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はまっているあれこれ
(今はFTISLAND、いろいろ)

地獄言葉と天国言葉、愛と神様について

2010年08月24日 | 
斉藤一人さんやそのお弟子さんの本を読み、天国言葉と地獄言葉という、区別を知りました。天国言葉は、「ついてる」「うれしい」「楽しい」「感謝します」「幸せ」「許します」など、ワクワク楽しい気持ちになれる言葉。地獄言葉は、「ついてない」「不平・不満」「グチ・泣き言」「悪口・文句」「心配ごと」「許せない」など、気が滅入ってしまうような言葉だそうです。

そのとき私の符牒が合いました。

以前、トルストイの「人はなんで生きるか」という短編を読んだことがあります。かいつまんで説明すると、神様の言いつけにそむき、地上に落とされた天使が、人の愛について学ぶ不思議な物語です。

素裸で冬の街に落とされた天使は、貧しい靴職人に助けられます。靴職人は、このとき、未払いの代金を受け取れず、必要なものも買えずに不平不満をこぼしていたのです。天使はこの様子を、死相の現われた死人のような顔と表現していました。気が変わって、この天使を助ける気持ちになった靴職人に天使は、神様の姿を見ます。

その後、自分の外套を着せた天使を家に連れてきた靴職人に、その妻は怒ります。天使は、その様子をおそろしい形相と死の息をもらしていると描写していました。やがて靴職人に神様を思い出せと言われた妻は、優しい気持ちを思い出し、この天使に食事を与えたり面倒をみたりします。天使は、その妻にも神様の姿を見るのです。

不思議な物語はまだ続きますが、死相とか死のにおいなど、これは地獄言葉の描写だと気がつきました。

そして、時代や国が変わっても、形を変えて、普遍の同じテーマが語られている不思議さを感じたのでした。

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