スパシーバ  プーチン

魅力あるプーチン
偽ユダヤによって捏造されたプーチン像と歴史をくずす

「闇の正体は偽ユダヤ」海外記事の移行。 

日本との諸問題は 在り続ける  プーチン

2018-10-19 21:53:11 | プーチン ・ ロシア



10.18 日本との平和条約署名は他の諸問題のゴミ捨て場送りを意味しない=プーチン大統領


「私たちはすでに70年間、日本とこの問題について議論しており、全く合意に至れない。全くの袋小路だ。


いい加減、この平和条約に署名しましょう。


この信頼度を高めるため取り組んでいき、2国間関係で問題を生じさせず、さらに先に進んで、領土問題に関してもっと議論しましょう」とプーチン氏は付け加えた。



「私は全く同じことを安倍首相にも述べた。


私は、この諸島に関する問題を解決せず、私たちが平和条約に署名しても、私たちが(編注:これを)解決しないことや、何もなかったかのように私たちがこれを歴史のゴミ捨て場に投げ捨てて、先に進むことを意味するわけではないと述べた



「私たちは本当に柔道のジュニア大会に行った。


実際、非公式な状況で私たちはこの議論を続けた。


彼は、日本にとって今日、こうしたアプローチは受入れられず、私たちはまず、この領土に関する原則的な問題の解決策を構築し、その後になってようやく、平和条約について話す必要があると述べた。


それも可能だが、私たちはそうやってもう70年間も足踏みして、何も見えていない。終わりも果ても」とバルダイクラブの本会議で語った。




☆ 似非日本人の 英国仕込みの戦争やなので

ロシア 北朝鮮 中国は

紛争がある ネタとして 残さなければならない と いうことだ。


ロス茶系統のNWOとは そういうことだ。








ロシア大統領専用車に乗るプーチン大統領とジプト・アラブ共和国のアブドルファッターフ・サイード・フセイン・ハリール・アッ=シーシー大統領










こいつら、何人のつもり

こんなポーズきめたら、英国人に見えるとでも思ってんのか

日本はオランダ商館で蘭国旗を建てた英国船と貿易してたし


オランダ(英国)商館とつるんだ奴らが傀儡になって日本を乗っ取り、今日に至るって感じか



https://twitter.com/honest_kuroki/status/1052122695611998208









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領土   露日戦争  ニセニツポン都合よく歴史を変える

2018-10-19 21:48:05 | 日本の無理解



東アジアでは領土問題が地域を不安定化する大きな要因になっているが、

日本の領土は敗戦で明確に決められていた。



日本はポツダム宣言を受け入れて降伏したのだが、その宣言には次のように書かれている:



「カイロ」宣言ノ条項ハ履行セラルベク又日本国ノ主権ハ本州、北海道、九州及四国竝ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ



また、カイロ宣言には中国と日本との関係についての記述がある:


右同盟国ノ目的ハ日本国ヨリ千九百十四年ノ第一次世界戦争ノ開始以後ニ於テ日本国ガ奪取シ又ハ占領シタル太平洋ニ於ケル一切ノ島嶼ヲ剥奪スルコト竝ニ満洲,台湾及膨湖島ノ如キ日本国ガ清国人ヨリ盗取シタル一切ノ地域ヲ中華民国ニ返還スルコトニ在リ日本国ハ又暴力及貪欲ニ依リ日本国ガ略取シタル他ノ一切ノ地域ヨリ駆逐セラルベシ



降伏した時点で日本の領土として確定していたのは本州、北海道、九州、四国だけだ。



日本が中国から奪った一切の地域は返還しなければならず、日本領となる小島は連合軍が定めることになっている。



本来存在しない領土問題で日本は周辺国と揉めているのだが、その原因を明治維新から敗戦までの期間に作り上げたことも事実。



本ブログでは何度も指摘しているように、明治政府は1871年7月に廃藩置県を実施、琉球国は独立国として扱われている。


その独立国を1872年に廃して琉球藩を設置した。つまり琉球併合だ。形式上、琉球は日本領になった。



廃藩置県の3カ月後、1871年10月に琉球の一部、宮古島の漁民が難破して台湾へ漂着し、その際に何人かが殺されたと言われている。


その出来事を口実にして日本政府は清(中国)へ賠償や謝罪を要求、1874年には台湾へ派兵している。


1872年に来日した厦門のアメリカ領事、チャールズ・リ・ジェンダーは外務卿だった副島種臣に台湾への派兵を勧め、それ以降、75年まで外務省の顧問を務めた。



その1875年に日本政府は軍艦を江華島へ派遣する。


そこは李氏朝鮮の首都を守る要衝で、明らかに挑発だった。


その結果、「日朝修好条規」を結ばせて清国の宗主権を否定させることに成功、


無関税特権を認めさせ、釜山、仁川、元山を開港させている。条規の批准交換にル・ジェンダーも陪席したという。




そのリ・ジェンダーは1890年に離日、その年から99年まで李氏朝鮮の王、高宗の顧問を務めている。


当時の朝鮮は興宣大院君(高宗の父)と閔妃が対立、1894年には甲午農民戦争(東学党の乱)が起こり、閔氏の体制が揺らいでいる。


こうした状況にリ・ジェンダーが深く関与していたことは間違いないだろう。



その内乱を見た日本政府は「邦人保護」を名目にして軍隊を派遣、朝鮮政府の依頼で清も出兵したことから日清戦争につながる。


この戦争に勝利した日本は1895年4月、「下関条約」に調印して大陸侵略の第一歩を記すことになる。



閔氏の支配体制が揺らぐ中、1895年10月に日本の三浦梧楼公使たちが閔妃を暗殺した。


日本の官憲と「大陸浪人」が閔妃を含む女性3名を殺害したのだが、暗殺に加わった三浦公使たちは「証拠不十分」で無罪になっている。



そして1904年2月、日本海軍の主力艦隊が旅順高のロシア艦隊を奇襲攻撃、日露戦争が始まる。


明治維新以降、日本の支配層はイギリスの支援を受けていたが、ロシアはそのイギリスが制圧しようとしていた国だ。



この当時、イギリスはライバルのフランス、ドイツ、ロシアに対抗するために約14万人の兵士が必要だと考えていたのだが、実際の兵力は7万人。


そこで清との戦争に勝利した日本に目をつけ、1902年に日英同盟協定を結んだ。


ロシアとの戦費としてクーン・ローブのジェイコブ・シフは日本に対して約2億ドルを融資するが、その際にシフは日銀副総裁だった高橋是清は親しくなっている。


https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/20180204/








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サウジと米国との民主主義とは無縁の権力闘争②

2018-10-19 20:59:47 | IS   中東  アフリカ



 ​アル・カイダはCIAが訓練した「ムジャヒディン」のコンピュータ・ファイル​だと故ロビン・クック元英外相は指摘したが、これは正しい。


アル・カイダはアラビア語でベースを意味、「データベース」の訳語として使われているのだ。



この傭兵システムを1970年代の終盤に作り上げたのがジミー・カーター政権の国家安全保障補佐官だったズビグネフ・ブレジンスキーである。



 アフガニスタン後、アル・カイダ系武装集団は旧ユーゴスラビアで活動、1998年8月にケニアのナイロビとタンザニアのダル・エス・サラームのアメリカ大使館を爆破したとされている。


これを口実としてアメリカのビル・クリントン政権はタリバン政権が支配するアフガニスタンをスーダンとともに巡航ミサイルで攻撃。



タリバン政権はアメリカとパキスタンが作り上げたのだが、TAPIパイプラインの敷設計画を巡ってアメリカ政府とタリバン政権は1996年から対立していた。




 アル・カイダの名前を知る人が増える出来事が2001年9月11日に引き起こされた。


ニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃され、ジョージ・W・ブッシュ政権は詳しい調査をする前にアル・カイダが実行したと断定、アフガニスタンを攻撃し、2003年にはアル・カイダ系武装集団と敵対関係にあったイラクを先制攻撃した。




 ブッシュ・ジュニア大統領はネオコンに担がれていたが、このネオコンの中心グループに所属するポール・ウォルフォウィッツは1991年の夏頃、イラク、シリア、イランを殲滅すると発言していた。


当時、ウォルフォウィッツは国防次官。1991年12月にソ連が消滅、翌年の2月にウォルフォウィッツたちは国防総省のDPG草案という形で世界制覇計画を作成した。いわゆるウォルフォウィッツ・ドクトリンだ。(​3月​、​10月​)



 バラク・オバマ大統領はムスリム同胞団を中心にした蜂起で体制を倒すため、2010年8月にPSD-11を出す。


ムスリム同胞団を中心にした蜂起で体制を倒すという内容で、翌年の春からリビアとシリアで作戦は始動した。


シリアは1991年にネオコンが公言していたターゲット国。


リビアのムアンマル・アル・カダフィはアフリカを自立させるため、ドル支配から脱出しようと目論んでいた。




 リビアのカダフィ体制は2011年10月に崩壊するが、そのときにアル・カイダ系武装集団とNATO軍の連携が明白になった。



その武装集団の傭兵たちはシリアへ移動していくが、その拠点がベンガジにあるアメリカ領事館。


カダフィが惨殺された直後、ベンガジの建物にアル・カイダの旗が掲げられた。(​ユーチューブ​、​デイリー・メイル紙​)



 2012年9月11日にベンガジの領事館が襲撃され、クリストファー・スティーブンス大使が殺されている。


大使はその前日に領事館でCIAの工作責任者と会談していた。


当時、CIAの長官を務めていた人物はネオコンのデイビッド・ペトレイアスで、国務長官はヒラリー・クリントンだ。


オバマ政権はムスリム同胞団との関係が深かったと見られているが、それに反発したサラフィ主義者のグループが襲ったとも噂されている。



 この襲撃の前月、つまり2012年8月にアメリカ軍の情報機関​DIAはホワイトハウスへシリアに関する報告書​を出している。


シリア政府軍と戦っている武装集団の主力はサラフィ主義者やムスリム同胞団、そしてアル・カイダ系武装集団のAQI(DIAはアル・ヌスラと実態は同じだとしているが、これは正しい)であり、オバマ政権が主張するところの「穏健派」は事実上、存在しないとしていた。




 東部シリア(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配国が作られる可能性があるともDIAは警告、

これは2014年にダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国とも表記)という形で現実になるが、報告書が作成された当時のDIA局長がマイケル・フリン中将だ。



 ダーイッシュは2014年1月にファルージャで「イスラム首長国」の建国を宣言、6月にはモスルを制圧した。


その際にトヨタ製の真新しい小型トラック「ハイラックス」を連ねてパレード、その後継を撮影した写真が世界規模で流れているが、


その際、アメリカ軍はスパイ衛星、偵察機、通信傍受、人からの情報などでダーイッシュの動きを把握していたはず。


ところが反応していない。


オバマ政権はイラクやシリアでの作戦にダーイッシュを組み込んでいたと見られているのだが、この武装集団とアメリカとの関係はアメリカの軍人や政治家も口にしている。



 例えば、アメリカ空軍の​トーマス・マッキナニー​中将は2014年9月、アメリカがダーイッシュを作る手助けしたとテレビで語り、​


マーティン・デンプシー​統合参謀本部議長(当時)はアラブの主要同盟国がダーイッシュに資金を提供していると議会で発言、


10月には​ジョー・バイデン​米副大統領がハーバーバード大学で中東におけるアメリカの主要な同盟国がダーイッシュの背後にいると語っている。


2015年には​ウェズリー・クラーク​元欧州連合軍最高司令官もアメリカの友好国と同盟国がダーイッシュを作り上げたと述べた。




 そして2015年8月、​マイケル・フリン元DIA局長​はアル・ジャジーラの番組へ出演した際、

ダーイッシュの出現を見通していたにもかかわらず阻止しなかった責任を問われ、

自分たちの任務は提出される情報の正確さをできるだけ高めることにあり、その情報に基づいて政策を決定するのはバラク・オバマ大統領の役目だと答えている。


つまり、オバマ政権の「穏健派支援」がダーイッシュの勢力を拡大させたというわけだ。



 一時期、ダーイッシュなど武装勢力はシリア政府軍を圧倒、シリアはサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団が支配するカルト国家になりそうな雰囲気だった。


2015年2月に国防長官がチャック・ヘイゲルからアシュトン・カーターへ、また統合参謀本部議長が同年9月にマーチン・デンプシーからジョセフ・ダンフォードへ交代になるが、

いずれも戦争に消極的な人物から好戦的と見られる人物へのバトンタッチだった。


アメリカ軍の直接的な軍事介入も噂された。


ロシア軍がシリア政府の要請でシリアへ軍事介入したのはこの年の9月30日だ。



 この軍事介入で戦況は一変、ダーイッシュやアル・カイダ系武装集団を名乗る傭兵は支配地域を急速に縮小させ、

バシャール・アル・アサド体制を倒すというアメリカ、イスラエル、サウジアラビア、イギリス、フランス、トルコ、カタールなどの目論見は崩れる。



 現在、ユーフラテス川の北側はアメリカ軍、イギリス軍、フランス軍が20カ所以上に基地を建設して居座る姿勢を見せているが、

同川の南側はイドリブなど一部を除いて政府軍が奪還に成功している。


イドリブにはトルコを後ろ盾とする武装グループとアメリカを後ろ盾尾とする武装グループが残っているようだが、上層部はアメリカ軍が脱出させたとも言われている。



 アメリカ軍が行っていることは、かつて日本軍が中国で行ったことに似ている。



日本は満州人を使って満州国をでっち上げたが、アメリカはクルドを使って傀儡国家を建設しようと目論んでいる。(了)




https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201810170001/









子どもを連れて歩く女性、アフガニスタン



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サウジ記者は死亡しているだろう   トランプ

2018-10-19 19:08:25 | IS   中東  アフリカ



10.19 トランプ大統領 失踪のサウジ人記者「死亡したとしかとれない」



トランプ米大統領は失踪したサウジアラビア人記者のジャマル・カショギ記者について、おそらく死亡しているとの認識を示した。

米CNBCが報じた。



トランプ氏はカショギ氏は死亡しているかとの問いに対し、「これはもう、そうとしかとれない。非常に残念だ」と語った。



サウジ人でワシントン・ポスト紙の記者だったカショギ氏は今月2日に失踪した。


失踪当時、カショギ氏はトルコ国内におり、離婚の手続きを行うためにサウジアラビア総領事館に出かけていた。


カショギ氏は総領事館の建物に入ったが最後、建物から外へは出ていない。



トルコのマスコミは、カショギ氏はサウジアラビア総領事館で「残酷な拷問」を受け、最後に頭部を切断されたと報じている。


その証拠としてトルコのマスコミは複数の音源を引用しているが、

それには大使館の職員がカショギ氏を脅迫し、残忍な制裁行為に及んだ場面の音声が残されている。



これより前のビジネスインサイダー紙の報道によれば、米国では複数の見識者の間でカショギ氏の遺体は強い酸に漬けられ、溶かされた恐れがあるとの推測が挙げられている。









トランプ米大統領とメラニア夫人、ワシントンのホワイトハウス周辺



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