八十路徒然なるままに

早稲田かりほすなど、とりあつめたる事は、秋のみぞ多かる。また、野分の朝こそをかしけれ。徒然草より

前回の続きで

2023年10月15日 13時27分03秒 | Weblog

画像は、前回の続きと思い、守屋洋著、「世界最高の処世術 菜根譚」の、目次の第七章です。小生、リタイヤ後、今のところ、これといった、体の異常はない。徐々には劣化している。この先、どのようになっていくのか、知る由もない。体は、まあまあ動く。思い悩むことで、「心豊に生きる」は、なにかのよりどころとして、必要なことと思う。精読する時間はある。拾い読みばかりでは、身につかない。脳も、ざる頭なので、ぺらぺら読みでは、ダメと承知はしている。「心豊かに生きる」を精読すれば、悩むことは無いのだろう。別の事だが、小生と同年代の知人が、数人没つした。ある一人は、五、六年前には、元気だった。ある一人は、何年も会っていない。我が顔はさておき、遺影を見て、老いた顔だなぁと。もうひとりは、八月のお盆に会い、お盆に会う前は、先の大震災前に会った。お盆の時は談笑した。その二か月後に没した。何事だったのか。また、数日前に知人の女性と、小一時間談笑をした。やはり先々の事の話しだった。この歳になると、悲しいことが、多い。我が身の事は、「終わりにするかぁ」とは、ならない。どんな朽ちになるのかと、思い悩むことがある。ご来訪の皆様方は、人生を達観されて、「心豊か」でおられると思います。敬老祝い金を頂戴をした、末期的高齢者の、またまたの屁理屈です。

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