人生は 五 七 五

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(by mother teresa)

面白い文学の国

2005-12-17 00:10:41 | Weblog
今日も晴れだったと思う。何故思うのかというと、家にいて、外に出たのは夕方になってからである。

世界には、沢山、或いは少し面白い小説がある。まず始めに、面白い小説をと言うのはどんな小説家、僕の見解を述べなければならない。

人によって、面白い小説というのは、大抵は一致するだろうが、まあ、ズレる事もあると思う。だから、僕が面白いと思える小説を述べたいと思う。

僕が面白いと思う小説は、ストーリーがしっかりしたもの。物語であるもの、そんな小説が好きである。モノローグのような、どうも最近の小説家に多い、ひたすら、文が進んでいる小説は好きではない。

そう言う小説は面白いなと感じても3ページぐらいで飽きてしまう。典型的なのが、サリンジャーのお話。ああ言う、だらだらと語った小説は、毎日の平凡な生活のようで楽しくない。昔は、物語よりそう言うものの方が面白いんだと思いこんでいたときもあったが、自分の心に正直にといてみると自分の心に正直に問いて見ると、そう言うモノローグな小説は好きではない。好きではないと言うより、読み続けられない。

ストーリによってぐんぐん引きつけられるのは、今流行の例では、ハリーポッターだろう。最初読むと、最後まで行かないと気が済まない。そんなストーリの小説が、僕の面白いと思う基準である。

さて、その基準に従って、文学を眺めてみると、どうやら面白い小説を書く国とそうでない国とがある。面白い国は、ロシア、英国、アメリカである。これらの国の小説は、面白いと感じる小説が多い。もちろん全てではなく、意外と多い傾向があると言える。フランスも、時と場合によっては良いが、全てとは言えない、死ぬほどつまらない小説がままある。

イギリス文学では、Jane eyre 何て最高だ。余り面白そうではないので長い間読まなかったが、読んでみたら面白すぎて感動してしまった。アメリカの小説で感動したのは、学校の教科書でも読んだ、O.H.henryの短編集だ。短いけど、心温まる感動の小説だ。ロシアでは、今読んでいる、ドストエフスキー、彼が最高です。トルストイも読んだけど、何かちょっとありきたりでかっこつけすぎているかなと言う感じがしたな。でも、今読んだらまた面白いかも。

昔もドストエフスキーに挑戦したが、何だかつまらなくてきちんと読んでいなかったようであるから。歳によって理解できるもの、面白いものも変わってくるんだよね。でも、学校の先生は、どっかの偉い作家とか教授とか、何とかが文豪のものは人生に影響を与えるから読めなんて言っているけど、まあ、小説ごときに人生に影響与えられちゃぁ、冗談じゃないね。

と言っても、かなり映画や小説に影響されちまったけど、今の若い人たちには、そんなアホになって欲しくないと思う。現実の社会とかから影響されるのは良いけど、単なる小説から影響されちまったら、思いこみの激しいたんなら夢想家になってしまう。

そんな、影響を受けそうだったり、自分が惚れ込み過ぎちゃうようだったら、さっさと小説なんて読むの止めた方が良い。影響受けた生き方の方が楽かもしれんし、簡単かもしれないけど、そんな生き方どうせ後で後悔するだけだから、小説なんかにのぼせてないで、現実の中に入らなきゃいかん。

現実を知った上で小説を読むと、小説に厚みが出て、より面白く感じるんだな。つまり、若い内にマセガキで何も分からないうちに文豪を読んで感動し過ぎちまって、周りにたてついてアホな事するよりは、ゲームでもして英雄気分になっていた方がずっと良い。自分を知るためとか何とかで小説を読んじゃいけない。小説はあくまでも、エンターテイメントで、面白いために読むんだ。国語の試験に出るものは読まにゃーならんけど、それ以外は無理して読む必要はない、それよりも学校の勉強でもして、良い成績取った方が後々役に立つ。

何も若いときに無理して、難解な文豪の小説なんて読む必要はない。そんなもの読めたって、学校の成績が割るきゃ、どうせ馬鹿扱いなんだから。馬鹿になりたくなかったら、学校の成績をしっかり取って、難解な小説なんて、その後の話だ。その時にしか取れないものを先ずは取る。これが大切。難解な小説もその後歳とりゃ、何のことはない、映画なみに簡単に読めるから。

長編読んで、映画に出せない本の楽しさを感動するが良いさ。若いときにみんなしちまったら、後々楽しみが無くなっちまうし、後々楽しくなることを何も若い時にしちまう必要はない。人間、何時死ぬか分からないから、できるだけ早くというのも、考えようだけど。まあ、そう言うこと考えている奴に限って死なんから、心配する必要はない。

ちなみに、現代のアホ小説に影響されるのはも不味い、現代のアホ小説は、アホすぎて、大抵は影響されないんだが、そんなアホ小説に影響されてしまうほどのガキんちょは、マジで何も読まない方が良い。学校の教科書読んで、先生のコメント聞いて、感動しているレベルで止まっておいた方が良い。

大体作家なんて、自分の方が面白いとか、売れるとか、何とか教育的なこと以外のことしか頭に入っていないわけで、そんな小説に影響されたら、周りの人間はたまったものじゃない。コカイン売って、自分も打って、エクスタシーで狂われたひにゃ、汗水たらして、下手すると涙が血になるぐらい、辛い気持ちで毎日コンピュータの前でプログラム書いている兄ちゃんの税金の無駄遣いだ。

そう言う刺激の多い、アホな現代小説も、自分が自立して、ちょっと批判的に読めるようになった年頃が、丁度適齢期なので、そんな歳まで待つのが良い。そんな歳は人によって違うだろうけど、30過ぎたら大丈夫だ。大学生ぐらいだって、まだまだガキんちょの延長線上で、影響されたら危ない危ない。

もっとも、まだ、小説を辞めても、映画が残っている。アホな現代小説なみに、刺激と影響を与えちまう映画はわんさかある。しかも、映像と音があるので下手すると、アホな小説何かより、影響度が高い。この場合は、優れて批判的で、周りのものを冷めさせてしまうような、そう言う素晴らしい友達を作って一緒に見に行くのが良い。でも、そんなのは何時もいるわけではないから、お勧めは、友達と楽しく、映画なんか見ないで、みんなでゲームでもしていた方が良い。

ゲームはアホすぎて、影響されないから、それでも影響されちまうんだったら、もうどう仕様もない。諦めるしかない。自分の運命を楽天的に見て、開き直るしかない。

てな感じで、面白い小説は、アメリカ、ロシア、イギリスだ。

今日サリンジャー、を読んでから、文体がサリンジャーしてしまった。




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