
1030 みそか、か 日のこと、かよみ が、暦になったと言われる。みそ は、三十の日本語読みと言っていいのか、みそ よそ いそ となるかどうか、日にちは三十日まで、大みそかとなると12月31日、あとはみそあまり一日である。年齢は重ね寝て、ももそ まであるのか。さて、とおか はつか みそか と、旬日過ごして、かみなづきもあと一日で、いよいよ秋らしいことになるのか、しもつき とは、これも令和になってのいろいろなことの現象だろう、紅葉の知らせにも異変があるし、畑の産物に果実に、穀物に及んだか、熱暑の影響は計り知れない。色づく前の落葉とは、枯れてしまうだけだから、この月から次の月へと風景はどうなることやら。
かたや、米国の分断を危惧するハリス候補は自らの得票を断念せざるを得ないということなのか。そうでなくとも分断されてきた国家である。先住民と移住民族、奴隷と開拓者、産業による南北、そして移民と定住者と、そこに色塗られたカラーの労働者と資産階級の社会はいまも続く。民族複合の故に分断を綴じてきたは宗教ともみえるし自由の理念に集まる忠誠でもある。いまや左と右の勢力図に政権の移動がバランスとなっていたかに見えたが、それは21世紀には変貌しそうである。
こなた保守政党の分裂があらわれてほころびにはいりこむは政策への是々非々だと何やらあやしくなってきた。もとより自民から分かれた民進という政党があったが、なぜに殿様差配ができなかったのか。いただく首領の鵺のごときネバネバはこれからの様相である。悪代官になりえずして、政策はどこに思想があるだろう。
