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hokutoのきまぐれ散歩

ブログも13年目。ネタ探しはきついけどまだまだ毎日更新を続けるつもりです。はてなブログにも投稿を始めました。

保土ヶ谷区の坂道を歩く②

2025-03-31 05:00:00 | 坂道
『東京の坂、日本の坂』その235。峰岡町三丁目公園から坂を下ると左側に横浜新道の峰岡IC出口が現れる。ということは先ほどの公園はこの隧道の上にあったことになる。

再び坂道を登り、右に行く道を歩く。峰岡第二公園の先を右に曲がるが、これもかなりの坂道。登り切ったあたりが『峰坂』である。長いダラダラと続く下り坂である。この辺りの昔の地名が『大字雉子字峰』であったことが坂の名前の由来である。





少し降りたあたりに道祖神、横には横浜市が設置した標識、さらに自治会が設置した石碑が建てられている。『むかしこの道は八王子に通じた唯一の交通路でした。年貢米や生糸を馬の背に往来し、旅人は榎の木に馬を繋ぎ、休息したところです』とあった。



坂を降りていくうちにだんだん狭くなってくる。国道16号線に出るところには保土ヶ谷郵便局、隣は警察署など行政機関が集まっていた。さらにまっすぐ行き、雉子川を渡ると星川駅に到着した。





ここまでかなり歩いていたので流石に電車にて移動することにした。星川駅から2駅乗り、上星川駅で下車する。



まずは北口に降りてまっすぐいくと国道16号線、これを渡る。地図によると歩道橋の横の道をいくのあるのでまっすぐ緩やかな坂を登って行くと道がT字路となり、左は行き止まりのため、右にいく。

この辺りは崖が目の前にあり、さらにその上に家が建っていてよくこんなところに住むなあと思う。



左に登る階段はかなり荒れていて段々が崩れかけている。構わず登ると折り返すように続いているが段の横から草が生え、これは間違いだろうということに気づいた。



階段を降りて16号線まで戻る。歩道橋の下に左に行く違う道を発見、これを左に登り始める。先ほどのなかよし坂やレンガ坂もきつかったが、こちらも大したもの。折り返しながら登って行くため、どこが頂上かわからない。ただ、踊り場で休んでいると上から学生がたくさん降りてくるので多分学校があるのだろう。



小休止をしていた時にふと一軒家の表札を見ると『𩵋屋』とある。名前は『うおや』か『さかなや』と読ますのだろうが、珍しいためネットで調べても出てこない。かなりの珍名さんなのだろう。



この坂道が『釜台つづら坂』長さが450mあり、幅は住宅地開発に伴い8mに拡幅されているがきつい坂である。実際の曲がり角は4つ、255段ある。坂道の真ん中に電信柱が立っているのも珍しい。(以下次回)







谷崎潤一郎生誕地にあるレストランでランチ

2025-03-30 05:00:00 | グルメ
人形町には色々な記念碑や石碑がある。『細雪』などで知られている文豪・谷崎潤一郎は1886年に人形町で生まれた。この場所には彼の祖父の活版所があり、その後、阪本尋常小学校に入学したが、父が事業に失敗、この地を離れた。



その跡地にあるレストラン『谷崎』にお邪魔した。噂で聞いたのだが、経営者と谷崎潤一郎とは関係がないようである。



店はビルの中2階にあり、眺めがいい。なかなかおしゃれなレストランのランチはメニューがよく変わる。この日は『鯛の胡麻漬け丼』『房総豚の温しゃぶカッコ『トンテキ』各1200円。『エビフライ』『ハンバーグ』各1300円(丼以外はライス、味噌汁、漬物付き)となっている。



私は『トンテキ』、一緒だったMさんら『鯛の胡麻漬け丼』をお願いした。この日は近くの小学校の卒業式があったためなのか、礼服を着たマダムが集うグループが多く、早くから席が埋まっていた。

待つこと7.8分、トンテキ登場。トンカツサイズのきりわけられた豚ロースのステーキに甘めのタレが掛かっている。辛子も添えてあり、いいアクセントとなっている。



ガーリックも効いてなかなか美味い。トンテキはビーフに比べて肉が固いことが多いが、この肉は柔らかくジューシー、あっという間に完食してしまった。



また、付いてきた豚汁はこんにゃく、椎茸、ネギ、大きめの豚肉が入った具沢山であつあつ、美味かった。

周りのお客さんの注文を聞いているとトンテキ、エビフライ、鯛の胡麻漬け丼の3つのメニューが人気があるようだった。少し値段のリーズナブルなお弁当も人気でどんどん売り切れが増えていった。


夜は肉の比べ(牛赤身、牛ロース、信州豚)のできるしゃぶしゃぶやすき焼きあたりが人気メニューのお店である。ご馳走さまでした。

にんぎょうちょう谷崎
中央区日本橋人形町1ー7ー10
05058693805


水天宮駅前のソメイヨシノの1週間

2025-03-29 05:00:00 | 日記
毎年のことだが、今年も桜、正式にはソメイヨシノの季節がやってきた。昨年より数日遅いが、3月21日から水天宮駅出口前にある一本の木を観察してみた。




(3月21日)
まずは3月21日、そろそろ開花日が近づいてきたというニュースが流れてはきたが、ソメイヨシノはまだまだ蕾は固く咲くという雰囲気ではない。ついでに蘖(ひこばえ)も見るが、こちらもまだだった。







(3月24日)

土日を跨いで24日は東京の開花宣言があった日。急に暖かくなり、開花が早まる。それでもまだ開花には至らない。ひこばえを見ると蕾の先端がわずかにピンクとなっている。



ただ、お隣の少し日当たりの良い木のひこばえはもう開花、可愛らしい花が10輪ほど咲いていた。







(3月25日)
25日はいよいよかと喜んだが、遠くから見てもまだ花は開いていない。しかし、道路側の数輪が確かに開いていた。蕾も膨らみ、いよいよ咲き始めることを確信させてくれた。





(3月26日)

26日にはすでにかなりの花が咲いている枝とまだ全く咲いていない枝があることに気づく。もう一本の日当たりのいい木はかなりの数の花を見ることができた。





(3月27日)

27日は天気は曇っていたが、気温は20℃を越え、厚着をしていると額に汗が出てくるほど。この気温の影響だろうか、もう十分花が開き、お花見をしても良いくらいである。







(3月28日)

28日は午前中雨が降り、花の色が白くなりそうである。もう3〜4分くらい咲いている。気温が高いので一気に開花スピードが早まり、週末に花見に行こうと思っているが、あまり咲きすぎるのも困る。まあ、これは人間が勝手に考えているだけだが。

(日本橋小学校前)

(堀留児童遊園)

28日は他のソメイヨシノも見に行く。事務所の前の公園の木はほぼ満開、僅か5日ほどでここまで咲いてしまった。





(江戸桜通り)

室町COREDO付近にある江戸桜通りももう満開の木が連なって大変美しい。
夕方、再度水天宮前駅出口のソメイヨシノを見に行くと明らかに朝より花は開いており、もう満開と言ってもいいくらいである。





(3月28日17時)

今年のソメイヨシノは短距離走のようであった。来週の月曜日まで保つのだろうか。


ローテーションとスタートダッシュ〜阪神ファンの戯言

2025-03-28 05:00:00 | 阪神タイガース
いよいよ本日、3月28日に2025年のペナントレースが始まる。野球評論家による戦力分析が新聞紙上やネット上で盛んに行われているが、阪神の評価は阪神系(元阪神選手・コーチ、関西の解説者)は阪神を1位、他の評論家は2〜3位くらいが多く、1位はDeNAか巨人の声が多いようである。

ペナントの行方を追うのに今の時期に最も大切なことは『スタートダッシュ』であると考えている。今回は先発投手のローテーションとスタートダッシュについて駄文を認めてみた。

まずはここ数年の実績を見てみる。昨年は巨人の対戦、初戦・2戦目と青柳、大竹で連続完封負け、しかし,3戦目は才木が素晴らしい投球をして完封勝ち、その後は一進一退だったが、4月14日以降は6連勝(2分)で3,4月は15勝9敗3分といい滑り出し。最終成績は巨人に迫ったが交流戦の不調が響き、2位に甘んじた。


23年はDeNAとの対戦からスタート、青柳、秋山、才木で3タテ。次の広島の初戦も勝って4連勝。3、4月は13勝10敗1分とまあまあのスタートであった。年間はご存知の通り優勝、さらにオリックスを破り、日本一となった。

22年はヤクルトとの対戦でスタート。3月25日の泥試合となる。先発藤浪は7回3失点と良かったが、中継ぎが崩壊、出る予定のなかったケラーで落とし、8対10でスタート。それから4月3日まで9連敗となってしまった。この序盤の躓きが最後まで後を引き、68勝71敗4分で3位に終わった。

21年はヤクルト戦でスタート、藤浪・青柳・ガンケルで3連勝スタート。3、4月は20勝9敗と素晴らしいスタートとなった。最終的には77勝56敗10分と最後まで首位争いを行い、ゲーム差なしでヤクルトに優勝を譲った。

つまり、ここ4年間の成績と4月までの状態を見ると、4月までの成績が最終的な順位に与える影響は極めて大きく、逆に下から上がろうとしても22年シーズンのように最後は息切れしてしまうこととなりやすい。



次にローテーションだが、昨年は最初は青柳・大竹・才木、次は村上、伊藤将、西勇だったが、今年は村上、富田、門別でスタート、大阪ドームでのホーム開幕は才木、ビーズリー、デュブランティエとなる予想が多い。



大竹の故障、西勇・伊藤将は痛いが、他にもオープン戦で良かった伊原なども考えられるかもしれない。中継は桐敷、石井、岡留、及川に加え、支配下を勝ち取った工藤、終盤の岩崎、ゲラは健在である。



今私が注目しているのは広島・DeNAと続く初めの6戦をどう戦うか、これで今年の成績を占える確率が高い。90周年を飾る年にしてもらいたいものだ。

つるまるうどん〜汐留ランチグルメ

2025-03-27 05:00:00 | グルメ
汐留でのイベントの帰りに日本テレビ本社ビルを通ると行ったことのない『つるまるうどん』の看板を見かけた。よく見ると大阪うどんとあり、13時頃だったが,早速入店してみた。

つるまるうどんは関西を中心に店舗展開している全国チェーン、北海道にも沖縄にもお店はあるが、東京はわずか5店舗のみ、珍しいところといえば大井競馬場の中にも出店していた。



入口にうどんの種類が列挙されていて、関西ならではのメニュー、紅生姜うどんもある。



丸亀製麺方式でまずはトッピングやおにぎり、いなり寿司などを取り、最後にうどんを注文する。天ぷらが並んでいるところをよく見るとやはり『紅生姜天ぷら』がある。それも富士そばのような細切りの紅生姜を使ったかき揚げではなく、大きい紅生姜に衣を付けたものを串に刺して揚げてある。

初めてなのであまりツユが塩辛いのもと『肉うどん』(560円)と『紅生姜天ぷら』(110円)を取り、会計に進む。
揚げ玉は入れ放題のため、少し乗せ、トレイに乗せて席に着く。テーブルには七味唐辛子、一味唐辛子があるが、一味唐辛子をかけて頂く。

ツユは讃岐うどんよりは少し濃いめ、優しい味である。麺も好みの柔らかめ、しかも太くはないので喉越しツルツルである。



紅生姜天ぷらを串から外し、丼の中に入れて一口、塩気と辛味がいい具合。東京の人には辛味が強すぎるかもしれないが、そこがいい。次々と紅生姜を丼に入れるが小さい切れ端も含めて5枚もあった。これを甘めのツユと頂くと関西人の好きな甘辛の出来上がり。本場の大阪うどんが食べたい人はここの店がいい。



お店はこの時間はおじさんのワンオペ、しかしかなり席数もあり、オーダーも色々な種類があるため、かなり大変そうだった。それでもお客さんが帰ると『ありがとうございます、またよろしくお願いします』という気持ちのいい店であった。ご馳走さまでした。




つるまる 日テレプラザ店
港区東新橋1ー6ー1
0335733222

横浜市保土ヶ谷区の坂道①〜和田町駅付近

2025-03-26 05:00:00 | 坂道
『東京の坂、日本の坂』その234。今回は和田不動尊にお参りした後、横浜市保土ヶ谷区の坂巡りをすることにした。

真福寺の前の交通量の多い県道常盤台和田町線を左に曲がり、少し行くと戻るように右折する道を曲がり、日当たりの良い道を歩く。

突き当たりのマンションを左に曲がると階段坂が出てくるが、これが『なかよし坂』。可愛らしい名前だが、階段の段のところにアートボード(細長いプラスチック板)が貼ってあり、縦に繋げてみると一つの絵のようになっている。

平成17年12月に常盤台小学校の4年生がなかよく制作したたもので2005年に公募により名前が付けられた。最初の段には虹が校舎にかかる構図ともう一枚が付いている。



さらに踊り場を挟んで先には犬と遊ぶ児童やみんなで遊ぶ風景など3枚が取り付けてある。名前は可愛らしいが、結構な段数で頂上まで登ると息が切れた。



もちろん眺めは良かったが。階段数は219段、右へ左へと曲がるため少なそうに見えるがなかなかのもの。

再び真福寺の前を通り、その先の細い道を右に曲がるが、あまり道が細く、今どこを歩いているか見失ってしまう。地図にはいくつも次の坂である『レンガ坂』の文字が出てくるが、地図は平面的であるのに対し、道は立体的であるため、何度も行ったりきたりしてようやくレンガ坂の下に着く。



目の前が少し開け、急な階段坂が現れたがこれが『レンガ坂』。名前の由来は明治27年〜大正3年(1895〜1914)に水道管を通す際に階段をレンガで築造したことからこの名前となった。



石段ではあるが、幅が5m近くあり、坂下にはゴミ集積所がある。ここまではごみ収集車は来るが、階段の上に住んでいる人は大変であろう。坂の右半分は改修されて上りやすくなっていた。途中何ヶ所も踊り場があり、生活する人の便利さを考えて作られている。なかよし坂と異なり、ストレートな坂の段数は133段であった。



レンガ坂を登り切るとその先も坂道。少し登り右に曲がると峰岡町3丁目公園に到着。右に歩くと石碑を発見。『保土ヶ谷隧道』とあり、『昭和33年10月岸道三吉』と彫ってある。

横浜新道は国道1号線のバイパスとして1959年に開通、それに先んじて保土ヶ谷隧道(旧隧道)が開通した。

その後、交通量の増加により渋滞が発生し、保土ヶ谷IC〜新保土ヶ谷IC開通に伴い6車線化し、旧隧道は廃道となって現在に至る。ふと見た隧道の石碑と自分の生まれた年が同じことにも感動した。(以下、次回)

ソメイヨシノの開花に合わせて春盛りそばを頂く

2025-03-25 05:00:00 | グルメ
3月24日に東京でもソメイヨシノの開花宣言、人形町通りのソメイヨシノも蘖ながら開花を確認した。そんな春到来を受けて、いつもお邪魔している小諸そばにも春のメニューが登場している。



『春盛り天』と名付けていて幾つかの春らしい素材を天ぷらにしてお蕎麦お共に提供してくれる。昨年は『サクラマス天、桜エビのかき揚げ、筍天ぷら』、一昨年は『桜エビと白魚のかき揚げ、筍天ぷら』だったのだが、今年は『桜エビのかき揚げ、キス天、筍天ぷら』である。



気になる値段は一昨年は560円、昨年は590円、今年は620円(いずれもせいろまたはかけそば普通盛の場合)と確実に値段は上がっている。

まずは『春盛り天せいろ』から頂く。券売機で食券を購入、カウンターで『つけ汁多めで』というと少し増やしてくれる。丁度そばが茹だったところだったのですぐに提供してもらった。



席に座り、蕎麦猪口に山葵とネギを入れて食べ始める。小諸そばは茹でたてのため、冷たいもりそばも美味い。天ぷら抜きで麺の喉越しを楽しむ。

天ぷらはまず、筍から。穂先の部分なので柔らかい。残念ながら少し冷えてはいるが、そこは立喰、あまり贅沢は言えない。
次いでキス、かき揚げと食べていくが、いずれも素材がよく、美味い。かき揚げはカリカリに揚げてあり、食感もいい。途中でネギを足したり、蕎麦猪口に大根おろしを加えたり、十分楽しめた。



小舟町店はフロアにおばあさんがいて色々と世話を焼いてくれる。せいろを食べていると蕎麦湯のサービスがある。まだ、寒いから暖かい蕎麦湯は嬉しい。

翌日は『春盛り天ぷらそば』を頂く。こちらもたっぷりのネギを加え、七味唐辛子を振って頂く。せいろも美味いが、天ぷらの脂が程よくれるツユに溶けだしてかけそばも美味い。七味唐辛子も身体を温めてくれる。



ここでもやはり桜エビのかき揚げがいい仕事をしてくれる。カリカリに揚がっているが、ツユで少しふやけて柔らかな食感の中にエビの香ばしさが引き立つのある。

せいろもかけそばも何も美味い。通常の蕎麦屋さんではたぬきそばでも850円、天ザルに至っては1000円では無理となっているこのご時世。値上げしたとは言え、まだ財布に優しく、ネギや山葵も入れ放題、さらに季節も先取る小諸そばの魅力にまた気付かされた。ご馳走さまでした。

小諸そば小舟町店
中央区日本橋小舟町14ー12
0336673077


『東京メトロスタンプラリー〜20年ありがとう』⑥終

2025-03-24 05:00:00 | 鉄道
『鉄道シリーズ』その263。『東京メトロスタンプラリー〜20年ありがとう』⑥終。スタンプラリーも3日目、最終日に残ったのが東西線の2駅。

まず、茅場町駅で乗り換えて東西線妙典駅に向かう。妙典駅は開通時は信号所であったが、2000年1月に開業した新駅である。



駅のスタンプは東西線15000系の車両が描かれている。東西線は90年代に乗降客の増加に伴い、それまでの主力車両05系の扉をワイドにした車両を増備したが、これに変わる車両として15000系が2010年より増備された。当初10編成を製造したが、2017年に3編成増備されている。

東西線のカラーはブルーのため、ブルーラインが描かれたオールアルミ車両でリサイクル性も同一合金を使用することで高くなっている。



特色は元の05系のドア幅が1300mmであったのに対し、改造後の05系と15000系は1800mmと開口部が広くなり、よりスムースな乗降を目指している。

再び東西線に乗り、葛西駅で下車した。ここは地下鉄博物館の下車駅であり、ここで最後のスタンプを押印したのちに地下鉄博物館がゴールとなっている。



スタンプのデザインは東西線07系車両である。元は1993年の有楽町線ダイヤ改正に伴う増便のため、10両2編成、さらに1994年に4編成が増備された。2009年より東西線にての運用開始がなされ、現在東西線は15000系、07系、05系の3種類の車両で運用されている。





ようやく20個のスタンプが揃ったのでお隣にある地下鉄博物館に行く。今回で入館は4回目となるため、よく知ってはいるが、銀座線1000系や丸ノ内線300系の勇姿を見るとついゆっくりみてしまう。



特に銀座線のポイントが変わるところを通過する際に車両の電気が消えるため、点灯した補助ライトや、丸ノ内線の掴みにくいバネ式の吊り革など懐かしむ。




館内では東京メトロ20年の歩みと題した企画展が行われていて東京メトロ開業時に使われたヘッドマークをはじめ、駅で使われたマーク、珍しいところでは南砂駅改良工事の際に使われたタブレットなどが展示されていた。



さらに先日東京地下鉄株式会社がプライム市場に上場した際の写真なども添えてあった。また、『マナーポスター』がずらりと並べて貼ってあるのは圧巻である。



そしていよいよ最後の記念スタンプを押印することができたのである。受付に持って行くと『TOKYO METRO』ノートブックと缶バッジ、東京メトロのクリアファイルなどの記念品を頂くことができた。



スタンプラリーは大好きだが、デザインに自社車両のみを使い、さらにインクを路線のカラーに統一したことは斬新で面白かった。







山口県萩市発のうどんチェーンは美味い〜日本橋ランチグルメ

2025-03-23 05:00:00 | グルメ
最近マスコミでよく取り上げられる『資さんうどん』は福岡県北九州市発祥のうどんチェーンで2024年にファンド経由でスカイラークグループ傘下となり、東京にも進出。一気に全国区となった。九州のうどんは讃岐うどんとは異なり,麺もコシがなく、柔らかいのが特徴。甘めのツユが良くあっている。

よく似たうどんチェーンで山口県萩市に本社がある『どんどん』、山口県を中心に島根県・岡山県・広島県に37店舗を展開する。このうち1店舗は2015年秋に日本橋箱崎町の東京シティエアターミナル直結の場所に出店、セルフうどんの店となっている。(中国地方以外はここのみ)

店に入るとはなまるうどんや丸亀製麺のように左に長いカウンターが伸びる。トレイを取り、まずうどんを注文。さらに天ぷらやおにぎりなど好きなものをさらに乗せ、最後に会計するシステムである。

11時40分くらいに店に入るが、既に席は6割ほど埋まり、人気の高さが感じられる。私は中盛の肉うどんをもらい、ちくわの磯辺揚げと昆布にぎりを取って会計840円を支払う。



隣のテーブルに置いてある大きなすり鉢から刻んだ青ネギとおろし生姜を乗せて席に急ぐ。ツユもたっぷりと入っているのが有難い。



席に置いてある一味を振って頂く。麺から啜るが、九州のうどんに似て柔らかくもちもちとしている。これは自家製麺、しかも15分かけて茹でているらしい。

また、ツユも拘っていて昆布、うるめ節、鯖節などから取る。これに甘く煮た肉が入っていて色々な味が融合した美味さを形成している。



ちくわの磯辺揚げを齧りながら、麺を食べ進める。おにぎりはかなりもっちりしていて海苔がへばりつく感じであまり好みではない。やはり山口県萩市らしくワカメおむすびにした方が良かったかも知れない。

セルフうどんをシンプルに提供してくれる店だが、単純なものほど拘りが味の差となる。讃岐うどんが優勢な東京にあってこのような店が頑張るのは嬉しい。ご馳走さまでした。

どんどん 箱崎T-CAT店
中央区日本橋箱崎町22ー1
0358744306

『関東三十六不動尊巡り』㉓〜第4番札所和田不動尊

2025-03-22 05:00:00 | 霊場巡り
『関東三十六不動尊巡り』㉓、第4番札所高野山真言宗真福寺にお参りした。横浜駅から相鉄線各駅停車で10分、和田町駅に到着する。雉子川を渡り、懐かしい店が並ぶ和田町商店街を抜けると国道16号線に出る。




向かいに渡り、右に少し行くと横浜銀行。過ぎたところを左に入る細い道を歩くと目の前に『和田不動』の石碑が現れる。



隣には満願地蔵尊、手を合わせる。由緒を読むと真福寺を再興した田口重勝の子孫が建立したものである。はじめは和田町駅近くの浅間宝寺に祀られていたのだが、明治3年に浅間宝寺が小学校の敷地となり、この地に移された。




坂上にはお寺の経営する幼稚園も見え、階段左に和田稲荷神社。これは和田義盛が源頼朝と戦をした折に義盛の夢枕に神様が現れ、ここに稲荷を作ると願いが叶うと言われ、さらにこのことを忘れずに義盛は稲荷神社を建立した。源頼朝がこの稲荷に和田稲荷神社と名付けたとのことである。



ここまできたらもうすぐ真福寺に到着と階段を登り、パス通りに出る。通りの向こうには山を削り作った広い墓地が出てくるため、歩道橋を登るも寺は反対側と書いてある。戻って周囲を探しても寺がない。



ウロウロしているうちに今来た道と並行してもう一本道があるのを発見、少し歩くと右手にようやく本堂を見つけた。

真福寺は和田義盛が建立したと伝えられ、一旦廃絶後に1615年田口重勝が再発願氏,再建した。再び荒廃はしたが、細々と続いた、しかし1945年5月に第二次世界大戦の空襲により焼失、稲荷堂のみが残された。



本堂は1961年、客殿は1990年に完成したもの。本尊不動明王立像は作者不明である。



本堂は鍵がかかり、中に入り参拝をさせてもらえない札所は始めて。何とか朱印をいただく際に何とか外から拝ませて貰うことができた。
せっかく遠くから札所巡りに来ても500円支払って御朱印と御影を頂くだけではスタンプラリーと変わらない。この対応があまりに寂しいと感じるのは私だけではないはずである。
また、坂の多い地区で道も細くわかりにくいため、よく気をつけて参拝してもらいたい。