名城公園にでかけて、都会のもみじはまだ、彩には色がつかない。黄葉の話は35年前のことになる。大きな銀杏の木を皇帝の樹と知って、たずねた古寺の大木を眺めた。西安の古観音禅寺だったか・・・イチョウを鴨脚と書くと、イチョウの漢名、鴨脚子の説明がある。その実をとれば、ぎんなん。
デジタル大辞泉の解説
いちょう〔イチヤウ〕【銀=杏/公=孫=樹/鴨=脚=樹】
[補説]江戸時代以来、語源を「一葉」と考え、歴史的仮名遣いを「いてふ」としてきたが、「鴨脚」の宋音ヤーチャオに由来するもので、「いちゃう」が正しいとする。
精選版 日本国語大辞典の解説
ぎん‐あん【銀杏】
〘名〙 =ぎんなん(銀杏)
※天正本節用集(1590)「銀杏 ギンアン」
※元和本下学集(1617)「銀杏 イチャウ ギンキャウ」
紅葉黄葉
2008年11月17日
落葉樹が葉を落とし始めた
寒くてきゅっと締まってそのたびに涸れてゆく
忙しいですね、と言われ
研究大会準備、言語コミ便り原稿、発表原稿つくりと
いくつも重なって
傍目にも見えることは
ゆとりなく
はてさて
コミュニケーションがひらく世界
秋の季節が深まって、今年は冷え込むのが早いようです。皆さん、お変わりありませんか。
錦秋の紅葉はもと黄葉であったのですが、中国からの言葉の影響は日本の風土に合わせた色になりました。かえでのあざやかな彩です。思い出話ですが、北京郊外の香山公園にもみじを見に行こうと誘われて訪ねたことがありました。
それは、少し淡い色合いでした。案内をしてくれた方がきれいな色でしょうね、といわれて、実は色がわからない、とおっしゃったのでした。中国に交換教員で派遣されて日語専家でした。
1984年の秋のこと、イチョウの木がたわわに見せる皇帝の黄色に感心していたわたしは、その色を捉えることができない友人の目を思いやりました。香山のほんのりとした暖かい色合いに人と時とを思い起こします。
クラスにいる人の数だけ国籍が違う、というコミュニケーションを外語大の別科で1978年から5年続けた、そのころ、大学教員になって、ちょうど6年目に、交換教員ででかけました。
北京語言文化大学の出国部へ日本語教育にでかけて、コミュニケーションの世界が広がりました。教室用の言語は英語が使えないので日本語にして、説明の媒介語がありません。
目標言語は日本語ですから、それまでの教授法を直接法でおこなう、つまり日本語で日本語を教えることにして、ドリルに加えた総合教授法を編み出したと言われたりしました。
コミュニケーションには日本語を使っていましたので、まさに外国語用の日本語の毎日でした。おもしろいことに、北京友誼賓館のフロントでは英語で、外界は中国語です。
専家同士の会合ではまた英語になり、さらにホテルの中国語会話の学習に中国語教師の先生の媒介語もそうでした。学生との会話は日本語で、このときばかりは、ほっとしました。
言語を聞くたびにコミュニケーションがうまくいきそうですが、日本語会話でもそうとも限りませんでした。この思いは、中国語を聞いてわからないことにありました。
しかし、漢語を読むことはできるというジレンマがあり、学生にも共通していたようです。英語学習は、ほとんどが目で読む練習ばかり、それでも発音がなければ読むことはできません。
わたしの場合には、読む中国語、聞く英語、話す外国語の日本語となると、書くのと考えるのは、そのとき言葉はどうなるでしょう。作文力は日本語の近代語で学習をしてきました。
また古典語を研究してきていますが、そのほかには、まず練習がないので、ここに書いている程度の日本語です。そこで言えることは、コミュニケーションは聞くことから始まります。
それには話せるようになることでしょう。言語というと、言葉になってしまったのですが、語言というのは、それは相手と語りあい話しあうことと、その使うコトバのことになります。
日本語が外国の方にも話せるようにと、日本語教育をおこなってきましたが、コミュニケーションのやり取りには聞くこと、相手に聞いてもらう、聞かせることが肝要であるでしょう。
そしてコミュニケーションがひらく世界は、内的コミュニケーションにすばらしく広がる、ものの見方や考え方のことになってくるようです。コミュニケーションで見る景色がある!