ヒーメロス通信


詩のプライベートレーベル「以心社」・詩人小林稔の部屋にようこそ。

高橋睦郎『詩歌の国の住人として』(現代詩手帖12月号)を読んで。詩誌「ヒーメロス」23号から

2012年12月28日 | 現代詩提言

高橋睦郎『詩歌の国の住人として』を読んで。

現代詩手帳12月号(展望・現代詩年鑑2013)

 小林 稔

 

 高橋氏の論考は今年(2012年)九月に催された国際詩祭についての報告から始まる。テーマは「城市・水域・心霊」であったという。文体が「です・ます」調で記述されているので、おそらくそこで高橋氏が述べたであろう話が冒頭部で紹介されている。自分が日本国国民であるとともに詩歌の国の住民あることを伝え、日本国民であることは自分の意志でなったのではないが、詩歌の国の住人は自ら選んだのであるから後者に重きを置いているという。

 日本では基本的には城壁がなかったこと、水域という考え方も本来なかったこと、ユーラシアの西から東まで自我意識が強かったが、今世紀になって危うくなってきたものの、もともと日本人は自我意識が希薄だったので、心霊を持っているという自覚は淡いもので、死後は肉体から解放され、「世界霊ともいうべき広々とした心霊に還っていく」という考えを持っていたことを高橋氏は指摘した。現代において叫ばれる世界のグローバル化は人類の価値観の危機も共有されている。人類文明の再生のためには「未開の世界観」が求められると高橋氏は主張する。さらに世界じゅうにいる詩歌の国の住民が原初(未開)の世界観を持って自我意識や国家意識を超えることが有効な手段ではないかと発言する。

 「詩歌の国の住人」という考えが高橋氏のなかでどのように確信づけられたかが以下に述べられている。要約すると、古代ギリシア人は「人間は死すべきもの」という自覚に立ち、先入観なしに物事を見て表現しようとした。詩人をはじめ、あらゆる表現者が表現する生きるものの規範があると考え、古代ギリシア人はそれらを受け入れた。その例としてホメーロスの叙事詩『イーリアス』では敵味方にとらわれず、公平な態度で表現されていて、いわば「精神的には世界市民」だったといえるのではないか。しかし時としてオルペウスのごとく現実の国の住人から迫害される危険にも晒される。詩歌の国の住人の敵は現実の国にだけいるのではない。現実の国にしか属さない国民は、詩歌の国の住人から関わりを積極的に持たない限り敵とはならない。詩歌の国の住人の真の敵は、詩歌の国の住人のふりをして紛れ込んでいる贋の住人である。贋者と本物を見分けるポイントは、詩と詩人のどちらを重要と考えるかであると高橋氏はいう。もちろん詩歌の国で重要なのは詩人ではなく詩である。詩人を重視するものは、「詩人の名のもとに自分を重く見せようとする者」である。なぜなら現実の国の価値観、名誉と権力を詩歌の国に持ち込みこむからであるという。(その一例として詩歌賞の功罪を論じている。)ホメーロスをはじめ、その後裔であるピンダロス、シモーニデースなどの伝記内容の乏しさによって裏打ちされるように、詩の栄光の前で無名かつ無力でなければならない。高橋氏の論考の後半部で述べられる日本人の詩歌、物語の世界もまた、敵味方なく公平に書かれたギリシアの叙事詩『イーリアス』と同じく、『平家物語』『義経千本桜』にも敵味方を越えたものがあり、さらに人間・動物間の公平、人間・植物間の公平まで広がっているのは驚嘆されるべきである。なぜそうなりえたか。「人間始原にあった未開の世界感覚が、ユーラシアから零れた列島弧という位置にあることで、大陸文化の影響をくりかえし受けつつも、奇跡的に保たれたからではないか」と高橋氏はいう。

 以上は私なりの要約であるが、結論として高橋氏が主張しようとすることは、今後の詩歌の国の住人としてのあるべき姿であろう。明治維新によって開国した日本が、戦後の物質的反映のなかで、「いのちの儚さ」の感覚を失い、ひたすら現実の国の国民となったという。現実の国で生きることの不得手な者が逃げ込むことで詩歌の国はかろうじて維持されたが、それゆえ、詩歌の国にまで現実の国の価値観がもたらされている。そのような時に起こった巨大地震と原発事故は、我々の国土が世界にも稀有な災害列島であることを再認識し、詩歌の国の回復にはかけがえのない契機として捉え、人間を含めてすべての生命体が、「いのちの儚さ」の上に立っていることを知ることが大切であると結んでいる。

ここから、私が思う三つの問題点を挙げてみよう。

 一、人類文明再生の有効な手段の一つが未開の世界観であるということを高橋氏は主張しているが、未開や原初的という言葉から、吉本隆明氏の『アフリカ的段階について』(春秋社)で述べられているアフリカ的段階(プレ・アジア的)を思い起こした。ここでは詳細は避けるが、吉本氏のこの著書は、ヘーゲルが哲学的な歴史という観点から世界史を捉えた意義深い書物、『歴史哲学講義』(岩波文庫)に基づき、ヘーゲルの西洋一辺倒の理性主義の史観から除外された旧世界とするアフリカ的段階をプレ・アジア的段階としてアジア的段階の制度的な特徴を区別しながらも接続しようとするものである。つまり、アフリカ的段階では王の絶対的専制は住民の総体的な専制になりうるという両義性が見られるが、それらが分離され、制度、生産物の占有と、霊威の専制に分かれ固定されていった。アジア的段階では住民の奉納と引き換えに灌漑水利や軍事的な保護が王権の役割になってついてくると、吉本氏は解し、制度の根本的な相違を持ちながらもアフリカ的とアジア的は接続されているという。吉本氏の主張は、十九世紀前半のヘーゲル史観の拡張にある。「ヘーゲルが世界史の枠外に置いたアフリカ的世界はプレ・アジア的な特徴を持ちながら世界史の視野に現われてきた」ということであり、プレ・アジア的世界としてどれだけ普遍性を示すことができるかである。ヘーゲルがアフリカを世界史から取り除いた理由はアフリカの原住民は法律と神の観念がなく魔術が至上のものであるからである。自然の意識と自分の意識が区別されていないので倫理の意識が生まれていない。人間の魔術的な能力が自然現象を変えられると考えているからである。吉本氏によれば、「ヘーゲルはアフリカ的世界を野蛮や未開を残虐や残酷と結びつけ、生命の重さや人間性を軽んじている状態にあると解釈している」という。これらはヘーゲルの絶対的な近代主義から由来するものであり、外在的な文明からの視点を重要視し、内在の精神史を捨象して始めて成立する史観であった。吉本氏はこの内在の精神史を人類の母型とする。私が吉本氏の『アフリカ的段階』について述べたのは、高橋氏の、日本人の持つ未開の、あるいは原初の世界観が人類文明の再生のための有効な一つではないかという文章に触れたからである。ここで高橋氏のいう未開とアフリカ的段階が同一のものであるかはわからない。吉本氏は、アフリカ的段階は「内在の精神史からは人類の原型にゆきつく特性を象徴している」とし、「人間が天然や自然の本性のところまで下りてゆくことができる深層をしめしている」ので、「どこまで深層へ掘り下げられるかを問われている」と主張する。「日本人には伝統的に自我意識は希薄だった」と高橋氏はいうが、単純に肯定することはできない。内部での権力闘争は激しかったし、武家社会の非人間的行為を知っているからである。詩歌の世界で敵・味方間を超えた認識が生まれたのは、日本列島の位置的関係からだけでなく、仏教思想の影響が大きかったためであろう。しかし明治時代の開国から近代化が行なわれ、現在の私たちに与えた生活様式は意識できないほど西洋化されている。とうぜん世界観も西洋化の影響を受けている。アジア的段階が西洋文明を後追いすると同時に、つまり外在的に進歩を追跡することと、「アジア的」な停滞と退歩の精神史、つまり、季節ごとに反復する農耕の世界を蓄積していく社会であるという歴史概念を持つとき、「アフリカ的」段階はその母型として普遍性を持つと吉本氏はいう。ということは、私たちは西洋思考を母型としてのアフリカ的段階をアジア的段階として共有していると考えられる。このような観点から考えると、高橋氏の論旨は不明瞭であり、つきつめられる必要がある。ヘーゲルが旧世界として除外した、人類の母型である内在精神を詩人は詩作において積極的に探究すべきである。

二、日本が近代化するとともに、詩の世界にも近代化が始まった。明治十五年の「新体詩抄」から出発するのが通説である。西洋の詩が紹介され、これまでの日本の詩には思想のないことが自覚され、花鳥風月的世界からの離別を求めた。しかし江戸時代の後半には俳文や自由詩に近い形式で芭蕉や蕪村が詩と呼ばれる形式に到達していたのであるが、新体詩の運動は伝統的詩歌の世界を否定して西洋の詩に目を向けたのであり、詩の独立性が今も問題になる。

 私が詩を書き始めたのは、日本の詩歌の世界に目覚めたからではなく、十九世紀末のフランスの詩に接したからである。ボードレールやランボー、あるいはシュルレアリズムに接したからであり、高橋氏が述べるように「現実の国に生きることの不得手な者が逃げ込む」のではなかった。詩に積極的に意義を求め自ら一般的な人々が遵守する世事を踏襲することがなかったのは、詩作と生が分離することを求めなかったからである。先に挙げた詩人たちに共通するのは詩を「生の変革」と捉えていたということであろ。私自身、詩を四十年以上も書き続け、未だにこの思いは変わらずにある。現実には厳しい生活状況にあるが、「生の変革」以外に私には詩を書く理由がない。日本の古典に深く感じ入ることはあっても、詩歌の世界と現代詩の世界には断絶がある。さらに詩と詩人の関係についても高橋氏と私ではかなりの考えの相違があり、次の論点になる。

三、新批評以来、作品と作者を切り離して考えることが一般的になった。作品を読解するとき、作者の人生から解くことをしない。しかしこのことと、例えば詩人の経験的世界を無意味とすることを同次元で論じてはならない。詩と詩人の生き方はぴたり重なることはない。だからといって詩人の現実の生は無視してもよいということにはならない。「詩歌の国では重要なのは詩であり、詩人ではない」と高橋氏は主張する。そのことに異論はない。さらに、「詩よりも詩人を重視する者は、詩人の名のもとに自分を重く見せようとする者でいかに詩歌の国の住民のふりをしようと現実の国の国民でしかない」というが、右のような詩人はほんとうの詩人ではないのは確かであるが、ほんとうの詩はほんとうの詩人からしか生まれてこない以上、詩自身の解釈や評価とは別に詩人の生は問われねばならない。詩人のふりをしているニセ詩人はどうでもよい。ほんとうの詩人のなかには詩人像があり、その理想に向かって限りなく近づこうとするのではないか。したがって詩人の経験は重要である。手品師が胸から鳩を出現させるように詩を生み出すことはないのだ。詩人の意識と現実の相克から詩作に励むのだと思う。そのように詩人は己の生を代価にして詩を書き、死んでいくのである。詩が重要であり詩人は重要ではないということを都合よく解釈し、自己の探求から離れたところで主体から一定の距離をおいて書かれた詩が横行する現状が、詩を貧しいものにしているのではないかと私は思っているのだがどうであろうか。私の主張は、「詩の栄光の前で詩人は無名かつ無力でなければならない」という高橋氏の論旨とは矛盾しないのである。


季刊個人誌「ヒーメロス」22号、編集後記に変えて。

2012年10月22日 | 現代詩提言
「ヒーメロス」22号、編集後記に変えて。
小林稔


 詩作と理論は詩(ポエジー)における両翼である。哲学的思考が認識ではなく実
践行為と捉えられた歴史の鉱脈をさぐれば、詩作は哲学と表裏一体となる。

 哲学、神学のアナロジーにおいて「来るべき詩学」を確立させようとする私の不断の
研究課題は、ミシェル・フーコーの哲学的導きを得て、近代西欧の文学から古代ギリシア
哲学へと遡行することになった。いまだその途上にある。一方、井筒俊彦氏の著作からも
学ぶべき多くのことがあり、私はすでにその多くを読んできたのだが、彼の構想する東洋
思想の「共時的構造化」(東洋哲学を時間軸から外し、範型論的に組み替えること)の範
疇は、イスラム思想、ユダヤ思想、インド思想、仏教思想などと広範囲であり、そこから
詩学を構成するのは至難の業である。ましてや学問の自立を目指すものではなくそれら諸
々の思考から、類似的に示唆される言葉という存在形態と詩の成り立ちを考えていこうと
いうものである。私は、特に『意識の形而上学』、『意識と本質』、『神秘哲学』などの書物を
数度、年月を経て読んできた。詩が生み出される場は一詩人の「行為のレベルで獲得される
ものである」(西一知)から、広い意味での経験が求められる。したがって詩を書くには難し
い知識を必要としないという人たちも多いが、経験する一詩人の感受性に、歴史から学んだ
多くの思考形態は当然影響を与えるだろう。                          
連載エセー、井筒俊彦『意識と本質』(精神的東洋を求めて)解読、第一回より。

 詩は言葉で書かれる。言葉で始まり言葉に終わる。しかし言葉は物が存在するようにある
のではなく、物あるいは事を表出する媒体と考えられている。一詩人が言葉を用いて詩を書
くとき、それらの言葉は長い歳月の過程で、多くの人たちの手垢にまみれたものであり、彼
らの物事への思いによって少しずつ変遷をしてきたものであるから、言葉の背後には広大な
時間が広がり、彼方から引き寄せられた祖先の魂が現出する。しかも詩は一詩人の生の場に
おける経験、日常的経験世界に亀裂のように訪れるものであろう。
 連載エセー、井筒俊彦『意識と本質』(精神的東洋を求めて)解読、第二回より。

 ネットの私のブログ『ヒーメロス』では、同人雑誌評、詩集評、私の詩集の紹介などをし
ています。上記の連載は7月に始まり、適時続けられています。現在十一回目を終えていま
す。興味のある方は検索してみてください。


詩の相互批評について・詩は個を始点とし個を超えたものとして作品化されるものである

2012年06月08日 | 現代詩提言
現代詩への提言②
小林稔

詩の相互批評について
 ――詩は個を始点として個を超えたものとして作品化されるものである。

 先日、季刊詩誌『舟』147が送られてきて、ブログの同人雑誌批評に二編(木野良介「肉、それも食肉について」と日笠芙美子「水の家(6)」の、私の心に残った詩を取り上げてみたが、同誌に「舟、レアリテの会発足の覚え書」(一九七五年五月)と題された、西一知氏の記事が掲載されていた。私が日ごろ考えている詩に対する思いに共感するところがあった。そのことを要約し、その記事の最後は、「なぜ同人雑誌なのか」という問いを残して論文は終えられているので、私なりに考えをまとめてみたい。

一、詩作は文学的営為と考えられてはならない。なぜなら詩は詩が発生する場所すなわち人間の行為のレベルで獲得されるものだからである。補足するなら、詩は商業主義と別次元のところで書かれるものであると西氏は言おうとしているのではないだろうか。既成の文学的世界に執着する安易な精神とその営為に訣別すべきである。
二、美に一つの普遍的規範というものはない。そうでなければ、創造することはありえない。創造は生ある人間にとって、必要かつ最低限の行為なのだ。詩作は一つの行為であり、感受性を通して深められていかなければならない。それなしに精緻な論理的展開も批評もない。
三、詩人の行為は個の生の危機との戦いである。詩作はいまや文学のためにあるというよりも個の生の復権のためにあるべきだ。

 以上が西氏の論文の私なりの要約であり、強く共感するものである。私がこのエセーで言いたいのはここからである。つまり西氏が疑問に付して終えた、「なぜ同人雑誌でなければならないのか」ということの私の回答である。

 同人雑誌を発行する意義は何か。私はその相互批評にあると思っている。詩は一詩人を超えた領域で他者(読む者)の心に痕跡を残し共有されることで、初めて成立するものであるという信念が私にあるからである。詩を作り、同人雑誌に載せ批評を仰ぐことに同人雑誌の意義があるということは多くの人に理解されるだろう。実際はどのように相互批評がなされているかを考えたとき、私の経験から考えてみたとき、非常に無自覚になされているのではないかと思う。発表する場だけを求めて同人になる人もあろう。先に述べた、詩は個人を超え作品化されるものであるとすれば、同人たちはまず最初の他者(読む者)になりえるのだ。しかも自らに詩作をする人でもある。とうぜんのことであるが、読み手の質を問わずに他者の心に作品がどのように届いているか、どのように伝達されているかが重要である。自分の作品を自分で批評し完璧を目指すことは重要である。しかし優れた作品というのは、自分にとって未知の部分を残したものが含まれている。すべて知りつくした作品をどうして他者の目にさらす必要があろう。それは人から絶賛を求めるだけである。絶えず未知の領域に自分をさらし、他者の視線を気遣いながら、つまり活用しながら、漸近線のように不可能な完成に近づけることではないだろうか。
 詩の相互批評のあるべきかたちを具体的に述べてみよう。まずは同人雑誌の合評の仕方について考えてみよう。作品と作者を切り離し、作品を独立させ、いかに個を超えた領域に作品が到達できるのか、それにはどのような表現が使われるべきかを論じる。ここで注意しなければならないのは、一人の意見は絶対的に正しいということはないということである。自分の詩を読んだ一人の他者がいるということを知ること、その他者に対して別の他者には異なる印象があるということ、またある人の批評から別の人が学び、気づくことが起こるということを知ることが大切である。また批評する人がどのような人か、つまり批評眼があるとか、素晴らしい詩の書き手であると自分が認めている人からの批評だからと納得してしまう必要はない。作品と批評する人の無記名性がなければ充分な相互批評は成立しない。言い方を変えれば、自分の作品を棚に上げて、他者の作品を批評すべきである。それでは何を基準に論じるべきか。詩作をする人同士の批評である場合は、個を超えた領域での完成、どのような表現が他者の心に触れる表現になりえるかという一点に絞られるのではないだろうか。さまざま人たちの意見があろう。意見に対する意見などが交差する過程を経て、最終的には作者の判断に任されることになる。作者自身がさまざまな意見に対して批評する能力、つまり何を利益に活用できるかが問われるのである。では批評する他者にはどのような利益があるか。表現の問題を他者の詩を材料にして論じ、そこで普遍化される詩の概念や技術をやがて書かれるであろう己の詩に活用するのである。結果として言えることは、作者が意識できなかった自分の詩に他者による新たな発見がもたらされ、さらに深く考える契機になることが最もよい批評といえるだろう。
 ここでは同人雑誌に発表した後に行なう合評の意義について述べてみた。なぜ同人雑誌でなければならないのかという問題に相互批評の意義を挙げて論じてみたが、他の批評には別の意義があることを忘れてはならない。一方的に発表する批評や、一人の詩人の詩の根底を抉り出すまとまった批評とは批評の意義が異なるのである。

 「既成のモラルと美学への反抗、そして、いきるということが本来、あらゆる形骸化したものによる庇護を拒絶し、みずからの内なるものを顕在化するその創造行為の中にあるとするならば、詩人の行為はおのずから最も厳しい前衛性を帯びてくるであろう。」・・・「個の意識およびメンタリティの最も深い次元における『人間再生』の最前線としての苦悩と、栄光を担うことでなければならない」という西氏の言葉を肝に銘じて、詩作のみならず、あらゆる批評の根底に据えるべきであろう。

佐々木英明「若いおんなと老人」、季刊『ココア共和国』vol.92012年3月1日発行

2012年03月23日 | 現代詩提言

贈られてきた同人雑誌から

 細長の、かなり手慣れた編集でつくられた洒落た雑誌である。秋亜綺
羅氏の個人誌だが、毎回寄稿詩人の詩を掲載しているようだ。
 
 冒頭に登場する佐々木英明氏の詩について考えてみたい。
 小詩集「若いおんと老人」として九編の詩が並んでいる。
 「詩は生の変革である」と詩作を始めた私にとって、彼の詩はどのよ
うな意味を持つのであろうか。最初の詩「星の向こう」を見てみよう。

 
 しづかな
 暗い野にたって
 ぼくは星をながめてみおう
 星はぼくらのバニシング・ポイントだ
 ぼくらに知覚されてあるもの
 ぼくらに感覚されてあるもの
 また内なるできごと
 それらの交感
 すべてが
 あの星のきいろいかがやきのうちに消失する
               「星の向こう」最初の10行

 こころよい静かな語り、人を優しい気持ちにさせてしまうような詩句
が平仮名を多用し、言葉の配置を気づかいながら行分けをしているのが
わかる。つまり視覚的にも文字面の美しさを気にかけているのだ。また
朗読にも耐える詩であり、読み手はおそらく心の中で黙読しながら読み
進めていくであろう。レイモンド・カーバーの文章を思わせもする。
 
 だがそれがすべてのおわりではない
 あの星の向こう
 はるかかなたに投影されたぼくらの世界
 そこでぼくは
 ぼくらのなかからきわだってきいろく
 それでぼくは
 ここにいるぼくより少しだけしあわせだ
 未来というものが
 ここでより少しだけ手触りがよく
 ざら紙のコミック誌のように
 そこでぼくは
 ぼくらのなかからきわだってきいろく
 少しだけ
 ここにいるぼくより不自然にわらう
               「同」11行目から最終行

 星の向こうの世界は現実に感覚される世界の消滅した後の世界だから、
夢想の世界、理想化された「ぼくら」の夢見る世界であろう。人を恋し
たとき、その人へのいとおしさは詩的な世界へ羽ばたかせるものである。
もぎ取られて久しい背の羽の付け根のうずきを感じるときの、せつない
想いである。いましばらくの詩人の陶酔に読み手も酔いしれるだけなの
かもしれない。

 「ふれえないもの」という、夢見る人が現実を見つめた詩も小詩集の後半にある。

 ひとがこわい
 ひとのなかに棲んでいるものが
 めくれた皮膚から噴き出してくる
 それを見るのがこわい
 風やひかりはぼくを守ってくれない
 それがどんなに分厚くできていても
 ひとが剥き出しにされるとき
 ぼくはひとの前にひきずり出されてしまう
 生傷を 皮膚を押しつけあい
 ぎりぎりの痛みにたがいに耐えようというのだ
                 「ふれえないもの」1行目から10行目

 理想の世界から現実の世界に連れ戻されたときの、「人の内部に秘められ
たもの」とは何だろう。「生傷を 皮膚を押しつけあい」という表現に私は、
愛の究極における姿を見てしまうのである。ほんとうの愛とは、夢を見つづ
けることではなく、「剥き出しにされた」互いの自己から眼を逸らさず戦い、
肉体をぶつけ合い勝ち取られるものであると私は思うからである。
 
 残忍なよろこびに口を歪め
 それが生きることだと
 あいての目をおびやかす
 ぼくはどこにも破れたところのない
 風とひかりをまとって
 けっしてふれあうことのない
 あなたがたのまったき他人なのだ
                 「同」13行目から最終行

 このように閉じる詩人、佐々木氏はいつまでも夢を見ていたいのだ。
 表題にもなっている「若いおんなと老人」には願望から架空の物語
を紡いでいく。そこが読み手から見た彼の詩の魅力であるが、繊細で
優しい表現の詩の限界でもあろう。


現代詩のデフレスパイラル

2012年03月17日 | 現代詩提言

現代詩提言①
現代詩のデフレスパイラル
小林 稔

 現代詩のデフレスパイラルがつづいています。いくつもの詩人賞がそれに拍車をかけているようです。一般に、他の詩人を評価するとき人は自分の身の丈で選出します。選出者の詩の衰退がデフレの原因の一つといえます。我われは、かつて明治時代の新体詩において詩歌の感性を重視する文学に、西洋の思想性を取り込もうとした流れがありました。もちろん思想をそのまま表現することと詩作は同じではありませんが、最近の現代詩は広範囲な詩の領域を自ら狭くしているように思われます。詩人賞にもいくつかの流派があり、それぞれの特質が見られますが、相互の繋がりは希薄です。つまり詩の全体的な視野が考えられていないのです。出版社もまたそのような詩人たちに追従していて、独自の視点や主張が皆無です。若い詩人たちが世間の評価に影響を受けることも危惧されます。

 詩人界で高名とされる詩人たちは、無名の詩人たちに関心を示すことはなく、あったとしても自分の詩を正当化できる範囲でしか行動をしないように見受けられます。考えてみれば、彼らは詩という不確かな領域で、自ら売り込みをかけてのし上がった人たちであり、後輩の詩をとやかく言う余裕がないのです。ここでは詩の批評の不在をあらわにしていると考えてよいでしょう。俳句や短歌など書く何でも屋がいますが、詩でしかできないことをほんとうに考えているのでしょうか。詩的なものと詩を区別する必要があります。

 私は七十年代に詩を始めた人間ですが、そのころは外国の文学や思想が話題になり、普遍的な問題が俎上にあげられていました。いまはどうでしょう。そのような分野で活躍していた翻訳家や評論家、詩人の数がめっきり減ってきました。理論としての思想性のみが取りざたされ、詩作に深く反映していないという嘆かわしい現象が多く見られましたが、だからといって<先祖がえり>しても無意味です。西洋がお手本にならないとしても、西洋化した生活や思想の基盤とわが国の伝統的な特質の上に、我われの現在は成立しています。何年か前に生誕百年を記念して、ブランショの特集も組まれましたが、あまり話題になりませんでした。最近若手の評論家が現れ、現代思想と文学を論じていますが、日本の現代詩については問題にしていません。たいへん由々しき問題ではないでしょうか。

 詩は詩人の生活経験からしか生まれません。そういうと日常のささいな経験を大切にテーマとして描いていこうと考えるかもしれませんが、あるいは経験には初めから目を閉ざし、言語だけの世界に走る詩人がいますが、私が言いたいのはそれではありません。詩人という特異性を表出しようとする人間の現実体験を(現実における非現実体験を含め)私は言いたいのです。詩の思想性はそこからしか生まれようがありません。

 かつて森有正は経験が思想を生み出すことを知るために人生の時間を代価にして西洋に身を置き、考えつづけました。萩原朔太郎や金子光晴といった詩人は自らの人生を詩人としての体験に賭けたといえるでしょう。井筒俊彦は西洋思想における東洋、つまりユダヤ思想、イスラム思想、キリスト教思想における神秘主義の思想と、私たちにとっての東洋、つまりアジアの思想を共時的に解釈し、これからの世界の思想として活用しようと考えていたのです。これらはほんの一例に過ぎませんが、これからの詩人が歩むべき肥沃な大地を彼らは我われの前に残してくれたのであり、引き継いていくことが求められるでしょう。

 詩は感性と理性の両方の手綱を引いていく必要があります。もちろん詩人を走らせる力(エネルギー)は感性や本能的な感覚ですが、馬を詩(ポエジー)へ導いていく方向性を決めるのは、つまり舵取りは理性(ロゴス)の力です。しかも一人の詩人の人生のプロセスを通過して成立できるものです。しかし私はこのような特定の詩作だけに限定しようと考えているのではありません。それぞれの人生において詩作は行なわれてよいと考えます。ただ逆に狭い範囲で詩作を評価しようとする世間一般の風潮に異議を申し立てているだけです。それがデフレを招く一因ではないかと考えているのです。また、たんに自分の詩が不当な評価を受けていることの不満ではありません。私の考えがすべて正しいと考えてもいません。相互の批評を通じて、詩のあり方を考えてみたいと思っているだけです。現代詩のデフレスパイラル現象を一刻も早く止め、詩に対する世間の評価を高める方途を考えてみようとしたに過ぎません。