Sydney Yajima


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ニューイングランドの科学者の見方

2011-04-30 16:52:11 | Weblog
フェアウィンズ・アソシエーツのアーニー・ガンダーセン

爆発には二種類あるという
ひとつは、音速以内のもの
もうひとつは音速を超えるもの。

第一号機はひどい爆発だったが、煙は白く、これは水素爆発だったことが分かる。
これは音速を超えてはいない。

しかしながら、第三号機では黒い煙が垂直に上がり、しかもオレンジの光が出た。
これは音速を超えている。
そしてプルトニウムが発見されている。アモリシウムも発見されている。これらは、ウランよりも重い。
それに第三号機はより、大きな建屋のダメージが認められる。

ここで、どうして第三号機がより大きな爆発をしたのか・・・
どうも、まだよく分からないが、水素爆発という単純な理由ではなさそうだ。

これは核納庫をつきぬけて、プールにそれが入ったときに起こった爆発ではないか?
とすると、三号機にかんしてはすでに、核納庫の底は破壊されて、むきだしになった燃料棒がプールの中に入っているのではないか?
今のところ情報はないので、政府の発表を待つだけであるが、もしそうならば、今後も放射能はかなり出続けるであろう。
抑えるためには冷やさなければならないだろうが、ただ水をかけているだけでは あまり大きな効果もない
工程表が示されたが、どうなんだろう?
できるはずもないじゃないか。
なにしろむきだしの燃料棒がプール内に出ているかもしれないのである。


子供に、20ミリシーベルトの放射能・・・

2011-04-30 15:20:05 | Weblog
小佐古参与が、涙の会見をした。
「子供たちに、こんな思いをさせられない」


karinnkarinのコーヒーブレイクより抜粋させていただくと、


□嶋橋 伸之
1993年5月、静岡県労働基準局磐田署に労災申請。
実名での最初の認定。(認定2件目)。
中部電力浜岡原発勤務、 計測装置点検作業。81年3月から89年12月まで8年10ヶ月勤務して、50.63ミリシーベルト被曝。
慢性骨髄性白血病により91年10月20日死亡。29才。94年7月労災支給。

□大内 久
1999年9月30日、JCO東海事業所臨界事故。
16~20シーベルト (16,000~20,000ミリシーベルト)被曝。35歳。死亡。

□篠原 理人
同上。6~10シーベルト被曝。39歳。死亡。

□横山 豊
同上。1~4.5シーベルト被曝。54歳。生存。
JCO東海事業所臨界事故で水抜きの突撃隊が作られたが、当時、 「針が振り切れた」というのは100ミリーシーベルトを超えたことをさした。

□長尾 光明
2003年1月、福島県富岡署に労災申請
福島第一、 浜岡原発、ふげんで被曝労働。
77年10月から82年1月まで4年3ヶ月従事。70ミリシーベルト被曝。
多発性骨髄腫。2004年1月労災支給。
すべての情報開示と完全な補償を求め雇用主の石川島プラントや 東電に話し合いを申し入れたが拒否され、04年10月7日、 「原子力損害の賠償に関する法律」に基づき4400万円の損害賠償を求める裁判を東京地裁に提訴。
2007年12月死亡。82歳。2010年 2月、最高裁上告棄却。敗訴確定。

□喜友名 正(きゆな ただし)
淀川労働基準監督署に労災申請。
泊、敦賀原発など全国7ヶ所の原発で97年9月から6年4ヶ月間、 非破壊検査に従事。99.76ミリシーベルト被曝。
悪性リンパ腫により2005年3月死亡。53歳。
2005年10月、 遺族は労災を申請。2006年9月却下。2007年、不服申し立てにより厚生労働省で「りん伺」(上級官庁に伺いを立てる)決定。 2008年10月労災認定。








これらはすべて、大人の数値である。
子供が受けると、この数倍は確実だ。

政府は・・・

私たち、日本人の子供たちを、実験のモルモットにするつもりか?

外国の医師団が ショックだ、日本の政府は何を考えているのか?と強く非難している。

文部科学省・・・

ああ、私は血涙が出るほどに悔しい。
大切な かわいらしい子供たちを、あなたたちは、殺すつもりなのか?

世界の医師・・・といってもアメリカだが、彼らは、おおむねこのように考えている・・・

レベル 7の環境破壊のなかで、真剣にこの チェルノブイリ以来、25年ぶりに起こった 最悪の状況のなかで、世界は日本に注目している。そのなかで、子供たちを日本の大人が、どういうふうに扱うのか、日本の従順な国民をどのように、扱うのか、情報をどのように開示するのかに注目している。
世界は、アメリカを中心に、公共の健康、そして、かつてのソビエト連邦の失敗を繰り返さないために、何をしていくべきなのか、環境をどのように整えていくべきか、安全と安心をどのように地域住民が享受できるようにするべきかを、科学的なアプローチおよび、社会的責任として、考えていくべきである。

この、25年ぶりに起こったレベル7の事故を、収束させるためには、重要なこととして、まずは、チェルノブイリに比べてどの程度現在の状況が深刻なのかを、第三者的な立場で、経済、健康、地域、などのそれぞれに分けて、注目しなければならない。

また、事故の起こった我々日本としては、今後の世界の起こりうる事故への警告およびそのために伝えられる情報を、きちんと管理し、そして、発表するべき義務もある。

長い期間で、、この激しく汚染された場所は、どうなるのかについても、長期でその変化を見ていかなければならない。
まだまだ分からないことが多い。
健康の影響などは、とてもわかりにくい。
なぜなら、すぐには出ないからだ。

しかし、確実に影響があるので、単純に、今なにも影響が無いからと言って、放り出すことはできない。
また、各個人によって、どのくらい放射能を受けたのかということも、分からないので、詳しく患者の状況を把握することは難しい。

例えば、50人の福島の労働者も正確には、影響についての情報が無い。なぜなら、本人たちが、きちんとした数値管理を受けていない恐れがあるからだ。

被爆には、安全と言うことは、ありえないことは世界的に明らかだという視点は不可欠で、そこから立って、人類の未来への警告として健康の影響を未来に渡って、調べていくこと、そして、子孫への遺伝子の影響を、きちんと何世代にもわたって、調査を続けていくことは重要である。

アメリカにとっては、チェルノブイリの患者たちは非常に興味深い サンプルとして今も、調査対象になっているが、今回の福島もまた、同じように興味深いサンプルとなるであろう。
このようなサンプル(検体)が得られることは稀なことなので、今後も、著差を続けていくことに、医師団は、意義を感じている。

しかし、大事な教訓は、ここで彼らが訴えるのは、アメリカでも起こりうるこの現実を突きつけられたということが一つ目。
そして、次に考えなければならないのは、廃棄物の行方をどうするのかということだ。これは、政治的に解決しなければならない。
例えばコンクリートで囲んでも、放射能は出続けるので、簡単には、解決しない。

アメリカにも30以上の似たデザインのものがあり、それらの火災の影響や、爆発の可能性は、考えなければならない。
今までの対応では十分でないことは確かだ。
そこで、期間を決めて、今後、どう対応するかをしなければならない。

逃避プランも今後は、住民を守るために大事な教訓となった。
放射能の影響も、福島第一プラントの周囲では、ほとんどの土地のサンプルも、少なめに出されていたり、あるいは、50キロメートル先のほうではあまりきちんと計られていなかったりする。これは 心理学的に考えれば、政府と、東電の優先することが、まずは保身であったことと、無関係ではないだろう。多くのデータを出さなかったり、あるいは、逃避プランの遅れていることなども、同じく、そういう意味では、社会心理学的には興味のある状況であり、それを、いかに最小限に被害を抑えるかというリスク管理よりも、さまざまなガイドラインを優先させて、そのガイドライン・・・・同心半径によって避難する住民としない住民を分けたりという自然環境を無視した対応などが行われたりもするため、高い放射能の影響を風下であったために、示しているエリアの人々がそのままであったりする。長い期間で言えば結局は、それらの地域を放置しておいたら、より国にとっては大きな損失となるにもかかわらず、現在の対応を優先するがために、彼らを犠牲にしてしまうのである。それが何百万人にも後々に影響を与えることになるだろう。全体のプロセスとして考えると、長い期間では、大惨事になることが、確実視されており、科学的な立場で、水と食料について公共の健康について考えるべきときであるのに、セーフレベルを引き上げガンのリスクを引き上げる行動が取られている。
このままで行けば、今後ガンは、100人に一人のガンにかかる確率が3人に増えたとしたら、100万人に対して3万人に増えることになる。これは 大人のリスクだ。安全だと政府は言う。だが、これは残念ながら、嘘である。被爆には、安全なレベルなど、絶対にありえないのだ。100%のリスクがあるのである。安全なレベルなど、世界中に存在しない。これはきちんと理解しなければならない。
ショックな現状は子供は、より影響を受けやすい。
子供に20ミリシーベルトをあたえると500人に一人の子供がガンになることを示している。つまり、この地域で言えば、200人の子供がガンになるということだ。
また、様々な形で身体に取り込まれた放射能は、様々な影響を与えるであろう。
また向こう200年にわたって何度もこの影響は遺伝子を伝って出てくるであろう。
どれほど危険なことかを理解していれば、今しなければならないのは、直ぐにこの場所から離れるであろう。
健康を守ることは大事だ。こんなことは、アメリカで決して起こってはいけないことだ。
今後、クリーン エネルギーをアメリカは開発し、もう原発を作ることをしてはいけない。
私たちは、この福島の結果がどうなるか、
ほぼ確実に分かっている。どれほど、完璧だと思ったデザインであろうとも、完璧とは程遠いということを今回の事故は証明して見せた。

一体、どのくらいの人間が、今後死ぬことになるのか?
これは、日本の政府が、さまざまに公共に与える影響を考えて、わざと間違った情報を流していると考えられる。さらにそれが大きな被害を与えることになることは想像できるが、多くのことがはっきりしていない上に、どのくらいの人が、今その地域にいるのかも津波の後ではっきりわからないため、具体的な数値を出すことは不可能だ。
日本政府は、家の中にいるようになどということを発表している。
政府としては、影響が大きくなることと、健康被害が拡大することのジレンマのなかにいるのであろう。

一体どのくらいのレベルまでに被爆ならば大丈夫なのか?
はっきりとは言えない。なぜなら個人差があるからである。だが、100%のガンのリスクがあるのは、セシウム137がもっとも多いだろう。しかし、どのくらいの人間がどのタイプの放射能を浴びてそして、統計を取ると言うこと自体難しい。広島 長崎の古い観察記録があるだけで、それだけで、研究の対象とするには あるいは結論をつけるのは無理がある。この難しさの中で、一番はっきり言えることは、まず、最小限にとどめる努力をするべきだということだ。
放射能は、チェルノブイリでは、広い地域で離れていても影響のある人はあったと思える。

レントゲンを妊婦にしないことは、常識だが、それは、影響を減らすためである。
医学の世界では、影響を減らすために様々に工夫してどれだけ放射能の影響を減らすかということに腐心している。
しかも放射能は、蓄積されてくるので、土地から出てくる放射能、海から出てくる放射能など、環境にどのくらいの放射能が含まれているかを福島で考えることは、いますぐに始めなければならない検証であるはずだ。

福島の放射能の影響は、世界にとってどのくらいの影響があるかというシュミレーションは、まだはっきり実は分かっていない。ひとつには、福島からの情報が、日本の政府どおりなのか、あるいはもっとほかに漏れている(放射能が)あるのか、それが例えば今の発表の10倍もあるのかどうかも分からないので、今から予測することは難しい。
現実には向こう二週間の様子を見なければならないだろう。

放射能の計測地にばらつきがあるのはなぜか?
日本の社会は、様々な計測地があるが、どれが信用できるのかはもうひとつはっきりしない。1メートルの高さが普通なのだが、どの時間軸でレポートされたものか、何キロ離れているのか、あるいは、風向き、細かいディテールなどが同時に発表されているものは無いので、判断が出来ないのが現実である。


幽霊に脅えるな

2011-04-30 10:39:14 | フリーメーソン
以前、わたしはこういうことを書いた。

かつて、日本に住んでいたとき、常に誰かによって、コントロールされていることを感じていた。と。
そして、それは、誰だかわからなかったが、しかし確実にその 集団 仮にM集団としよう。・・・によってコントロールされていると感じていた。
外国に出ることによって、その呪縛の鎖を断ち切った。
そして、フリーメーソンである私自身が、断言できることは、そのM集団は、フリーメーソンではない。
と書いた。
M集団は 何をし、どのように国民をコントロールしてきたか。
それを 買いてみたい。

彼ら、M集団は、戦後、昭和20年以降、三つのことを推し進めた。

ひとつ、テレビによる支配。
マスコミ、新聞、テレビによって、国民の意思を左右することを考えた。
大衆の意見 = 世論
つまり、その意見の集約するところ、自民党の 一党支配も可能だった。

ふたつ、スポーツ(主に野球)による支配。
国民はスポーツが好きだ。ルールは難しくない。さほど高等教育を受けていなくても、理解できる。専門用語は実に多彩であるので、ある程度 知識がなければ話せない。しかも、明るく、話題には事欠かない。特に、歌謡曲などとコラボレーションすれば、大衆の不満のはけ口となる。

三つ目 原子力による支配。
日本人には、すでに潜在的な原子力への不安がある。それは広島長崎によるものだし、また長い冷戦の間に、培われた宣伝・・・おもに、これはアメリカによる宣伝だが・・・ソビエト、中国という共産主義というとんでもなく危険な思想によって洗脳された国家が ある日日本を攻めて来るかもしれない・・・ということと、日本の枯渇エネルギー対策ということを、1970年代のエネルギーショックによって、深く広く、不安感をあおり、逆に 平和利用という謳い言葉によって、原子力発電へとなびかせた。アメリカのGE社の高額な原子力発電所を購入、入札させることもできる と同時に、徹底的な推進によって、多くの利権を得た。

と、この三つを集約すると一人の人間に行き当たるはずだ。
名前は あえて挙げない。
だが、巨人 大鵬 卵焼き
の時代に、今の日本の支配の原型が作られたというヒントで 十分なはずだ。

それでも分からなければ、警察官僚もヒントとして与えよう。
それでも分からなければ、日本武道館。
さらには、関東大震災で、「朝鮮人の暴動」というデマを流した張本人。
そいつは、こう言った。
3Sで 国民を痴呆化せよ。 3Sとは「スポーツ セックス スキャンダル」である。



そして、今も 日本人は、その幽霊によって 日本中を支配されている。
そう、あなたが もし、今 日本に住んでいたなら、毎日どこかで、間接的に彼らからのメッセージを受けていて、知らず知らずのうちに、それを実行している。

しかし、彼らの支配のタガが 徐々にゆるんできた。

今、まさに外れようとしているところだ。

インターネットによって、しかし、彼らの鎖が切れようとしている。
時代は、再び煮え始め、面白いところに きている。

東大の教授でさえ、謀反を起こし始めている。
もはや、いくら隠そうとしようとしても、すでにM集団はそのコントロールが効かなくなっている証拠がここにもある。
今まで、仕方なく、彼らに追従してきた学者先生までもが、もはや、良心の呵責に耐えかねて 真実を暴露し始めた。
マスコミは、どう伝えれば良いのか、分からず、とりあえず、小さく取り上げようとしている。
全く取り上げないわけにはいかないからだ。ざまあみろ。

ついに、時代が本当の意味で動く。
それでも、まだまだ、少なくとも、数年はかかるだろう。
だが、思ったよりも早く来た印象を 私は持っている。









言葉では言い表せない あわれ

2011-04-30 08:46:35 | Weblog
私の妻は、九州人である。
だから、どうしても九州の話題が家庭では持ち上がる。

3月12日 九州新幹線が全線開通した。
そのときのためのCMがある。

しかし、ご存知のとおり3月11日は、大震災がありこのCMは お蔵入りになってしまった。
九州全体が平和なときに、80キロで走らせた新幹線から映した ビデオだ。
多くの沿道の人が、祝福を体全体で表現している。

なぜか、3月11日の地震、津波の悲劇と、このおおよそ似つかわしくない、九州新幹線の映像の両方が私の胸に去来して、涙腺が緩むのだ。おなじ日本人として、その双方が、同時に複雑に、胸の中で交錯する感情は、言葉では言い表せない あわれ なのである。

この九州新幹線のCMを見たら、きっと あなたも何かを感じ、考えるだろう
私の言葉に出来ないところは、あなたの言葉で埋めてみてほしい。


ロイヤル ウエディング (昨日 考えていたことなど)

2011-04-30 07:47:32 | フリーメーソン
徒然に書きたい。

昨日の ロイヤル ウエディング を見た人は 世界で20億人だと推定される。と、イギリスは言っているが、それは まあ、言いたい放題の法螺である。
まあ、せいぜい 3億人程度であろう。
20億人といえば、3人に一人が あの退屈な結婚式を見ていたということになる。
テレビを持っている人が、世界に20億人いるはずもなく、世界の半分以上の人口は、電気も通っていない生活をしているので、そんなアホな数字が成り立つはずも無い。
すくなくとも、昨日、アラバマの地域は竜巻のせいで 停電になっており、東北でもまだ多くの地域が停電になっている。
アフリカにも電気の通っていないところは多く、中国の西北部には、まだ19世紀の生活水準のひとがいる。
それなのに、20億人を推定で出すのは、いかにもグレート ブリテンと言って憚らないイギリスらしい。
別に、ウィリアム王子に文句をつけているわけではないが、ウィリアム王子とキャサリンがキスをするシーンがあり、イギリス民衆がバッキンガム宮殿の鉄格子に 動物園の猿か、凶悪犯の刑務所の囚人のように、ぶら下がってみているのを、私はなかばあきれる気持ちで見ていた。

王侯諸侯いずくんぞ種にあらんや

の気持ちは、持っている。

面白かったのは、教会の内部の様々な儀式や、そのなかで使われる言葉で、そこにはフリーメーソンの儀式に使う言葉がたくさんはいっていたことぐらいだったが、これなどは、私自身がメーソンであるために、知っているかなり偏った知識である話なので、とても普遍的に おもしろいということを、多くの人と分かち合うことは難しいだろう。
こういう、ややおたくな趣味以外のところでは、昨日の結婚式は、かなり退屈な見世物であって、それが証拠に、多くの人がビデオショップでDVDをレンタルしていた。

妻は、夕方近くのディリー ストアーに買い物に行って、人が少ないのに驚いていた。
イースターが終わると、シドニーの人は、みんな大量に買い物に行き、それが一段落すると、やっと
「はあ、今年のイースターも終わったな」となる。
ご存知の方も 多いと思うが、オーストラリアでは イースター期間中には イースター ショーというのがあって、そこでは、多くの農場から、牛であったり、豚であったり 鶏であったり、時には、馬であったり・・・を持ち寄って 品評会を行う。
「おおすばらしい 豚だ。毛並みも良く、云々・・・」などと言われても、おそらく 私のフリーメーソンの知識と同様、かなり偏っていて、まったく普遍性の無い話だから、多くの人にとっては、どうでもいいことだろう。
娘は、それでも友達と出かけて行き、イースター バッグなるもの・・・日本で言えば福袋か・・・を、買ってきて、中からスヌーピーのバッグやら、傘がでてきて大喜びしていた。
およそ半数のオーストラリア人たちは、すでに、イギリス王室を支持してない。
残りの半数か ややそれに足らない人々が、ウーマンズ ディーという大衆雑誌のファンで、そういう王室のスキャンダルが好きなのである。
まずもって、サー などという称号がクィーンから与えてもらえる人は、その中の0.01%にも満たないわけだが、宝くじを買えば誰でも当たった気になって、その金の使い道を真剣に考えたりするのと同じような気持ちで、雑誌を読んで、鉄格子にぶら下がって テレビにかじりついて 喜んでいるのだから、まあ、めでたい話だ。罪は無い。 気の毒でもあるが。

ジェームズ ハーディーというメーソンの人間がいる。
彼の会社は、アスベストを作っていて、今 あっちこっちから訴えられているが、なんとか 切り抜けている。

私が思うに、東電に限らず多くの電力会社の末路も、似たような者に成り下がるだろうということだ。
電力を原子力というもので賄うことは、私の少年時代から、夢の新エネルギーとして、鉄腕アトムなどを通じて、刷り込まれてきていた。
子供のとき、交通の図鑑を持っていたが、そこにも多くの原子力自動車や、原子力船、などの挿絵があったのを記憶している。

もちろん、全部 北朝鮮の金正日を崇拝する挿絵のような 寓話であり、ありえない話ばかりであったが、心のどこかで、それらを信じていた。
信じると、そこから想像に色がつき 広がり、未来という言葉を聞くだけでそこには ユートピアが待っているような気がして、現実と乖離された、なにか素晴らしいことが待っていると思い始める。
今から思えば、
そう、今から思えば という過去の賛辞をすることになるのだが、街には多くのそういう夢を持った子供があふれて、アポロ11号の月面着陸を 小学館のボール紙でできたロケットを組み立てることで、(それは ちょうど私の身長ほどもあった) 父の日曜日を台無しにした時代、あるいは、サンダーバード アイランドを父に組み立ててもらい、バネ仕掛けのロケットが飛び出して喜んでいた時代・・・のほうが、とても幸せだったように思える。
子供のころ、私のおもちゃ箱には、そういう様々なものがいっぱい詰まっていた。
ディズニーの映画を見た後、家でもういちど絵本を見ると、感動したりしたが、今では、その当時の絵本全集は、とても貴重なものらしい。
おそらく サンダーバード アイランドも それから2号機も、貴重なものなんだろう。
でも、当時のウルトラマンや、ゾフィーも、私の古い40年前の記憶は残り、おもちゃたちは、どこかへ消えてなくなってしまった。

多分、こういうことなんだろう。
原子力発電所というおもちゃは、日本人にとっては、夢の実現であり、それを手に入れるために、多くの学者、実験室、工事費、維持費、などなどの経費をさんざんかけて、そして、それらは、散々遊んだら、どこかでつぶれるようになっており、それは、サンダーバードアイランドのロケットが割れたり、バネが効かなくなって飛ばなくなったりしたあと、プラスチックの粗大ごみになったように、コンクリートと瓦礫の粗大ごみとして、どこかへ埋め立てられる運命にあるということなのだ。

私たちはすでに 心のどこかでそれらを織り込み済みのこととしている気がする。

電気代があがり、東電の役員報酬が削減され、その削減幅が少なすぎるとさまざまな人が 文句を言う。
アメリカでは、破綻した金融機関が税金で生きながらえ、そのCEOたちが、多額のボーナスをその税金から受け取っていたなどということがあったが、それに近い話だ。
一流大学といよばれているところは、あまり 良い人を作り出さない機関らしい。
ならば、必要ないもののようにも思える。

もちろん研究も勉強も否定はしないし、一流大学が悪いと言っているのではないが、、偏った知識だけでは、人が人でなくなると思うのである。

昨日は、ウィリアム王子の結婚式から、今の日本をシドニーからみて、こんなことを考えていた。