詩誌「幻竜」第17号、2013年3月20日発行から
上野菊江氏「聖なる丘」、大塚欽一氏「彼らはいつも」、平野充氏「祈祷書(烏)」、朝倉宏哉氏「鬼首行き」
詩誌『幻竜』第17号(2013年3月20日発行)をいただいき、そこに掲載された詩群の深められたテーマの重要さに圧倒され、私のような貧しい思念しか持ち合わせていない詩人には、どこから論評すべきか思いあぐねていく日も過ぎてしまった。同人誌評や詩集評は詩の優劣を決めるという一種の権力的なものを、簡単に言えば<上から目線>の印象を与えかねないが、私はそのようにして論じているつもりはない。しかし単なる感想でもない。私の持っている問題意識と交差するものを持っていると憶測させる作品について、交差するものを深めてみたいのである。とうぜん、形式としての詩のあるべき姿、私自身が追求している作品の形態の点からも論じてみたいのである。
上野菊江氏の「聖なる丘」から始めてみよう。
それぞれのフレーズに無駄な言葉がなく、詩人の深い思索と諦念が伝わってきた。神の肯定も否定も人間が自分の利益のために考え出したものであろうが、人間が魂をもった存在である限り、そこにあるスピリチュアルな観念は否定しようがないのも事実である。神について何千年も争いがつづき、なんと多くの人間たちが殺戮されてきたことであろうか。人間にとって宗教も哲学も神概念からの憑依と離散の歴史であったといえる。
はじめも おわりもない
ノッペラボーの「時」が流れ流れて
その先端に突き刺された星のような
聖なる丘が揺れている
「時」が どでっぱらのまんなかを
激しく突き上げてくるので
聖なる丘は憂鬱です
「聖なる丘」第一連、第二連
「聖なる丘」とは具体的に何を指示するのだろうか。まず暗示されるのがゴルゴタの丘であろうか。しかしこの詩ではそれを含めた広い意味での、私たち生きる者がそれなしでは、あったこと、なかったことの存在理由が失われてしまう根拠としての場所の概念と私には受け取られるのである。生きることがすべて悪に充ちたことに過ぎない、あるいは幻想に過ぎないという諦念に私たちが徹しきるにはあまりにも軟弱な生き物である。
ことさら陰鬱な金曜日
アザーンに促され集まる礼拝の群れ
午後は ビア・ドロローサ 聖なるみちゆき
暮れれば聖夜 シャバット
嘆きの壁にささげる聖地の祈り など
悔しいけれど これ みんな
永遠 無限のノッペラボーよ
存在するとも しないとも 決め手がない
「聖なる丘」第四連
イスラム教のアザーン(礼拝を呼びかける声)もゴルゴタまでイエスが自ら十字架を背負って歩いたヴィア・ドロローサもユダヤ教の安息日とされるシャバットも、それらの言葉自体は聖なる人間の思いを喚起させながら、なぜこれらルーツを同じくする神を祀る人間たちは憎しみあうのだろうか。神を葬り人間が全能の神に取って代わろうとした科学も、哲学も、芸術も存在する限り、「神は死にはしないのです」と私も思う。
神の命の値段知ってる?
―――だから買収されたのです
神はほのかな影だけをのこし
売られて消えて行ったのでした
それにしても だれが仲介したのかしら・・・・・・
「聖なる丘」第六連、第七連(最終連)
衰退した経済を立て直すため、いま日本は物の売買を盛んにしようと懸命になっている。生きる基盤は経済であることに異論はないが、かつて日本が驚異の経済成長をとげたとき、物ではない精神の欠落を説いたのではなかったか。ここでいう精神とは、思想と生活の連結、生きる場から生み出される思想のことだ。そのとき(七十年前後)青年期を迎えた私は、日本は精神面では依然として後進国であることを強く自覚したのである。その後バブルがはじけ、経済が破綻すれば物質と精神の両面での欠落が見えてくる。東日本大震災以降、精神面での重要なこととは何かが、より具体的に見えてきたのである。一言でいえば経験の意味するものの重さであろうか。現在の日本は経済復興が先決であると叫ばれているが、詩人たる者は彼の自覚において、自らの生きる場での生と死の深い意味と行為も考えなければならないと思う。「聖なる丘」という詩への感想から離れてしまったように思われるかもしれないが、この詩の後半部は、私にそのようなことを考えさせたのである。
次につづくのは、大塚欽一氏の「彼らはいつも」という詩である。冒頭の部分から始めよう。
身震いするような夕焼けの壮麗から
夜空の星たちの凍えるような輝きの闇から
昏れていく海の茫洋とした彼方から
山と積まれた瓦礫の異臭の下から
彼らはいつも不意に現れる
心にぽっかりと穴が空いている時に
「彼らはいつも」第一連
夕焼けの壮麗、夜空の星の輝き、海の彼方から、これらは圧倒的な自然の深遠さだが、それだけでなく、瓦礫の異臭からやって来るものとは何なのだろう。異界からこの世界に訪れる霊的なものか。宗教では神は限りなく遠い世界から現実界に降臨すると考えている。私にとってはポエジーがそれとアナロジーの関係として受け取っている。深層意識の底から立ち上がってくる可能態としての言葉である。しかしこの詩の作者においては別のものとして感じられている。
彼らはすぐそこに立っているが
言葉に拘る目には見えない
見ることに拘る声は届かない
ただ彼此を隔てる存在の薄幕を通して
吐息や眼差しをかすかに感じるだけ
おおその息の何と静かなこと
「彼らはいつも」第三連
ここまで読み進めると、彼らとは死者たちであると思えてくる。詩人とは生きながらにして死を半ば生きている存在である。死はやがて己にやって来る領域であるのではなく、死を生きながらにして取り込んでいるのである。言葉とかかわる者であるからである。
目覚めたばかりの人が夢の跡を思い起こすように
私は思い出している
薄膜に耳を押しあて
飛び去っていったものの息を感じながら
わけもなく涙を流していた私を
幽明の境で小枝がかすかに揺れている
「彼らはいつも」最終第六連
生きながらにして死を生きる詩人には、この目にする世界が郷愁を帯びて見えてしまうことがある。それは時間の旅人である詩人にしか持ちえないものではないだろうか。若い頃の放浪した旅を記述していたとき、ふとそのときの感覚が現在時に甦ることが私にあった。そのとき私が感じた懐かしさは、どこか死者のこの世に向ける眼差しであろうと直覚したのであった。「目覚めたばかりの人が夢の跡を思い起こすように」とはそれに似た感情であろうか。作者大塚氏は、この号にもう一つの詩、「ここはどこ」を載せている。こちらは死者が命をなくしたこの世での「時」を回想している設定で書かれている。つまり死者の思いを代弁しているような描写がつづくが、何か実感が乏しいように感じられたのはなぜだろう。よく言われることだが、人は自分の死を目撃できない。ここにはエクリチュールというものの本質を解く鍵、つまり詩とは何かを解く鍵があるように思われてならない。
このことと関連して、平野充氏の「祈祷書(烏)」を詠んでみよう。この詩は「亡霊」と「成生」という詩で構成されている。
もうすでにいない筈のわたしなのだが
そのいないわたしが 依然としてここにいる。
不思議なことである。
もしかすると
ここにいるのは わたしではなく
わたしの亡霊。
そして
その亡霊が わたしに言う。
おまえは誰か? と。
「亡霊」
これが「亡霊」と題された詩の全部である。生きながらにして死を抱えてしまった人の、生きる時間での逸話であろうか。「もうすでにいない筈のわたし」という確証はどこにあるのか。その確証がなければ「そのいないわたしが 依然としてここにいる」とは言えないのではないか。まして「わたしの亡霊」と言い切ることもできなのではないか。その「亡霊」が「おまえは誰か?」と問う。私にとっての詩は、この世に存在する個としての「存在」と、私のなかの深部に隠れている「他者」との「邂逅」である。経験し思考する自分を書くことが詩なのではなく、私をエクリチュールに駆り立てるものが詩なのである。経験のなかに啓示される言葉がつづられたもののことである。したがって作品は生成する詩人の一つの断面に過ぎずないと思っている。詩を書き始めた四十年以上前から、少しずつそのような思いが強くなり確信になった。そうした間にも、このように考える自分とは何者だろうと考えることがある。この詩で描かれた感情に近いものがある。「もうすでにいない筈のわたし」とは、生成する現在の自分にとっての過去の自分である。作者の思いとはおそらくずいぶんかけ離れた解釈であるかもしれない。
次の「成生」と題された散文詩の方がわかりやすいと言えようか。
わたしの誤りは 産声をあげたことだ。背中を叩かれたあのとき
声をあげなかった 地上に下りることはなかったし それによって、
死に囚われることはなかったのである。
わたしをこの死の掌中に逐いやったのは 誰の手だったのか。神
の祝福の手か。いや そうではない。あれは 紛れもない人間の手
だ。
「成生」第一連
「生まれたことは永遠の災厄である」と考えるのは釈迦の根本思想である。したがって解脱し、輪廻転生の輪から離れ涅槃にたどり着くことを理想の境地とする。ここで述べられているように、産声をあげるときに、セネカのように高みから人生を俯瞰し、人生の開始を行なえるはずはないだろう。転生するときにはすべての記憶はゼロに戻されるからである。セネカの言おうとしたことは、死を先取りすることで生きることを選択し、この瞬間を充実して生き、ほんとうの死の瞬間に平穏な気持ちをもって迎えようとする技法なのであろう。それはともかくも、この詩の作者、は生を受けたことが死の始まりであるという強い思いから、この人生の意味はどこにあるのか、「最良の場所であるという確信」を「放棄した」と書いていることから、人生に意味はないと結論づけたのである。
どのような形であるにせよ そこに留まっていたのは確かなのだ
が 痕跡は 何もなかった。そして夜明けは 無いのかも知れない
のだ。
このようにして死は終る。
「成生」第六蓮、最終第七連
ここには徹底した厭世観が見られよう。救いはないのであろうか。いやそうではない、この詩を書き残し人目に晒した作者がいる。言葉を信じようとする作者がいる。詩は無限に遠くから私たちの足許、つまり日常世界に到来し亀裂を与え、詩以外に心を奪うことを許さないくらい嫉妬深く、作者の不幸に群がろうとするものである。生のすべてを逆説的に獲得させようとする悪だくみなのであろうか。
最後に、朝倉宏哉氏の「鬼首(おにこうべ)行き」という詩を述べてみたい。
高校時代
鬼首行きのバスを見るたびに
乗って行きたいと思った
「鬼首行き」第一連
高校時代の「私」はバスの行き先の名前に興味が引かれていた。「人首(ひとかべ)」「姉体(あねたい)」「母体(もたい)」「生母(せいぼ)」を通って、その先に「鬼首(おにくび)」とうところがあることが第二連で書かれている。地名とは不思議なものである。そのひとつひとつに謂れがあるはずであり、想像力を駆り立てる、つまり自分自身のストーリーを持たされてしまう。調べて明確にしたいという気持ちを持続しがらも、そのまま謎にしておきたい気持ちが起こる。私たちの心の深部には、地名に限定されず、物事の秘められた部分を長い間持ち続けてしまうことが起こりえる。
あれから五十有余年が経つ
今 ぼくは
鬼首行きのバスに乗っている
同級生たちと
同級会会場鬼首温泉ホテルに向かっている
「鬼首行き」第三連
「山ふところ深い」鬼首ホテルに、かつての同級生たちが集まってくる。宴会場では「この一年に鬼籍に入った六人の名前が告げられて/長い沈黙」とある。一人ひとりの肩書きが思い起こされ、いっしょに学んでいた頃の若き姿が脳裏によみがえったであろう。人の一生は短い。それゆえ一時期をともに過ごした思い出は貴重に思われてくる。
六人の同級生のそれぞれの晩年と死がひそひそ語られ
欠席者の誰彼の消息があいまいに語られているうちに
酔いがじわっじわっとまわり
朦朧とした目に映るのは
白百合のマドンナも紅顔の美少年も
おどろおどろした鬼の首
「鬼首行き」第八連
ユーモア豊かに語られているのは、人生の悲しい真相である。「鬼首」とは、鬼籍に入った人たちの首であったとは。
あこがれの鬼首に勢揃いして
今にも鬼剣舞を踊り出しそうな
三十六匹の鬼の首
「鬼首行き」最終第九連
人は死ぬと鬼になるのだろうか。いや、この世に生きる人間自身がすでに鬼だったのだ。ボードレールは人間たちに巣食う悪を暴き出そうとした。「読者へ」という『悪の花』の巻頭詩で、「愚かさ、過誤、罪、吝嗇、それらは/われらの精神にどっぷり居座り、われらの身体を弄ぶ/われらは愛すべき悔恨を養っているのだ」と書いた。私はこの歳になって初めてこの詩の真意を読み取れたように思う。そのようなカルマから抜け出せなくしているのは「倦怠」だと彼はいう。詩はそれらに叛逆を企てるものでもある。ボードレールは「新しい花々」を見つけ出そうとした。ランボーは「思想の開花に出逢おう」と言った。現代詩から忘れ去られようとしていることではないか。話は大きくそれたがしかし詩はどのみち、この世界のことでしかない。「私の同類よ、私の兄弟よ!」と叫んだボードレールも、この世界の外に出ようとしたが、見出したのは、アフリカでのもう一つの現実でしかなかったランボーも、詩は人間界の諸事から生み出されるものでしかないということなのだろうか。
今回、四人を取り上げてみたが、他にも興味を惹かれた詩が多く見られた。勝手な感想になってしまったことをお詫びしなければならない。
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