ヒーメロス通信


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ランボー『地獄の季節』の三作目「地獄の夜」小林稔訳

2016年03月19日 | ランボー研究

地獄の夜

小林稔

 

 おれは毒をたっぷり一飲み飲み込んだ。おれに到来した忠告に、三たび祝福あれ! はらわたが焼ける。毒液の激しさがおれの四肢をねじ曲げ、おれの形相を醜くし、おれを打ちのめす。喉が渇いて死にそうだ、息苦しく、叫ぶこともできない。これはまさに地獄だ、永劫の苦しみだ。火が燃え上がるさまを見よ! 申し分なくおれは焼ける。どうだ、悪魔め!

 おれは善や幸福への改心と救済を垣間見た。その光景をどうしておれは描写できようか、地獄の空気は讃歌を吹き込まないのだ! 魅力ある無数の人間たち、甘美な、霊の合唱、力と平和、けだかい野心などどうして知りえようか?

 けだかい野心! 

 とはいえこれも生活だ! ―地獄の責苦に終わりがないなら! 己の手足を切りたいと願う男は地獄落ちじゃないかね? おれは地獄にいると信じる、ゆえにわれ地獄にいる。公教要理の実践だ。おれは己の洗礼の奴隷だ。両親よ、あなた方はおれの不幸を作り、あなた方の不幸も作った。あわれな無邪気さよ! ―地獄は異教徒をやっつけられない。これもまた生活なのだ。もっと後で、地獄責めの喜びはもっと深まるだろう。罪よ! 急げ、人の掟によって、おれは虚無へと落ちていきたいのだ。

 だが、黙れ、黙れ!……ここでは恥かしめられ、責められるだけだ。火は醜悪なもの、おれの怒りはぞっとするほど馬鹿げているとサタンは言う。うんざりだ!……おれに吹きかけた、さまざまな過ちである、魔術、偽物の香水、子供じみた音楽。――おれは真理をつかみ、正義を眼にしているなんて、考えてもみたまえ、おれが健全で確固たる判断力を持ち完成への用意ができているなんて……思い上がりというものだ。――おれの頭皮は干からびてしまった。主よ、憐れみたまえ! おれは怖いのだ。喉が渇く、喉が渇く、ああ少年のころよ、草よ、雨よ、小石に囲まれた湖よ、鐘塔が十二時を打つときの月の光よ。……こんな時刻に悪魔が鐘塔にいる。マリアよ、聖処女よ!……――おれの愚かさに吐き気がする。

 あそこにいるのは、おれに好意を寄せてくれた正直な魂たちではないのか……来い……口に枕が当たり、魂たちにはおれのいうことが聴こえない。あれは幽霊たちだ。それに、だれも他人に思いが及ばない。誰もおれに近づくな。確かにおれは焦げくさい臭いがする。

 幻覚は数え切れぬほどだ。いいことにおれがいつも持っていた。歴史など信じていないし、

原理も忘れた。おれは黙っていよう。詩人や幻想家たちがうらやましい。おれは千倍豊かだ、海のように吝嗇家になろう。ああ、そうだ!人生の時計はさっき止まったばかりだ。おれはもうこの世にいない。――神学は確実だ、地獄は確かに下にある。――天国は上にある。恍惚と悪夢と眠りは燃えるねぐらの中にある。悪意の印は田舎に現われる。……サタンのフェルディナンが野生の種子を持って走る。……イエスは逆立つ水の上を走ったものだ。エメラルドの波の脇腹に立つ彼を、白衣を纏い、茶色の三つ編みをした彼を、ランタンの灯りがおれたちに照らしてくれた。

 おれはすべての神秘を解き明かしてみよう。宗教の神秘、自然の神秘、死と誕生、未来、過去、宇宙開闢説、虚無を。不気味な幻影など自由自在だ。

 聞け!……

 おれにはあらゆる能力がある!ここには誰もいない、でも誰かがいる。おれはおれの宝を広げて見せたくない。――二グロの歌をお望みかね、それともオリエンタルダンスかね?おれに消えうせて欲しいかね、指輪を探しに水に飛び込んで欲しいというのかね。そうしてもらいたのか? おれは黄金も薬も作ろう。

 ならば、おれを信頼せよ、信頼は気持ちを和らげ、導き、癒してくれるぞ。みんな、来るがよい、――子どもたちもな。おれがあなたたちを慰め、あなたたちのために心を広げてやれますように、――その素晴らしい心を! 哀れな人たちよ、労働者よ!おれは祈りを望まないあなたたちがおれを信じてくれれば、おれは幸いというものだ。

 おれだけのことを考えよう。これで、おれがこの世を懐かしむわけではない。もうこれ以上に苦しむことはない。おれの生活は、心地よい狂気に過ぎなかった。無残。

 なあに、想像できる限りのあらゆるしかめっ面をしてやろうじゃないか。

 確かにおれたちはこの世の外にいる。もう物音ひとつしない。おれの触覚は消え失せた。ああ! おれの城館よ、おれのザクセン、おれの柳よ、夕から夕、朝から朝、夜から夜、昼から昼の繰り返しにうんざりだ!

 怒りのために地獄に堕ち、傲りのために地獄に堕ちなければならない。――これが怠惰の地獄、まるで地獄の演奏会だ。

 おれは疲労で死にそうだ。墓だ、蛆にたかられ死んでいくのだ。なんというおぞましさ! 

サタン、とんだ食わせ者よ、おまえはおれをおまえの魅力で溶かしたいのか。やれ、やれというんだ! 熊手の一撃で、火の一滴で。

 ああ! 再び生活へ戻される! おれたちの奇形に目を向けよ。この毒、千度の呪われた口づけ! おれの弱さ、この世の残虐さ! 神よ、お願いだ、おれを隠してくれ、おれは悪い状態にいる! ――おれは隠されている、しかも隠されていない。

 火は、堕地獄の男を包み込んで燃え上がる。

 

 

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