『切手シリーズ』その74。今年は天皇の退位や元号の変更など皇室の行事が目白押しだが、『記念切手と皇室』というテーマで今回のブログを書くことにした。日本初の記念切手が発行されたのは1894年3月9日だが、そもそも明治天皇の銀婚式を記念した2銭と5銭の2種類の切手である。そのデザインには明治天皇の肖像などではなく、『つると唐草模様』である。
次の記念切手は日清戦争勝利の記念切手が続くが、3番目が1900年5月に発行された『大正天皇ご婚儀』の記念切手でデザインはお祝いの品である。
1915年11月には『大正大礼』で4種類の記念切手が発行された。デザインは『式典のかんむり』『たかみくら』『紫宸殿式場』の3種類であった。
1916年11月には『昭和立太子礼』の3種類の記念切手。うち、10銭の儀式の冠の切手は発行枚数がわずか86000枚しかなく、カタログ価格も25万円する最高額記念切手である。(同時に発行された1銭五厘の記念切手は672.2万枚である。)ちなみに皇太子に即位されたのちの昭和天皇は当時15歳、また、大正天皇は10歳、今上天皇は18歳、現在の皇太子浩宮様は31歳で皇太子となられている。
その後も昭和天皇御帰朝(1921年9月)、台湾行啓(1923年)など皇室のイベントの記念切手が多く、14回発行されたうち皇室関連が6回とかなりの頻度である。
切手マニアの中では有名な東宮ご婚儀の 不発行切手。発行予定は大正12年11月であったが、9月1日の関東大震災により関東にあった印刷工場が被災、版もろとも失われ、用意できないため、発行されなかったのである。それでは不発行記念切手がなぜ市中に出たのか、当時日本は南洋諸島パラオは信託統治領であり、既に発送済みのものがあった。これを送り返してもらって皇族専用にと配布されたものである。
さらに1925年5月には『大正天皇銀婚式』の4種類の記念切手が発行されたのである。
昭和に入り『昭和天皇大礼』が1928年11月に発行。しかし、デザインは『ほうおう』『大嘗宮』とやはり関連品にとどまった。
戦前は皇室関連の方々の顔の上に消印が押されること自体を問題視する傾向もあり、天皇や皇太子が記念切手のデザインとはならなかった。肖像が記念切手のデザインとなったのは天皇陛下(当時、皇太子)のご成婚(1959年)の際が最初であり、天皇陛下の写真が含まれた記念切手は発行されていない。これはイギリスのエリザベス女王の切手が大量に発行されているのとは一線を画しているのである。(以下、次回)