はぎやまのりへいの日常

読書、映画、美術展、そしてキャリア教育。
好奇心と愛で書き綴ります。

Vol.36 ベンジャミン・バトン 数奇な人生

2010-01-29 19:36:11 | 映画
 僕が宿泊していた札幌のホテルは、TVの映画が無料だった。
 
 初日、2日目はクライアントと飲みに行った。最終日の3日目は約束がなかったので、一人でホテル近くの寿司屋に行き、たらふく食べて、飲んだ。どのネタも美味いが、旬のにしんと、ほてい魚の子・ごっこ真砂が特に美味かっただろうか。
 
 いい気持ちでホテルに戻り、TVをつけた。映画無料を思い出して、どんな映画があるのかリストをチェック。「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」に目がとまった。ブラピ主演で、ちょっと観たいなあと思っていた映画だ。
 ところが酔いがまわっていい気持ちなので、ベッドで寝転がって観ていたら、ウトウトと眠ってしまった。1時間少しくらいたったところで目が覚めて、そこからちゃんと観だした。そうしたら思った以上に印象的で、風呂に入ってから前半を見直した。観終わったら2時になってしまった。まあ、いいか、その前に1時間以上寝てるんだし。
 
 物語は面白いが、リアリティのないありえない話。けれど、何が良かったのか自分でも良くわからないけれど、すごく印象に残ってしまった。感動と云うのとも違うし、良くできた面白い話、という感じでもないのだけど、ぐっと心をつかまれた感じ。

 運命、ということかな。
 ベンジャミンが年齢と共に若返っていき、子供になってそれまでの記憶を失っていくのだが、最愛の恋人が母のように世話をする。そして最後は赤ちゃんになって、お婆ちゃんになった恋人デイジーの腕の中で静かな眠りにつく。その場面が頭から離れない。

 「そして彼はすべてを思い出して、眠るように息を引き取ったの」と云う彼女のセリフも心から離れない。
 たぶん、デイジーに共感したのだと思う。登場人物に自分を重ねたことで、自分の妻や子供、家族への思いが投影されて、懐かしいような、切ないような、言葉では表現できない気持ちになったのだ。

 恋人としての燃えるような激しい愛ではなくて、大きな深い慈愛とも云える愛が溢れている。
 
 例えば育ての母の無償の深い愛。根っからの善人で母性愛豊かな人なのだろう。彼女の愛は心に染みる。
 
 それから実の父の本能的な血縁に対する愛。彼は、不気味な姿で産まれたベンジャミンに驚いて無常にも実の子を捨てた親なのであるが、クールでダンディでカッコ良くて僕の好きなキャラだった。
 
 そして船長の友人としての愛。仲間として認め、認めた仲間への愛も素敵である。
 
 それから、運命の女性、デイジー。彼女の愛は恋人としての愛でありながら、それ以上のものを感じる。つまりそれは、よく分からないけれど、恋愛ではなくて、自分の家族に対する愛なのだ。そこには損得もかけひきもなくて、自分の思うがままに愛する心。
 娘が生まれて、娘の成長と共に、年齢が逆行する自分にはこの家族を幸せにすることはできないと思い、身を引くベンジャミンだったけれど、ベンジャミンとデイジーにとってはお互いの存在はスペシャルで何がどうでも最優先なのだ。
 それはうまく言葉にはできないのだけれど、僕にはわかっている。理屈ではなくて大切な人はいるのだ。

 もうすぐ、うちも結婚10年。愛情の種類は変化しているかもしれないが、それはグレードアップの変化。僕の家族は僕のすべてで、僕の人生そのものなのだ。
 この世を去るときがきたら、妻の腕の中で息を引き取りたいな、という思いが無意識に頭をよぎって、強い印象を残した映画になったのかも知れない。
 

Vol.35 人間失格

2010-01-25 15:33:33 | 文学
 今日は仕事で北海道。さっきホテルに到着したところ。なので、こんな時間にブログを。
 
 めずらしく文学を読んでいて、ついさっき電車の中で読み終えた。
 
 人間失格。
 
 映画化されると聞いて、今更ながら読んでみたくなった。家の本棚を探してみたらやっぱりあった。妻が昔読んだのかも知れないし、もしかしたら僕が中学生くらいのときに買ったのかもしれない。とにかく内容はまったく記憶にない。隣に「斜陽」が並んでいたけど、こっちも内容が思い出せない。読書感想文を書いた覚えがあるので読んだには違いないだろうけど。

 失格とは評価のこと。他人は自分が思うほど自分に関心を持っていないものだから失格なんて評価は自己評価に決まっている。
 失格のアントニムは合格?
 人間のアントニムは廃人か狂人?廃人が喜劇名刺ならば人間は悲劇名刺。
 まったく生きていこうとするエネルギーを感じないネガティブな話だ。こんな主人公がどうなろうと知ったことではないし、ドラマでもないし面白くもない。
 
 僕は結婚して子どもができてからと云うもの、ポジティブをエネルギーにしているので、映画や小説の物語も前向きなものを好んでいる。自殺する人間が書いた物語は理解できなくなってしまった。
 
 神経が繊細と云えば聞こえがいいだろう、ただ生きていくこともままならない、無責任で弱い人間が酒や薬におぼれて挫折していく。酔いどれ天使ユトリロやモジリアニを連想する。彼らには作品があり、芸術の誕生にはそういう生き方が必要だったのだろうが、その人生はキャリアカウンセラーである僕にはもはや理解不能である!

Vol.34 オーシャンズ

2010-01-24 20:30:19 | 映画
 映画「オーシャンズ」を観てきた。長男は今、動物がブーム。中でも海の生物が特に好きらしい。僕も水族館は好きで結構行っているのだけれど、魚の種類は覚えない。今日の映画でシロナガスクジラとザトウクジラとマッコウクジラを覚えた。
 青い色が本当に印象的な映画だった。大スクリーンで観るせいもあるかも知れないが、美しくて感動的だった。DVDになったら買ってもいいかな、と思った。
 
 年末には長男と二人で上野の国立科学博物館に行った。「ちょっと見てすぐ帰ろう」なんて言っていたのだけれど、とてもじゃないが簡単には見切れない。駆け足で見ても全フロア行くなら2時間は必要だ。じっくり見たら半日掛かるだろう。
 サバンナの動物や恐竜や、マッコウクジラの骨やマンモスなんかもあって迫力満点。常設でこんな展示があったなんて全然知らなかった。次男がわかるようになったらまたゆっくり来よう。
 
 そう云えば、亡くなった親父が動物好きで、よく「野生の王国」を見ていたのを思い出した。血筋もあるのかなあ。

 次男は食いしん坊で相当食べる。一通り食べると手を合わせてごちそうさまのポーズをとり、ジェスチャーでエプロンを外せと言う。そのくせちょっと歩き回るとまた僕か嫁のところにやってきて食べ物をくれと催促する。
 「ごちそうさましてからが長いんだよなあ」って実家で良く聞いた台詞だ。そして、良く食べるだけあって良く出るし、ゆるい。血筋もあるのかなあ。

Vol.33 笑顔の秘密

2010-01-18 19:16:07 | ライフ
 ホールマインドだ、右脳思考だと巷では相変わらずの脳科学ブームであるが、アンテナビンビンの僕もやっぱり脳科学ブームだ。

 ブログにも時々書いているがマインドマップにどっぷりはまっている。
 昨年秋にマインドマップ・マスターズ賞の優秀賞をいただいて益々調子に乗っている僕だ。優秀賞の賞品でiMindMapというソフトをいただき、毎日会社でデジタルなマインドマップをかいているし、自慢のマインドマップ手帳には手書きでカラフルなマインドマップをやっぱり毎日欠かさずかいている。
 
 NLPにもすごい興味を持っていて、できれば今年はNLPプラクティショナーの講座を受けたいとコツコツ貯金に励んでいる。

 NLPで云うには「脳は空白を埋めようとする」ので、無意識に課題に答えようとするのだそうだ。そして、「脳は痛みを嫌い、快楽を求める」らしい。

 週末公園でジョギングをしていて、苦しくなってきたところでああ今俺苦しい!って顔してると自覚した。
 そこで無理に笑顔を作ってみた。
 笑顔になれば「あ、今楽しいのね」と脳が勘違いして苦痛が快楽に変わるという理屈である。

 眩しいときにする顔と笑顔は似ていると伊坂幸太郎の小説の登場人物が言っていた。
 好きな人に会えるとき、人はきっと笑顔になる。
 だから好きな人は眩しく見えるのだ。
 
 真夏の海岸や白銀のゲレンデで恋に落ちやすいのは、脳が「眩しい」と「笑顔」を間違うからかも知れない、すごいことひらめいちゃったなと思いながら、たかだか2.6キロのコースを笑いながら走りきるのであった。

Vol.32 さらば目玉おやじ

2010-01-17 15:05:59 | 妖怪
 目玉おやじの声優、田の中勇さんが亡くなった。
 心からご冥福をお祈りします。
 
 春から「ゲゲゲの女房」がNHKで放映されることだし、四十七士の揃いきらなかったアニメ「ゲゲゲの鬼太郎」の復活も期待していただけに残念無念である。
 
 アニメのヒーローたちは年齢をとらないけれど、声優たちは残念ながら齢を重ねていく。ルパン三世は上手に栗貫が後継しているが次元も銭形のとっつぁんも呂律がまわっていないことがあるし、不二子ちゃんだってかなりなお婆ちゃんのはずだ。
 田の中さんは77歳だった。
 国民に愛されるロングランのアニメの声優はできればずっと替わらずににいて欲しいが、なかなかそうはいかないものだ。サザエさん一家だって結構声変わりしているし、ドラえもんだって若返った。
 目玉のおやじといえばずっと同じ田の中さんだが、主役の鬼太郎やねずみ男、猫娘は実はシリーズで結構声優は替わっている。
 
 映画の実写版のゲゲゲの鬼太郎もおそらく次回作が作られるだろう。
 おやじの声があの声でないのは興醒めだし、ましてやはまり役だったぬらりひょんの緒形拳もいない。代役候補、妖怪大戦争のぬらりひょん、清志郎だってすでにこの世にいない。
 でもお化けは死なないのだ。がんばれ鬼太郎。がんばれ水木しげる大先生。