになりました。1泊2日の入院。

 おらはけっこう丈夫なたちで、人生初めての経験です。わずか1泊の入院なのに、指定された持ち物はああだこうだと多く、提出すべき書類もなんと11種に及びました。なかには、えーっとびっくらこくような内容のものもありました。術後に訳がわからなくなった場合(譫妄=せんもう)、やむを得ず身体を拘束するぞ、了解しとけや、なんてのがそのひとつ。その他いろいろで、かなり驚く。1泊でも1か月でも事前の煩雑さは変わらないようです。

 ここに至る経緯を備忘のため、書いておきます。埼玉の自治体検診を昨年12月4日に受け、その結果が気になりつつ、あっという間に2月も半ばにさしかかったので、結果表を郵送してもらいました。年末に結果を聞きに行くつもりでしたが、このコロナのからみで埼玉へは正月も戻らなかった、というか戻れなかったので、ずいぶん時間が経ってしまいました。

 2月17日 結果表届く。検便、2日分ともに潜血反応は陽性とのこと。そりゃそうだよ、2日分ではなく、同じ検体なんだから(笑)。

 2月18日 やばいな、こりゃ、つうんで、3年前に大腸内視鏡をやってもらいポリープと憩室を確認してもらったY医院を受診。ところが、ここは医師がひとりで、胃の内視鏡は3月6日、大腸は3月16日だという。一応、予約はしたものの、別のところを当たってみることにしました。前述の経緯でもういいかげん時間がたってしまっていますが、ここでさらに1か月延ばすのは、まずいんじゃないかという思いからです。

 2月19日 あちこち電話してみたら、伊東市川奈のHクリニックでは、「内視鏡は空いていればあしたにでもOK」ということで、Y医院をキャンセルし、Hクリニックを受診。翌20日に胃の内視鏡、連休明けの24日に大腸内視鏡、という運びになりました。探せばあるものです。

 2月20日 胃内視鏡。逆流性食道炎。かなりまずい状態だという。食道と胃の接合部分あたりの画像は妙に白っちゃけている。胃酸にさらされて、いわば“漂白”されてんだと! 年がら年中、ブリーチしてるようなもんなんだと!

 2月24日 大腸内視鏡。なんだかえらく早く終わった。左の下腹にでかいポリープがあって、その奥は見ないで終わりにしたという。どうりで早いわけだ。なんだか、同じ料金で損した感じがありましたね。で、その巨大ポリープの大きさは、2、3センチだという。ただし、いわゆるキノコ状なので、キノコの軸というか茎というか、そこをカットするので、見た目より大変じゃないはずだ、という! その見た目つうのには。びっくり、大腸がどれぐらいの太さがあるのか知らないけど、画像で見ると、大腸のパイプがふさがりそうな勢いなのです。このクリニックでのカツトはちょっと無理だな、ということで、大きな病院を紹介されました。

 2月25日 大きな病院を受診。画像を見た専門医は、「えぇー、こりゃでかいなあ、内視鏡で取れるかなあ」「3年でこんなに育つはずがない、絶対!」「まあ、大丈夫だろう。心配ないですよ」ということで、きょう3月3日に、とにかく取れるかどうかやってみることになったわけです。Hクリニックでは「2、3センチ」と言葉を濁していたポリープの大きさは、ここでははっきり3センチと言われました。男の親指の第一関節から上、という大物です。なんで、こんなに育ってくれちゃったんだろう!

 ひとつの疑問。最後の「まあ、大丈夫だろう。心配ないですよ」という医師のお言葉は、どんな重篤な患者にも言うんかねえ?

 とにかく朝になったら、2000CCの下剤を飲んで大腸を空にして、出かけますわ!

 運よく戻ってこられたら、また、報告いたします。じゃね!