法律の周辺

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公務の執行から排除する必要性について

2007-12-16 20:24:57 | Weblog
asahi.com 元郵便職員,失職「妥当」 学生時代に反戦デモ 最高裁

 社会のマス目におさまり,平穏無事に暮らしていた男性が,ある日,27年前の犯罪歴を通報されてしまった。結果,昭和48年12月22日付けで失職。この日は有罪判決が確定した日であった。なるほど,国家公務員法第76条には「職員が第三十八条各号の一に該当するに至つたときは,人事院規則に定める場合を除いては,当然失職する。」とある。本件は,雇用契約上の地位確認等を求める訴訟である。

さて,27年の長きにわたって勤務してきた男性を失職させることは信義則に反し権利の濫用に当たるとの主張に関し,第一小法廷は次のように判示。

 しかしながら,前記事実関係等によれば,上告人が失職事由の発生後も長年にわたりA郵便局において郵便集配業務に従事してきたのは,上告人が禁錮以上の刑に処せられたという失職事由の発生を明らかにせず,そのためA郵便局長においてその事実を知ることがなかったからである。上告人は,失職事由発生の事実を隠し通して事実上勤務を継続し,給与の支給を受け続けていたものにすぎず,仮に,上告人において定年まで勤務することができるとの期待を抱いたとしても,そのような期待が法的保護に値するものとはいえない。このことに加え,上告人が該当した国家公務員法38条2号の欠格事由を定める規定が,この事由を看過してされた任用を法律上当然に無効とするような公益的な要請に基づく強行規定であることなどにかんがみると,被上告人郵便事業株式会社において上告人の失職を主張することが信義則に反し権利の濫用に当たるものということはできない。また,上告人が失職事由の発生後に競争試験又は選考を経たとの主張立証もなく,上告人が上記のとおり事実上勤務を続けてきたことをもって新たな任用関係ないし雇用関係が形成されたものとみることもできない。以上と同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。論旨はいずれも採用することができない。

この点,泉裁判官は反対意見の中で「無効の要件を具備した瑕疵ある行政行為であっても,長年にわたり維持・継続されることによって,それを無効とすることが相手方の信頼を裏切り,法律生活の安定を害するとか,社会公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある場合があるところ,それを無効とすることの公益上の必要性が低下し,一方で,相手方の信頼を保護し,法律生活の安定を図る必要性が著しく増大している場合にあっては,信義則,権利濫用禁止の法理に照らし,行政庁において当該行政行為の無効を主張することが許されないと解する余地がある」とし,次のように述べる。

 国家公務員法76条及び38条2号は,禁錮以上の刑に処せられた者が国家公務員として公務に従事する場合には,その者の公務に対する国民の信頼が損なわれるのみならず,国の公務一般に対する国民の信頼も損なわれるおそれがあるため,このような者を公務の執行から排除することにより公務に対する信頼を確保することを目的としている(最高裁昭和62年(行ツ)第119号平成元年1月17日第三小法廷判決・裁判集民事156号1頁参照)。しかし,上告人が欠格条項に該当しなくなってから約25年も郵政事務官として勤務を継続したという事実は,上告人の公務に対する国民の信頼を回復するに十分なものであり,上告人を公務の執行から排除すべき必要性は消失している。一方,上告人は,本件有罪判決を当局に申告しなかったことで責められる点があったとしても,刑の言渡しの失効後も四半世紀にわたり郵政事務官として無事勤務を続けたことにより,60歳の定年まで勤務することができるものと期待したとしても,無理からぬものがあるというべく,一般に転職の困難な50歳に達した段階で,退職手当の支給もなく,上告人から郵政事務官の身分を奪うことは,上告人の上記期待を裏切り,職業の保持,生計の維持,法律生活の安定の面で過大な不利益を課するものである。以上に加え,上告人の公務執行妨害罪の行為が郵政事務官に任用される前のものであることや,上告人の業務が現業の郵便集配業務であることを考慮すると,信義則,権利濫用禁止の法理に照らし,A郵便局長は,失職の人事異動通知書を交付した平成12年11月13日の時点においては,上告人の任用を継続した行為が無効であって,上告人が郵政事務官の地位を失っているものと取り扱うことは,もはや許されないものと解するのが相当である。

泉裁判官は,国家公務員法76条及び38条2号の趣旨から,更に,公務の執行から排除する必要性にまで踏み込んで検討している。
裁判所HPの泉裁判官の「裁判官としての心構え」には,「「事件を法で裁かず,事件を事件で裁け」という先輩の教訓に従い,法律を形式的に適用しただけの判断ではなく,その事件に最もふさわしい解決策を見つけるように心がけたいと思います。」とある。

判例検索システム 平成19年12月13日 地位確認等請求事件


日本国憲法の関連条文

第十三条  すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする。

第十四条  すべて国民は,法の下に平等であつて,人種,信条,性別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない。
2  華族その他の貴族の制度は,これを認めない。
3  栄誉,勲章その他の栄典の授与は,いかなる特権も伴はない。栄典の授与は,現にこれを有し,又は将来これを受ける者の一代に限り,その効力を有する。

国家公務員法の関連条文

(この法律の目的及び効力)
第一条  この法律は,国家公務員たる職員について適用すべき各般の根本基準(職員の福祉及び利益を保護するための適切な措置を含む。)を確立し,職員がその職務の遂行に当り,最大の能率を発揮し得るように,民主的な方法で,選択され,且つ,指導さるべきことを定め,以て国民に対し,公務の民主的且つ能率的な運営を保障することを目的とする。
2  この法律は,もつぱら日本国憲法第七十三条 にいう官吏に関する事務を掌理する基準を定めるものである。
3  何人も,故意に,この法律又はこの法律に基づく命令に違反し,又は違反を企て若しくは共謀してはならない。又,何人も,故意に,この法律又はこの法律に基づく命令の施行に関し,虚偽行為をなし,若しくはなそうと企て,又はその施行を妨げてはならない。
4  この法律のある規定が,効力を失い,又はその適用が無効とされても,この法律の他の規定又は他の関係における適用は,その影響を受けることがない。
5  この法律の規定が,従前の法律又はこれに基く法令と矛盾し又はてい触する場合には,この法律の規定が,優先する。

(欠格条項)
第三十八条  次の各号のいずれかに該当する者は,人事院規則の定める場合を除くほか,官職に就く能力を有しない。
一  成年被後見人又は被保佐人
二  禁錮以上の刑に処せられ,その執行を終わるまで又は執行を受けることがなくなるまでの者
三  懲戒免職の処分を受け,当該処分の日から二年を経過しない者
四  人事院の人事官又は事務総長の職にあつて,第百九条から第百十一条までに規定する罪を犯し刑に処せられた者
五  日本国憲法 施行の日以後において,日本国憲法 又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを主張する政党その他の団体を結成し,又はこれに加入した者

(欠格による失職)
第七十六条  職員が第三十八条各号の一に該当するに至つたときは,人事院規則に定める場合を除いては,当然失職する。

(服務の根本基準)
第九十六条  すべて職員は,国民全体の奉仕者として,公共の利益のために勤務し,且つ,職務の遂行に当つては,全力を挙げてこれに専念しなければならない。
2  前項に規定する根本基準の実施に関し必要な事項は,この法律又は国家公務員倫理法 に定めるものを除いては,人事院規則でこれを定める。

(信用失墜行為の禁止)
第九十九条  職員は,その官職の信用を傷つけ,又は官職全体の不名誉となるような行為をしてはならない。

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