おはようヘミングウェイ

インターネット時代の暗夜行路。一灯の前に道はない。足音の後に道ができる。

春彼岸に普茶料理、また愉しからずや

2012-03-22 | Weblog
黄檗宗寺院での春彼岸の法要に誘われた。「普茶料理も後で愉しめるわよ」が決め手となった。石階段を上って堺の豪商が寄進した山門をくぐり、さらに階段を1段ずつ踏みしめて布袋姿の弥勒菩薩と韋駄天を納めた大王殿を通り抜ける。広場の先に本殿に当たる大雄宝殿が建つ。建造から3百年を経て、建材は老成しきっている。近づくにつれ建物のあちこちに傷みが見えてくる。高い敷居を乗り越えるようにして土足で大雄宝殿に入る。土間に並べられた椅子に檀家の人たちが既に腰かけて僧侶たちの入場を待っている。彩りを抑えた素朴な造りは巨大な納屋を想わせる。本尊として祭壇に据えられた釈迦如来像の金箔の鈍い色合いが古刹の証となっている。

訪れた地は長崎市中心部にある万寿院聖福寺。本山は隠元が京都宇治に開いた萬福寺だ。参列した檀家は30人前後で年配者が多く、その8割はご婦人方だった。住職を含め6人の僧侶が入場し、読経を始めた。開け放たれた扉から暑くも寒くもない彼岸の風が入る中、木魚が響き、鈴が鳴り、銅鑼が喝を入れた。参列者の焼香があり、住職が檀家の名前を読み上げながら一族の繁栄を祈願していく。法要は30分ほどで済み、一同は住職の案内で方丈の座敷へと移動した。檀家ではないわたしはしんがりとなり、やや遅れて座敷へ入った。

朱色の丸卓は7つあり、檀家の方々が既に座っている。上座の丸卓には読経を上げた僧侶たちが輪になって雑談をしている。僧侶たちの背中合わせの丸卓に席が1つ空いていて、そこに座る。同席の女性たちから「お隣の僧侶の席の方がいいのでは」と勧められたが、「いやあ、こちらの方がいいですよ」とかしこまる。淑女たちに囲まれての普茶料理。彼岸のお楽しみはこれからだ。

麻腐(まふ)こと胡麻豆腐に箸を付ける。白胡麻を使っていて、ちょうど絹ごし豆腐然としている。ぷるるん、ぷるるんとして弾力があり、食べやすいように箸で2分割にしようとしても簡単に切り離されようとはしない。まさに精進を重ねて口に運ぶ。もぐもぐ、もぐもぐと噛んで味わう。淑女たちもぷるるんを、もぐもぐしている。余計なことは考えない。余計な体力はつけない。余計な味わいをしない。そんな禅寺にふさわしい薄味だ。おいしいという味覚が舌の上で広がっていく。この味覚はこの日並んだ料理すべてに共通していた。

巻煎(けんちん)は炒めたもやしなどを湯葉で巻いて煮たものだ。小ぶりの巻きずしの中身が、もやしにそっくり入れ替わっていると言えば分かりやすいか。これもまた、麻腐と同様に、とりわけ自己主張をするでなく、かと言って没個性でもない、食べればうまいと分かる味わい。それも大仰なうまさ、手の込んだうまさ、繊細の極みのうまさでもない。余計なことを考えずに、ひたすら素直に味わいなさいという代物である。その味わいの深さは、唇から喉元までの小さな空間が何十倍もの大きさに膨張して味覚の曼荼羅が幾重にも広がっていく。もやしで幸せな気分になれる。そんなたかだかな存在であることを自覚すべきなのかもしれない。

雲片(うんぺん)は細切り野菜に葛粉をからめて煮た料理。ゴボウ、ニンジン、レンコン、エンドウ、タケノコなどが使われている。そして百合の根も。これが一番のお気入りとなった。レンジでチンしたニンニクの柔らかさと同じだ。もちろんニンニクみたいな臭いはない。ふにゃりとした味わいは、よちよち歩きの春の温かさそのものだ。野菜、根菜が普茶料理となって体内に入ると、人格を穏やかにしてくれるのではないか。口角泡飛ばして激論したり、相手の胸倉を掴んで表に出ろと怒鳴ったりする荒ぶる気力もすっかり失せてしまうだろう。

この普茶料理を作り振る舞ったのが、法要を務めた住職だ。本山の萬福寺で典座(てんぞ)を務めた方。料理の配膳の途中で作務衣姿で座敷に姿を見せたが、相撲取りになってもいいほどの立派な体格をしている。先代が昨年急逝したため、古里に戻り後を継いだ。雲水7年、和尚6年を務め、惜しまれながら典座の身を引いた。典座が重要にして尊敬される役目であることは、隠元が著書「典座教訓」として示している。

麻腐、巻煎、雲片をはじめ普茶料理の神髄をもろもろ味わった。その味わいをより一層高めてくれたのが、同席の淑女たちだった。鉢を回しあい、味の寸評をし、お茶を入れていただき、仕上げの羊羹が薄味なのを共有する。お彼岸の宴で出会ったのは、あの世のご先祖様たちではなく、現世で料理を味わう人たちだった。味わうのは料理ばかりではなかった。いま在ること、いま過ぎ去ること、いま語り合うこと、いま聞き入ること、などなど。すべてを味わっていることを自覚する。そして自覚している自分を味わう自分が傍らにいるのに気づく。春の新芽のように、自覚は生きている間に何度も芽生えてくる。寒さを乗り越えた新緑さながらに、それはいつも区切りと始まりを教えている。

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