一日置きの公益ホールと言ったのは、土曜日にこのフォーラムに行ったからで、コロナ禍の折500名収容のホールに定員200名と言う触れ込みだった。
駐車場は空きが沢山あり、ホールの中もこれは・・と思うほど空いていた。
メモする紙も携帯も忘れ、ひたすら聴くことに集中した。
江成氏は、淀みなく何時間も話せるタイプで、自らの半生記から土門拳の「ヒロシマ」に遅れること10年後、広島に入り被爆者を求めて歩いたそうだが。
土門が被爆者から話を聞いたり、写真を撮ったり出来た時代は終わり、自分との間には壁が生まれ、話を聞く以前に会うことさえままならなかったそうだ。
そこで彼は、人間から物に対象を移し、溶けたガラスや遺品に焦点を当てた。
そこで彼は、人間から物に対象を移し、溶けたガラスや遺品に焦点を当てた。
その作品が今回の酒田市美術館に展示されている。
2部は、土門拳の内弟子である藤森氏と堤氏を、財団理事長の村上氏がMCで、尋常でないリアリズムを目指す土門拳の写真を撮る様を伝えてくれた。
藤森氏は以前に講演を聞いてはいたが、お二人の話は面白かった。藤森氏が兄弟子で一年遅れで堤氏が弟子入りしたが、厳しくも大事にされているのが判った。
3部は、出演者の顔ぶれを見て、帰ろうかと思った。司会が酒田市美術館館長の石川好氏だもの。随分と赤い。
海外には行かない土門拳が、戦前(戦中か)ちうごくに渡って数枚撮っている。戦意高揚でもないし、何とも言えない写真なのだそうだが。
彼が「ヒロシマ」を撮ったのは、反戦の意味であるとは左高氏、それに同調する司会者。
土門拳は海軍の学校の様子や、従軍看護師の様子も撮しているのに、自分たちがそうだからと言って、土門拳まで一緒にすることはなかろうと思った。
戦前なら、戦争に向かう兵士をそのまま撮るのがリアリズム。
反戦の気持ちを込めて撮ったなら、忖度が働いてリアリズムにはならんだろう。とは、私の意見。
ついには、安倍元首相の国葬の話題にもなった。安倍氏は岸信介の孫であり、戦争肯定だとする。
ああ、アベガーの人達は、どうしても安倍さんが憎いのだなと感じた。
そんな嫌な想いをしながら聴いた第3部だが、思わぬ伏兵が現れる。
鶴岡からお出でになった、阿部博行氏が面白かった。鶴岡市史編纂委員をしておられるのか。
鶴岡からお出でになった、阿部博行氏が面白かった。鶴岡市史編纂委員をしておられるのか。
いつか、じっくりと彼の講演を聴いてみたい。