『メトロに乗って』その36。今回は東京メトロ丸ノ内線・都営地下鉄大江戸線がクロスする中野坂上駅に行く。
丸ノ内線方南支線分岐駅で方南町〜中野坂上を往復しているが、本線から中野富士見町の車庫に入庫する直通運転もある。しかし、方南町駅のホームは110mと6両ではギリギリのため、3両の短い編成がピストン輸送をしているのである。
このため、中野坂上駅のホームは1番線が荻窪方面、3番線が池袋方面でそれを挟むように2番線から方南支線が出ている珍しい構造になっている。
丸ノ内線の出口から地上に上がると青梅街道と山手通りの交差点に出るが、駅の出口のある1隅を除き3つの角には高層ビルが建っている。以前、仕事でよく通過したが、この交差点の風景はまるで変わっている。
最初に山手通りに沿って東中野方向に。山手通りも首都高速の建設に合わせ拡幅され、かつてのような万年渋滞からは解放された。大久保通りと交わる宮下交差点も以前は渋滞回避のため、4つの角を結ぶように歩道橋があったのだが、それも取り払われて風景が違う。
その少し手前に遊歩道があるが、これは旧桃園川を暗渠にしつその上にある。しばらく中野方向に行くと川の名残か、橋の跡があり、暗渠の水かさを示す掲示板が置かれていた。
今度は北に向かい宝仙寺を目指す。すると目の前が崖になっており、迂回して坂を登る。中野区は表の通りは比較的整備されているが、1本中に入るとグネッと曲がり、細い道や行き止まりも多い。
何とか青梅街道近くに出て、宝仙寺に到着。比較的大きな葬式が出来る寺として有名だが、かつては中野町役場、つまり区役所の前身が置かれていた。
三重塔や御影堂は戦後建て直したものだが、風格は十分。そばには石臼塚、何でも古くは玄ソバが中野に集まり、これを臼で挽いて東京中に届けていたため、『中野蕎麦』として有名であった。
しかし、その後、機械で挽くようになり、使われなくなった石臼が捨てられたため、この寺の住職が不憫に思い、集めて塚にし供養したものらしい。小生は中野が蕎麦で有名であったことを初めて知った。いや、寺社には色々なものがあって面白い。
最後に都営地下鉄大江戸線から移動したが、その深さもただものではなかった。