韓国、「GDP」1~3月期が暗示する長期停滞への恐怖
勝又壽良の経済時評
週刊東洋経済元編集長の勝又壽良
2016-05-07
韓国の一部に出ていた経済楽観論を打ち砕くGDP統計が出てきた。
1~3月期の実質成長率が、前期比0.4%増である。
四半期の伸び率を年率換算した数値は未発表だが、推定で1.5%へ大幅減速した。
前年同期比は2.7%増であるから、大きな食い違いだ。
私は、4月12日のブログで韓国の経済成長率について、次のようにコメントした。
「韓国では、2月の鉱工業生産が前月比で0.8%増加したことで楽観論が飛び出している。
確かに、2月の前記生産の増加率は、6年5カ月ぶりの高さである。
一部エコノミストが、この数字にすっかり舞い上がっている。
1月は、対前月比1.5%の減少に見舞われていたのだ。2月の増加率はその反動にすぎない。
こんな当たり前のことに気付かず、『景気底入れ説』を唱えるエコノミストは、廃業すべきだろう」。
「韓国企業は、売れない在庫をうずたかく積み上げている段階で、本格的な増産体制に入るはずがない。こうした初歩的な条件を見落として、はしゃぐのは不思議千万である。
韓国政府も、楽観論に与しているというから、この政府では韓国経済を再建できる秘策などあるはずもなかろう」。
前記の楽観論は、1~3月期のGDPが低い伸び率であった事実から、完全に覆された。
楽観論が出てきた背景を考えると、鉱工業の「生産」だけに注目しており、「在庫」水準を無視しているからだ。
まさに、素人談義の景気論であって、他国のことながら、「しっかりせよ」と発破を掛けたくなるほどである。
『中央日報』(4月26日付)は、「1~3月期のGDP0・4%増、低成長の長期化懸念」と題して、次のように伝えた。
(1)「韓国のことし1~3月期経済成長率が0.4%にとどまった。
過去3期ぶりの最低値で、低成長の長期化が懸念されている。
韓国銀行が4月26日に発表した『実質国内総生産(GDP)速報値』によると、1~3月期のGDPは371兆8450億ウォン(約36兆円、季節調整系列基準)だ。
前期比0.4%増にとどまった。これに伴い、GDP成長率は昨年10~12月期0.7%に続き2期連続0%台を記録した」。
前期比増加率0.4%から年率の成長率を換算すると1.5%見当に落ち込んでいる。
先進国のGDP統計では、前期比の伸び率を年率換算して発表している。
「前年同期比」の伸び率を発表しているのは、この韓国や中国などの後発国が目立っている。
本来は、四半期増加率を年率換算して「瞬間風速」を発表するのが通例だ。中韓はその意味で、遅れている。
(2)「1~3月期の成長率は中東呼吸器症候群(MERS)事態の衝撃が大きかった昨年4~6月期(0.4%)と同じだ。
昨年同期に対することし1~3月期の成長率は2.7%と集計された。
1~3月期成長率が低調なのは内需と輸出が予想に比べ大きく振るわなかったためだ。
このような基調が続く場合、政府が当初目標として掲げていた3%成長の達成は厳しくなるものと予想される。
韓国銀行は4月19日、ことしの成長率見通しを3%から2.8%に下方修正していた」。
1~3月期成長率が低調なのは、内需(投資・消費)と輸出が振るわなかった結果である。
中東呼吸器症候群(MERS)事態の衝撃が大きかった昨年4~6月期(0.4%)と同じであることに、ショックを受けている。
投資・消費・輸出の三大需要項目が、揃って不振であるのだ。
これでは、韓国経済の「逃げ場」がないに等しく、まさに韓国経済が「衰弱過程」に入っている感じを強くする。
『中央日報』(4月25日付)は、「韓国経済はすでに長期低成長に突入ー韓国経済の専門家7割が判断」と題して、次のように伝えた。
(3)「韓国経済の専門家の70%は、韓国経済がすでに長期低成長に突入したと判断し、低成長の最も大きな原因として経済体力の根本的な弱体化を指摘した。
韓国の全国経済人連合会は韓国経済専門家61人を対象に4月7~15日、『韓国経済の現状評価および対策』についてアンケート調査を行い、その結果を公開した。
この調査結果によれば、韓国経済が長期低成長に突入したと答えた韓国経済専門家が70%に達した。
『近い将来に陥る可能性がある』という回答まで含めれば長期低成長を指摘した専門家が96.7%である」。
韓国経済の専門家の70%は、韓国経済がすでに長期停滞局面に入っていると判断している。
これに、近い将来に陥る可能性があると見る専門家を加えると、実に、96.7%のエコノミストが韓国経済の長期低成長を予測している。
ここまで暗い予測をした背景には、4月13日の韓国総選挙の与野党逆転が響いている。
野党の「共に民主党」が第1党になった以上、韓国国会では経済改革法案が棚上げされる危険性を強めている。
国会は空転して、何一つ解決できない「半身不随」が予想される。
(4)「調査の質問に答えた経済専門家の80%が『経済体力の根本的な弱体化』を韓国経済低成長の最大原因として選んだ。
また90.2%の専門家は、世界景気が回復しても韓国経済が例年のような成長を回復できないと答えた。
ソン・ウォングン全経連経済本部長は、
『経済体質の改善のゴールデンタイムが事実上8カ月しか残っていない』として、
『金利の引き下げや拡大制定などの短期対策だけでは力不足で、根本的に新産業と新市場を創り出して労働改革など構造改革を支障なく成し遂げなければならない』と話した」。
経済専門家の80%が「経済体力の根本的な弱体化」を上げたという。
「経済体力の弱体化」とは、具体的に何を指しているのか。それは、債務の増加であろう。
韓国全体の抱える債務総額は、対GDP比で286%(昨年4~6月期、マッキンゼー国際研究所調べ)にも及んでいる。
韓国経済は土台が蟻に食われているのだ。
すでにこの1~3月期でGDPは年率換算1.5%増に縮小している。
相対的に見た債務総額の対GDP比は、増え続けているはずだ。
韓国経済にとって長期的に必要な政策は、構造改革である。
財政金融政策は、短期的なカンフル剤でしかない。
一刻も早く、4大改革法案を審議することである。
妥協も必要であろう。来秋の大統領選挙を有利にする。
こういう党利党略を排して、「国家的な危機」を救う。
韓国国会が、この「正論」を聞き入れる「理性」を持っているだろうか。それが疑問なのだ。
『韓国経済新聞』(4月22日付)は、コラム「経済立て直しが最優先という命令」を掲載した。
筆者は、オ・ジョングン建国大特任教授・韓国経済研究院招聘研究委員である。
この記事では、先の総選挙の公約を踏まえて分析すると、野党は中道左派的な傾向。
与党も右派でなく中道派に位置している。
韓国経済の実態が危機的な状況を示す中で、中道左派ないし中道派的な政策では効果が上がらないと指摘する。
この際、痛みを伴う構造改革へ踏み出さないと、韓国経済は立ち直れないと警告するのだ。
私はここで、1997年の英労働党が総選挙で大勝した時の柔軟政策を思い出す。詳細は後で触れる。
(5)「第20代国会の経済性向は中道左派に分類できる。
今回の選挙で議員を輩出した4つの政党の経済公約を分析し、当選者の数で加重平均した結果、中道左派性向が目立つことが分かった。
『共に民主党』と『国民の党』は中道左派政党で、『正義党』は左派政党に分類された。
この3つの政党は経済民主化、雇用割当、社会的経済基本法の制定、法人税引き上げ、大きな政府、普遍的な福祉など反市場的な経済政策を主な公約に掲げた」。
野党が中道左派であることは致し方ない。
労働者や弱者一般に寄り添う立場が政党樹立の理由でもあるからだ。
ただ、韓国経済が危機的な様相を呈し始めた現在、経済政策は短期的視点から長期的視点(構造改革論)への視野の広さも求められる。
英国労働党の理論指導者アンソニー・ギデンズは、それまでの彼の主張を『第三の道』(1998年)にまとめた。
「市場主義と社会の安定は両立する」という内容だ。
労働党の政権復帰を実現させた注目の書である。
中道左派が、保守派に妥協可能という理論的な内容である。
これによって、労働党は保守党のサッチャー・リズムを引き継いだのだ。
韓国でも、この「第三の道」が実現できないはずがあるまい。
イデオロギーにこだわらず、現実の韓国経済を直視すべきであろう。
多分、「感情8割、理性2割」の韓国のことだ。英国と同じ「離れ業」は不可能であろう。
(6)「驚くのは、与党『セヌリ党』が右派や中道右派でもなく中道派に分類された点だ。
経済民主化が重要なイシューとして台頭した後に表れた政治構造の変化に基づくものとみられる。
今回の総選挙で『セヌリ党』は
雇用中心成長、新成長動力の育成、労働改革、規制フリーゾーン導入など右派-中道右派的な公約を出したが、
同時に社会的企業の活性化、最低賃金引き上げなど中道左派的な政策はもちろん、
大・中小企業の成果共有制の拡大、高校無償教育の拡大など左派的な政策も公約に含めた」。
選挙は勝たねばならない。そのためには、有権者に口当たりの良いことを公約する。
だが、政権運営の立場に立つ「セヌリ党」は、韓国経済の将来に対して、最大の責任を追う立場である。
第2党に転落はしたが、政権を握っていることに変わりない。構造改革への熱意を捨ててはならない。
(7)「韓国経済は長期低迷である。
実質的な青年失業者が150万人、3年間にわたり営業利益で利子も返せない『ゾンビ企業』が15%にのぼる。
30大グループも系列会社1050社のうち完全資本蚕食の80社などおよそ3分の1が財務危険状態にある。
対外環境も韓国経済に親和性が薄い。
中国経済はハードランディングの可能性が高まっている。
欧州と日本は量的緩和を続けなければならない状況であり、米国も回復傾向が弱まっている。
韓国の輸出増加率が16カ月連続でマイナスとなっている背景だ。
主力産業は赤字が数兆ウォンずつ増え、構造改革が焦眉の課題に浮上した」。
中道左派の政策を実行するには、まず経済的な基盤を強固にしなければならない。
これが、『第3の道』が示唆するところでもある。
前記のギデンズは、「イデオロギーは社会の動き次第で右にも左にも変わりうる」と指摘した。
つまり、固定的なイデオロギーを振り回さず、現実の動きと調整する必要性を説いているのだ。
この柔軟性が生まれれば、立脚点は維持してもその実行手段については、弾力的な手法が発見されるはずだ。
ただ、韓国国会にそのような柔軟性があるとも思えない。
もし、柔軟な動きをするならば、韓国政治は、大きく飛躍したという評価になるだろうが、現状はそのような期待を持たせない。
(8)「こうした中で登場した中道左派国会が構造改革、労働改革、経済活性化よりも雇用割当、経済民主化を推進しようとすれば、
構造改革がゆがみ、企業問題が金融問題に移り、外国資金の離脱による金融危機の可能性が高まる。
さらに2017年の大統領選挙政局を控えて極限対決に向かう場合、1997年の通貨危機状況を迎えるかもしれない。
ムーディーズやフィッチなど国際格付け機関が韓国の格付け見通しを否定的に修正するなど危機の可能性を警告し始めた」。
「反日」運動に憂き身をやつしてきた韓国社会の実態を見れば、論理的に飛躍発展する希望は、限りなくゼロに近い。
日本のように、戦時中は「鬼畜米英」と叫んでいたが、敗戦後は「親英米」に切り替わった。
それは、「感情」を抑えて「理性」で英米関係との再構築を図ったものだ。
日露戦争当時の日本は、「親英米」の急先鋒であった。
歴史の歯車が逆回転して、1920年代以降、味方から敵側に変わった。
敗戦で日本人の目が冷め、現在は同じ価値観に立脚して親英米国家になっている。
韓国政治に、日本のような大転換ができるであろうか。
感情による対立から、理性を基盤にする妥協が成立すれば、
韓国経済再建に希望が持てるが、さてどうなるか。
予断は許さないと思う。
(2016年5月7日)
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