ヒーメロス通信


詩のプライベートレーベル「以心社」・詩人小林稔の部屋にようこそ。

「軛」小林稔・詩誌「へにあすま49号」平成27年9月10日発行

2015年09月23日 | 詩誌『へにあすま』に載せた作品

軛(くびき)

小林 稔

 

 

灼けつく陽光が射すアスファルトの上

車輪は休むことなく廻りつづける

私の身体を右に左に揺らしつづける

死体を死者にすべく神のふところに還そうとする川のほとりへ

時のつくるいくつもの陰影は

筆が曳いていった薄墨の痕跡のように

屋根の低い横並びの家家をひたひたと水が寄せている

土間の扉から顔を覗かせる少年

流れていく私に視線を貼りつけ

男たち女たちが庭に立ちつくしている

かつて時どきに見た光景が現われ重なり合い流れ

あの川岸に私が立つのはいつの刻(とき)であろう

廻りつづける車輪の上で

眠りに襲われつつ老いていく私たちの怠惰な日常

記憶がほぐれ道端に満ちあふれ

幾重に折り畳まれた時の層が透かし見えて

飛沫を上げて人人を運んでいる車輪の争奪

四方八方に往きて還る群衆ひとりひとりの異貌が迫り

大きな渦に巻き込まれ流されていく

すべての諸行、思考、他者からの残り香

すべては迂回しながらついに辿りつくその川のほとりへ

極彩色の布が軒に吊られた商店の奥の暗闇

ゆるやかに蛇行する通りは牛車とせめぎ合う群衆で増殖し

砂煙上がる中空に翼を広げそびえ立つ寺院の甍

規則的に反復する読経の波が喧噪を縫っていく

路地に踏み込めば赤や黄の花びらを敷いた石畳の不意打ち

うだるような暑さにうつつの界を夢魔が浸し始めている

赤子から老体までの時を辿る私たちのひるみない身体

白骨が箒の一振りで川に投げ入れられる石段まで

車輪は廻りつづける

 

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2015年09月21日 | お知らせ

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