八十路徒然なるままに

早稲田かりほすなど、とりあつめたる事は、秋のみぞ多かる。また、野分の朝こそをかしけれ。徒然草より

徒然なるままに

2007年12月07日 20時30分36秒 | Weblog
本格的に寒くなった今頃、ちょつと侘しい事を思い出す。五、六年前知り合いの女性が若い娘をつれてきて「近所の娘さんなのだが、近々結婚するので、夜具を揃えたい。支払いは数か月待ってほしい」とのことで、品定めをして帰った。後日、夜具を新潟の方へ送ることになった。若いのに、けなげだなぁ、普通は親が揃えてやるものだろうに、何か事情があるのかなぁ-とその時思った。頼まれなかったのだが、浴用タオルとバスタオルを、数枚入れ、手元にあったインスタントの味噌煮込みうどんを入れ、「ふたりで幸せになってね」と添え書きして送った。その後は忘れていた。数か月後知合いの女性が支払いに来た。「いまどきすばらしい娘さんだね」と聞いたら「父親は飲んだくれだょ」と、しかし日中は田畑を耕しその付近はきれいに手入れしている、とのことだ。貧農なのかなぁ-。嫁ぐ娘に夜具を持たせられない。今豊かになったいる時代なのに。娘から女性あての手紙には、世話になった礼と「布団ってこんなに暖かだったのですね」と記してあったそうだ。子供のときから、貧しさで暖かい布団がわからなかったのだろう。小生、ぬくぬくと布団に肩をすぼめ、まどろうときにこの言葉を思い出す。わびしいような、悲しいような現実があると思うと寝付かれない。外は木枯らしの寒い声、ガラス戸をがたがたと揺らしている。
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