凡そ55年前の記憶である。長い時間の経過がある。未だそのころのことを覚えているか、心許ないことである。脳の記憶は上塗りされて自身の能力に、記憶違いを起こすこともありそうだが、それは正しい記憶によることのようで、ひとたび覚えれば、それは脳のどこかに仕舞い込んでしまっている。漱石の愛読は中学校2年生になる。夏目漱石全集を読んだ。全集読みを始めたのは、亀井勝一郎の影響だったと思い出すことである。未だラジオで学ぶようなことで、その読書論に傾いた。それは小説から詩集、評論に至るまで、全集で読むことをした。
さきの記憶という点では、それを取り出すのに時間がかかる。新聞の連載を読んで、やはりあの時の、吾輩に、坊ちゃんに、それをはじめとして、そしてこの期の、心にしても3部作にしても、思春期に這入る少年に小説が与えた影響は、いまも判然することがある。いまも、長い時間かかっての、漱石の用字と文体に馴染んでしまったこのかた、文章は替わり映えしないが、そのルビに、通行字体の漢字で見る奇妙さがあるものの、これで漢字をよく覚えたことだったと、懐かしい。
夏目漱石 門 四の十一より
屏風(びょうぶ)
今度(こんだ)
今日(きょう)
興味を有(も)ち得なかった
気色(けしき)
家(うち)
持って御出(おいで)なすっちゃ
価(ね)が出た
納戸(なんど)
萩(はぎ)
桔梗(ききょう)
芒(すすき)
葛(くず)
女郎花(おみなえし)
隙間(すきま)なく
描(か)いた
真丸(まんまる)な
空(あ)いた
所野路(のじ)
空(そら)
其一(きいち)
膝(ひざ)
辺(あたり)から
輪廓(りんかく)
抱一(ほういつ)
落款(らっかん)
憶(おも)い起さずには
紫檀(したん)
角(かく)な名刺入
目出度(めでたい)から
客間の床(とこ)
虎の双幅(そうふく)
岸駒(がんく)じゃない
岸岱(がんたい)だ
水を呑(の)んでいる
汚(けが)された
苛(ひど)く
見る度(たび)に
御前此所(ここ)へ
悪戯(いたずら)だ
可笑(おか)しい
畏(かしこ)まって、
頂戴(ちょうだい)して
使(つかい)に
然(しか)るべく
晩食(ばんめし)
後(のち)
浴衣(ゆかた)
工場(こうば)
にいるんだそうだ」
一言(ひとこと)
己(おれ)
庇(ひさし)
覗(のぞ)いて
明日(あした)
蚊帳(かや)
さきの記憶という点では、それを取り出すのに時間がかかる。新聞の連載を読んで、やはりあの時の、吾輩に、坊ちゃんに、それをはじめとして、そしてこの期の、心にしても3部作にしても、思春期に這入る少年に小説が与えた影響は、いまも判然することがある。いまも、長い時間かかっての、漱石の用字と文体に馴染んでしまったこのかた、文章は替わり映えしないが、そのルビに、通行字体の漢字で見る奇妙さがあるものの、これで漢字をよく覚えたことだったと、懐かしい。
夏目漱石 門 四の十一より
屏風(びょうぶ)
今度(こんだ)
今日(きょう)
興味を有(も)ち得なかった
気色(けしき)
家(うち)
持って御出(おいで)なすっちゃ
価(ね)が出た
納戸(なんど)
萩(はぎ)
桔梗(ききょう)
芒(すすき)
葛(くず)
女郎花(おみなえし)
隙間(すきま)なく
描(か)いた
真丸(まんまる)な
空(あ)いた
所野路(のじ)
空(そら)
其一(きいち)
膝(ひざ)
辺(あたり)から
輪廓(りんかく)
抱一(ほういつ)
落款(らっかん)
憶(おも)い起さずには
紫檀(したん)
角(かく)な名刺入
目出度(めでたい)から
客間の床(とこ)
虎の双幅(そうふく)
岸駒(がんく)じゃない
岸岱(がんたい)だ
水を呑(の)んでいる
汚(けが)された
苛(ひど)く
見る度(たび)に
御前此所(ここ)へ
悪戯(いたずら)だ
可笑(おか)しい
畏(かしこ)まって、
頂戴(ちょうだい)して
使(つかい)に
然(しか)るべく
晩食(ばんめし)
後(のち)
浴衣(ゆかた)
工場(こうば)
にいるんだそうだ」
一言(ひとこと)
己(おれ)
庇(ひさし)
覗(のぞ)いて
明日(あした)
蚊帳(かや)