種から芽が出て花が咲き

はまっているあれこれ
(今はFTISLAND、いろいろ)

稼ぐ話力

2015年02月10日 | 和のこと 日本
稼ぐ話力 相手を腹落ちさせるプレゼンテーション術
勝間和代
毎日新聞社


一言でいうと、豊富な事例の紹介をちりばめながら、著者が掴んだ伝える力、プレゼンテーション力を高めるコツ満載な本です。

詳しくは著書を読んでいただくとして、私が面白かったところを紹介してみます。

英語では、優しい言葉をsmall words、難しい言葉をbig wordsと言います。P88 引用

この文章を読んだとき、そんなことは著書に書いてないのですが、日本語では、仮名はsmall words、漢字は漢字であるだけで、すでにbig wordsと言えるのではないかと思いました。漢字の組み合わせの熟語でさらに大きな概念を表現できるし、理解もできるのではないかと日本語に対する理解が深まりました。私は日本語にある種の関心があり、私のアンテナに引っかかってきたところの一つでした。どこにアンテナがあるのかは、私も自分ですべてわかっていないので、自分自身の興味に気がついて面白いのです。

この本でもう一つひっかかったところは、章ごとにこの章で伝えたいまとめのようなページがあるといいなということ。ポイントの項目があるのですが、最初のポイントは何だっけと何度も行きつ戻りつを繰り返してしまいました。で、繰り返し読んでいるうちに、目次こそその役目を担っていることに気がつきましたが、もう少し読者に親切な作りでもよいのかなと思いました。その章のまとめを用意してくれている親切な本が最近は多いので、気になっただけかもしれません。読者に親切というよりは、読者に迎合しているサービス過剰な本を私がよく読んでいるというだけかもしれないけれども。


ドラマに見る現代韓国の食事情 「100年の花嫁」

2015年02月08日 | 韓流
ひさしぶりに韓国ドラマを観ました。イ・ホンギ主演の韓国ドラマ「100年の花嫁」です。

一言でいうと、日本で韓流ブームを起こした「冬のソナタ」のような、韓国ドラマらしい韓国ドラマでした。

男女の出会いがあって、トラブルを解決しながら、男女の仲がうまく行きそうかと思いきや、秘密かトラブルがまた起きて、いったん離れ離れになり、お互いの想いを確かめて、ようやくうまくいくかと思ったら、それを阻むトラブルでいよいよ別れ別れになり、時間が経ったのち再会してハッピーエンドという流れ。

私が熱心に韓国ドラマを観ていた時期は、2005年あたりです。それから10年弱経って、韓国が変わってきたなあと思う場面がありました。

それは食事の場面です。韓国ドラマでは、食事の場面がたくさん出てきます。このドラマ「100年の花嫁」にもたくさん食事場面がありました。

ある場面では、主人公の女性が、即席のチャーハンを一人分ずつお皿に盛ってサーブしていました。セレブという役柄だったからでしょうか。日本では一人分ずつお皿に盛るのは当たり前のことですが、韓国の2005年頃の青春ドラマだと、チャーハンはお皿に分けるのではなく、作った鍋そのままかあるいはボールのような器で、二人でそれをスプーンでつつきあうスタイルだったと思います。

また、主人公の男性が、相手役の女性にケーキをプレゼントするシーンがあります。
たがみようこさんの著書「ソウルで新婚生活」によれば、婚家に手土産で買ったらケーキは高価なので、お姑さんに果物のほうが良かったと言われて喜ばれなかった描写がありました。当時、韓国旅行した時の私の記憶では、1ホールではなくて、1ピースのケーキの値段が、韓国料理の定食セットと同等かそれより高かった。ケーキのお土産は、日本では特別なことではないけれども、当時の韓国ではそうではなかったみたい。それが、ドラマの場面で使われるくらいに一般的になったようだと驚きました。

一方変わらないのは、鍋のスープをそれぞれのスプーンですくって口に運ぶこと。韓国の習慣だなあと思いました。日本ではない習慣なので、ドラマで目の当たりにすると、ぎょっとしてしまいます。挨拶として、「ご飯を食べたか」と尋ねることも変わっていません。1980年頃まで韓国では食事事情が悪く飢餓があったそうです。ご飯を食べたかどうかは、相手を気遣う大切な質問だったようです。

男性のプレゼントのケーキは、ホールだったので、カットするためのプラスチックのナイフが箱の中に入っていました。ドラマでは、この使い捨てナイフの柄をスプーン替わりに女性がケーキを食べ始めてしまいます。一人で食べているのをすまないと思ったのか、女性は自分が食べているナイフの柄でケーキをすくって男性の口に運んで食べさせようとするのです。男性は甘いものは好きじゃないと拒絶します。女性はそれならと持っていた焼き芋の皮をむいて、男性の口元に運びます。男性はこれを食べさせてもらったわけですが、これは素直に食べています。この後、女性は、その男性の食べかけの焼き芋を自分で食べてしまいます。ドラマの物語上はまだ恋人とは言えない時期のエピソードなので、日本のセンスでは、これはかなりすごい場面です。親密さがあふれる場面としては秀逸です。

また、ほぐした魚の身などのおかずを「食べなさい」と相手のご飯茶碗にのせてあげるのが、韓国では大きな愛情表現らしいのです。このドラマでも何度かそういう場面がありました。恋人であるはずの女性が他の男性にそれをするのを主人公の男性が目の当たりにすると、それは嫉妬の対象になるようで、面白かったです。

ちなみに、韓国ドラマではカップルが主人公なので、男の主人公、女の主人公がそれぞれいます。
日本のドラマでは、カップルのドラマであっても、男女のどちらか一方が主人公で、一方は主人公の相手役という位置づけで制作されているはずです。
「100年の花嫁」も、物語は女性が主人公で男性はその相手役のはずなのですが、オープニングのテロップでは男優の名前が先頭に表示されています。日本ではない扱いですね。

KANO~1931海の向こうの甲子園~

2015年02月07日 | 世界
戦前の日本の夏の甲子園で準優勝した、台湾の高校の実話の元に制作された映画で、観に行くのを楽しみにしていました。

映画を観てびっくりしたのは、劇中で台湾の球児たちが日本語をしゃべっていたこと。日本人の俳優も出演していましたが、台湾の若手俳優が日本語で演じているのです。日本統治時代、複数の民族と言語のあった台湾では、日本語が共通語としてコミュニケーションされていたとか。時代考証的にも正しく制作されたようです。

字幕もほとんどないので、こうなると台湾ではなく、日本の映画を観てるみたい。現代の台湾の人たちは、字幕で観たのでしょうか。

ダムの完成はもっと早かったとか、試合の流れが違うとか、いくらか脚色があるようですがとても楽しめました。
1点、勝ち進んでいくのに、試合終了後の校歌を歌うシーンがないことが気になりました。私の中では、高校の甲子園野球は、勝ったチームが校歌を歌うのが象徴のような気がしますが、映像的にはなくてもよいのかなあ。

現代でも、夏の甲子園に台湾の高校野球部を記念招待するとか、そんなことが実現したら、国際交流になって素敵だなあなんて、妄想が膨らみました。