八十路徒然なるままに

早稲田かりほすなど、とりあつめたる事は、秋のみぞ多かる。また、野分の朝こそをかしけれ。徒然草より

冬来幽興長

2011年01月15日 10時17分49秒 | Weblog
「ふゆきたりて ゆうきょうながし」。人里離れた静かな所に住んでいる。冬になって、ますます静か、ゆったりと時が、なかれている。っと、勝手な、解釈をしている。何を食べて、何を考えて、時を過ごしているのだろうと、野暮なことを思っている。今の社会は、何をするにも、事は欠かない。金があればだ。その金の、基本は、国の財政のことだと思う。税金を納める義務をはたす。議員を選ぶ。当選をした議員様方は、現在も、支持されているのだろうか。あれもやります。これもやります。埋蔵金があります。事業仕分けをやります。給与を二割削減します。これで、全部賄えます。って、声高く聞こえたんで
、なかったんだっけがぁ。議員様方々、全部が全部ではないだろうが、政党を変えて、無所属になり、国政を担当する。ここ何年も、国の舵取りが、変わる。「船頭多くして 船山に上る」って、ゆうこともあるかもしれない。汗水流して、「働けど 働けどーーー じっと、手をみる」ような状態で、生きてきた。金が、よどむような鼻くすりが、ないものか。お金が、よってくるような妙薬は、ないものか。「亀の年を 鶴がうらやむ」ようだなあぁって。風流な言葉から、現実の悲哀を、またまた、している。
コメント
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