ある旅人の〇〇な日々

折々関心のあることや読書備忘を記録する

スパムメールのパート2

2005年07月31日 | Weblog
ネットの記事に「スパムメールに学ぶ」というのがあった。一体なんなんだと思った。例の手を変え品を変えの「件名」についてであった。気色悪い。
今日も「よろしかったでしょうか」、エルメスという発信名で「電車男みたいな恋をしたい」という件名のメールがあった。もう吐き気がするよ。「よろしかったでしょうか」なんて居酒屋かファーストフード店の注文取りみたいだよ。発信人がエルメスなんてアホか。売春を匂わした詐欺メールといってよいだろう。ますます増えてきた。開かないでサーバー上で削除している。こうも多いと開封率は低くなっていくだろう。返信した場合の経験談には関心あるが、もし掛かった人がいても恥ずかしくて公表できないだろうな。

記事に載っている件名は、小生にもすべて来ている。
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■魅力的な件名のコピー
・仕事しすぎないで!
・お相手はキャリアウーマンのみです
・今平気ですか?
・選ばれた方のみに配信しています
・Re:社長から……
・※再送信です。申し訳ございません。
・お久しぶりです
・お問合せの件
・【ご当選】貴方様に女性より特別優先オファーが入りました
・◆◆トコ夏ダイ企画◆◆高級女性がお相手を探しています。※先着順
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何が魅力的だよ。反吐が出るよ。「混浴大会」なんてものもあったよ。あと、発信者名に小生のメルアドをコピーしているものまである。どこまでエスカレートするのか。

スパムの語源は、米国ホーメル・フーズ社のポーク缶の商品名「Spiced Pork and Ham」
(略してSPAM)である。日本では沖縄でよく消費されている。Tulipという商品がポピュラーかな。料理はポークたまご、ポークたまごおにぎり、野菜炒めなど。ポークたまごおにぎりは美味しいよ。もともと安っぽい食品(ジャンク・フーズ)だが、コントの「スパム、スパム、スパム、スパム、・・・」と連呼して会話を妨害したという話から来ているのが定説らしい。それがネットのチャットで「SPAM、SPAM、SPAM、SPAM・・・」と書き込んだ奴がいたので、邪魔とか妨害の意味で「スパム・メール」と使われるようになったという。
対策としては、開封率をゼロにして無駄であることを示す以外にない。


流行り

2005年07月30日 | Weblog
今の流行りは何だろう。流行歌とか流行作家とか言われたが、古くさいことばになった。そういう歌や作家がなくなったのかな。そもそも流行りとは、「流れ行く」ものだがら、いずれは衰退してなくなっていく。「流行りの店」というのもそうだな。流行りが定着してしまうと流行りではなくなる。
で、今の流行りは何だろうか。ケータイ、ブログ、男のピアス、入れ墨、ダッチワイフのデリバリー・・・。ケータイは定着したし、ブログは定着見込み、ピアスや入れ墨はまだ少ない、ダッチワイフはマニアのなかでの話だな。流行りとは、急に一定以上の人が行っていて、まだ続きそうな状態のことかな。だから、この四つのなかではブログだけか。
フーゾクでは20数年前にノーパン喫茶なるものが流行ったことがある。そのときはビニ本も流行った。新宿のノーパン喫茶に一度だけ行ったことがある。もちろん後学のためだ。クリスタルという店名だったかな。テーブル席に座って、1500円のコーヒーをミニスカートの若いウエイトレスが運んできてくれる。トップレスだったような記憶がある。床面がミラーになっていてスカートの中が見えたが下着はつけていた。だから本当はノーパンではない。男たちは、気に入った女の子を指名して一緒に階段を上がって消えて行った。真っ昼間だよ。そこで、おそらくノーパンになるのであろう。よく流行っていた。でもファッションヘルスなるものができてノーパン喫茶も廃れてしまった。ノーパンシャブシャブへ流れて行ったか。今は、デリバリーヘルスが主流なのかな。そのへんは定かではない。ビニ本は、ヘア解禁で廃れてしまったようだ。

(左から、インベーダーゲーム、ルービックキュービック、プリクラ、タマゴッチ)
ゲーム機や娯楽機も流行りがあった。20数年前のインベーダーゲームやルービックキュービック、数年前のプリクラやタマゴッチ。インベーダーゲームはソフトバンクの孫社長がとても若い頃、米国から中古を輸入して爆発的に流行らせたことを少し前に知った。一度だけやった記憶がある。これはパソコンソフトになって今も楽しまれているのかな。ルービックキュービックは香港製海賊版を買って遊んでいたが壊れてしまった。その後、キュービックが増えたバージョンのものもできたようだ。プリクラは「プリント倶楽部」という商品名の略らしい。二度ほど利用した。全身プリクラが主流になったのかな。タマゴッチはニューバージョンがまだ出ているようだが関心ない。
一時期、女子高生の間でもポケベルが流行った。でもケータイに取って代わられた。ポケベルはなくなったわけではない。都庁職員のなかでは緊急時の連絡に使われているらしい。緊急時動員の職員は安い家賃で住宅を借りているのにこの前の地震で連絡があっても出勤しなかったので石原さんが怒っていた。ポケベルはあまり機能していなかったようだ。もう過去の遺物かな。
カラオケは、初期は録音テープをセットしてから歌詞を見ながらマイクをもって歌っていたが、レーザーディスクになって映像となった。今は無線になってあらゆる曲が選べるようだ。改善によって定着したものもある。
こうしてみると、流行りはニュータイプのものになったり、代替品になったりして引き継がれているのだな。

若貴骨肉の争い、その軍配は

2005年07月28日 | Weblog
故二子山親方の喪主をめぐって表面化した若貴兄弟の骨肉争いは収束したようだ。「おにいちゃん」の相続放棄表明と貴乃花親方へのイエローカードで。軍配は「おにいちゃん」がもらった。

この兄弟半端ではない。なにしろ横綱は江戸寛永時代から現在まで68代しかいないのだ。初代横綱の明石志賀之助は架空の人物ともいわれているぐらい、大相撲の歴史は古い。そのなかの横綱は相撲界の超エリートである。とりわけ貴乃花は平成の名横綱といわれ、戦後の名横綱(優勝20回以上の大鵬・北乃湖・千代乃富士・貴乃花)のひとりなのだ。同じ横綱だが相撲界では若貴の差は歴然としている。「おにいちゃん」の幕内優勝5回、横綱在位11場所、一方貴乃花のそれらは、22回と49場所なのだ。

貴乃花が中学を卒業したとき、「おにいちゃん」は高校中退して、一緒に子ども部屋から相撲部屋へ移るときの映像はよく流される。あの時は、本当に仲の良い兄弟だったのだろう。ふたりは切磋琢磨して横綱の地位を得た。貴乃花の整体師洗脳問題でふたりの反目が知られるようになった。でも、その時は貴乃花が一方的に悪いのではないかと思えた。今回の喪主をめぐる争いで収拾がつかなくなるように思えた。相続問題もあったようだ。テレビに異常なほど出演して、「おにいちゃん」批判をやったのだ。でも「おにいちゃん」は沈黙していた。ふたりの間には長年にわたって深い河ができていたのかな。

ついに、「おにいちゃん」は相続放棄を表明して解決しようとした。「おにいちゃん」はタレントとしては伸び悩んだが今や実業家なのだ。「ChankoDining若」という飲食店を多店舗展開して急成長させているのだ。ちゃんこ料理という古くさい和風なものを形も内容も洋風にして成功している。海外にも進出する勢いだ。相撲評論家は横綱経験者が相撲界を去って成功した事例はないといって「おにいちゃん」を批判していたが。一方、貴乃花は協会理事会に呼び出され、もうテレビに出演しないよう厳重注意され大人しくなったようだ。
貴乃花は相撲界の運営でいろいろ改革案をもっているようだ。実際、タニマチをやめてサポーターをつくって年会費を徴収しているのだが、チケット販売所の設置案、二人用枡席案、相撲学校設立案など発表している。協会の実力者になってどんどんやって欲しい。でもね、今回の騒動で、彼の未熟さを知った人が多いことだろう。

はるやま・青山

2005年07月25日 | Weblog
去年、購読していた日経MJ(流通新聞)をやめてしまったので、とんと流通業には疎くなった。
最近、ドライブしていると、郊外の紳士服店で移転や閉店の幟を出しているのをよく見かけていた。業績悪化なのかと思っていた。ところが、テレビ特集番組で洋服の「はるやま」が店舗の立地条件の変化で移転をさせ、その跡の建物を利用して新規事業の業務用スーパー「食材や」をオープンさせる準備をしていることを知った。1号店を大阪で試運転させ、各地で多店舗展開させるということだった。ターゲットはレストランなどプロ業者なのだが、一般の顧客の来店も期待している。業務用食材というのは、1アイテムのボリュームや個数が多く、割安になる。例えば、ソース1瓶が5倍のボリュームで値段が3倍程度になるとか、冷凍牛丼5袋500円程度とか。「食材や」では、生鮮三品は扱わない。

(一般のスーパの商品よりもボリュームがある)

一昨日、岡山の旧2号線沿いで「食材や」がオープンしているのをみた。けっこう駐車場が混雑していたから流行っているのかな。
なんで洋服屋が食品スーパーに進出するのか分からない。むしろ、ユニクロのようなカジュアル・ウェアの分野のほうが有望な気がする。ユニクロは永田農法野菜に進出して失敗したではないか。番組ではスーパーのノウハウを知らないので同業他社の真似を徹底的にすると担当者が話していた。すでに業務用スーパーは先行している企業もあり、多店舗・FC展開しているので競合も激しいであろう。かなり安易な戦略のような気がする。さあ、5年後、「食材や」はどうなっているだろうか。

「男はつらいよ」

2005年07月22日 | Weblog
来月、NHKBS2で渥美清の「男はつらいよ」全48作品が放映される。1969年の第1作「男はつらいよ」から1995年の第48作「寅次郎紅の花」まで。最終作から10年記念というところかな。

朝日文庫の「沖縄報告復帰後」の冒頭は「なぜ寅さんが沖縄に来ないのか」で始まる。沖縄県マスコミ労協事務局長が大船撮影所の監督山田洋次を訪ねたときの言葉である。それが契機となり、1980年の第25作「寅次郎ハイビスカスの花」ができた。監督は米軍基地のフェンスや米軍機の数カットで基地を表現した。このときのシーンで寅さんは、バスの中で眠っていた。なにしろ政治的にも社会的にも背景のない娯楽映画だからだ。

(左から第25作、第32作、第29作、第48作)
小生は、48作品のうち半分も観ていないだろう。それもテレビで放映されたものだ。人気シリーズ映画になったのは、おそらく渥美清の属性の良さがいちばんの要因だろう。現実にはなくなった人情味への共感、選ばれるマドンナ役への関心、寅さんの同じ失恋パターンへの安心などもあるだろう。それらを演出した監督もすばらしい。テレビシリーズの「コロンボ警部」に通じるものがある。視聴者には冒頭で犯人が分かり、コロンボ警部が勘で犯人を割り出し追いつめるという毎回同じパターンは安心して観ていられる。

テレビで録画して保存しているのは、25作「寅次郎ハイビスカスの花」、29作「寅次郎あじさいの恋」、32作「口笛を吹く寅次郎」、48作「寅次郎紅の花」の4作品である。観た中でいちばんいいのは「寅次郎あじさいの恋」である。マドンナ役はいしだあゆみだった。ロケは京都、敦賀、鎌倉で何回観ても面白い。「男はつらいよ」のような長いシリーズの映画はもうできないだろう。西田敏行のハマちゃん釣りシリーズは面白くない。

仲間由紀恵と安室奈美恵

2005年07月20日 | Weblog
7月6日のブログに女優仲間由紀恵のことを書いたが、新しい情報があったので付け加える。
仲間が主演した映画「shinobi(忍び)」が完成し、18日那覇で上映会が催された。9月に封切られる作品である。この作品、山田風太郎の小説「甲賀忍法帖」が原作になっており、伊賀と甲賀の忍者が決闘するストーリーになっている。山田風太郎の作品の映画化といえば「くノ一忍法帖」や「魔界転生」が有名である。今回の仲間が演じるのは「くノ一」(女忍者)である。忍者ものは米国でも人気があるから、これを契機に国際スターへの道が開かれるかもしれない。ぜひ映画を観たい。
那覇でいち早く上映したのは話題づくりであろう。詳細は「仲間由紀恵、故郷で“日本最速上映会”に参加 」に載っている。
この記事によると、仲間は浦添の中学を卒業して直ぐ、上京している。17歳でテレビドラマに出演している。

(左:仲間由紀恵、シーサーと 右:安室奈美恵、ミニスカがまだ似合う)
同じ18日に安室奈美恵、台場でミニスカ!シークレットライブ を催している。
安室は27歳。彼女は、中学を卒業する前に上京している。「Try Me」がヒットするまで3年もかかっている。彼女は母子家庭で貧しく育った。4歳の時に両親が離婚したのだ。小学4年の時、偶然、友達についていった沖縄アクターズスクールでマキノ正幸に見い出され特待生としてスクールに入り芸を磨くことになったのだ。貧困生活だったので、市営団地からスクールまで徒歩で1時間半もかけて通ったのは伝説になっているほどだ。このあたりのことは、亡き安室の母平良恵美子の「約束~わが娘・安室奈美恵」(扶桑社)に詳しい。
安室の歌は、かなり変わった。デビューのころは、喧しいほど声を張り上げ、振りも激しかった。最近は、静かで振りもスローである。かつてはスーパースターだったが、今もスターである。アジアでの人気歌手である。二の腕の入れ墨は目立つ。

支那のカニバリズム

2005年07月18日 | Weblog
つい最近、ネットで中国においては胎児が食べられているという記事をみて驚いた。胎児を切り刻み、料理している画像付きのものでとても気持ち悪いものであった。
以前、本で清代に親の結核を治すために、その息子が自分の股の肉を切り取って食べさせていたというのを読んで、カルチャーショックを受けたこともあった。作家の黄文雄や小室直樹もカニバリズム(人食い)が中国の文化の特徴だと述べていた。孔子は弟子の子路が斬り殺されて切り刻まれ「なます」にされたとき、塩漬肉を食べるのを断ったという。また、ある村に役人が巡察にやってきたとき、貧しい家の娘がもてなすのに自分を食べさせたという。これは夜伽ではなく、油をたぎらせた大鍋に裸身で飛び込んで自らを空揚げにしたのである。こういう記録がいっぱい残っているのだ。
正史にさえ、飢饉の時は共食いが行われたことが百回以上も記録されている。北京原人の化石にさえ、骨が焼かれた痕跡があるので共食いが推測されている。

(左:『食人宴席』(カッパブックス) 右:『カニバリズム論』(福武文庫))
中国の亡命作家鄭義の『食人宴席』(カッパブックス)に数十年前の文化大革命時の広西での9万人の虐殺と食人犠牲者を調査した結果をまとめている。とても酷たらしい内容である。何の罪もない人が批判糾弾され、殴殺され、肉を削がれ、肝が切り取られ、人肉料理の宴会が始まるのである。中国人は、殺しても憎しみが消えず、さらにバラバラにして食ってしまうのである。これはA級戦犯靖国合祀問題に関する中国のしつこさが分かるような気がする。日本では死んだら神様になるが、中国では憎い死者を食わなければ気が済まないのだ。
中野美代子の『カニバリズム論』(福武文庫)に魯迅の「狂人日記」や「薬」の作品がカリバニズムとして紹介されている。さらに「戦国策」には主君が人肉が食ったことがないので、料理人が我が子を蒸して献じた話もある。元代の優れた学者のエッセイに、人肉の味は「小児を以て上となし、婦女これに次ぎ、男子またこれに次ぐ」と言って人肉料理法をしるしている。宋代の「鶏肋編」によれば、「子どもの肉は骨ごとよく煮える、女の肉は羊よりもうまい、男の肉はたいまつよりまし」となっている。人肉一般は「両脚羊」と呼ばれ市場で売られていたのだ。現代のシナ人は、子どもの肉より胎児の肉がうまいことを発見したのかもしれない。
日本は人食い文化の中国と親しくやっていくには深い河がありそうだ。

万歩書店

2005年07月13日 | Weblog
岡山県内に万歩書店という古本店がある。現在、岡山市内に5店舗、倉敷と総社に各1店舗、県北の津山に2店舗と計9店の多店舗展開している。
店舗が体育館のようだとか超巨大と言われ、関東のほうからも取材に来ている。例えば、古本ねたのジャーナリスト岡崎武志氏やお笑いの水道橋博士などの面々も。小生は津山を除いて7店舗制覇しているのだ。

有限会社であり、母体が古紙回収業だったという噂もあるが定かではない。美術骨董品やリサイクル商品一般も併せ販売している店舗もあるのでそうかもしれない。最近、「アンティーク・ウォーカー」というサイトを立ち上げ、ネット通販も始めている。

小生がはじめて行った万歩書店は岡山市内にある平井店である。「古本市場」の斜め前に古書店らしいものがあったので好奇心で入ったのである。2階建ての倉庫のような建物だった。中2階になっていたから3階みたいだ。5年ぐらい前のことだった。そのころは、1階に骨董品がたくさん陳列されていた。今は骨董品は取り除かれ、18禁のコーナーが設けられたりしている。本店には、かなり経って行くことになるが、確かに在庫量は多く、日本一の店舗ではないかと思った。
津山の店舗は知らないが、本店、平井店、東岡山店の3店舗が質・量ともに充実している。郊外のロードサイド型の店舗であるが、ブック・オフと違っているのは戦前の黒っぽい本から最近の古本まで扱っていることだ。値付けも、外見ではなく中身を重視しているポリシーが見られる。
民俗・歴史関係の専門書、文芸書の品揃えはいいし、古い月刊誌も揃っている。価値があると思われる本は、文庫本すらビニールで被っている。小生から見て、見当外れな値付けも多々ある。店長の好みだろうか、澁澤龍彦と開高健の文庫本をビニールで被って高い値を付けている。だから、概して価格はきびしいと言えるであろうが量が多いので時には掘り出し物もあるというわけだ。
小生のいつものねらいは、主に文庫と新書である。文庫は定価の半額がほとんどで、新書は一律250円である。
でも、売れ筋は書籍以外の、マンガ本、CD、DVD、ゲームソフト、エロ写真集、エロ玩具かもしれない。郊外の店舗では専門書はあまり動きそうにない。
店への不満は、100円均一本に赤マジックで入れ墨をしていることだ。そんな本は商品ではない。
今後も、週1回程度訪れ、おもろい本に出会いたい。

国仲涼子と仲間由紀恵

2005年07月06日 | Weblog
ともに沖縄出身で1979年生まれの人気女優である。国仲は那覇生まれ、仲間は浦添生まれである。
国仲はNHK朝の連ドラ「ちゅらさん」で古波蔵恵理を演じ、スマイルが好評で癒やし系女優として全国的に知られた。その後、NHKの時代劇ドラマや民放のサスペンスドラマに主演で出ている。
一方、仲間はホラー映画「リング」で貞子を演じて注目され、その後、NHKの大河ドラマ「宮本武蔵」で佐々木小次郎の悲劇的愛人役を演じたり、テレビドラマの「トリック」や「ゴクセン」で二枚目半の役を演じ、イメージもアップしていろんなテレビCMに採用されている。

(左:国仲涼子 右:仲間由紀恵 これは水着写真ではなく下着写真かな。さあ、どちら好み)
ハイレグは国仲には似合わないが、仲間には似合う。
国仲が主演のサスペンスドラマをみたことがある。乱歩賞作品をドラマ化したものだが、せりふを沖縄のイントネーションでしゃべっているのが気になった。デビューが20歳と遅かったことも影響しているだろうか。これを直さないと女優として伸びないのではないかと思った。また、「ちゅらさん」のイメージが強く残っているので何かとマイナスになるのかもしれない。
仲間のデビューは17歳でドラマに出演したようだ。特に沖縄出身を売りにしていないし、容姿もファッションセンスも良く、好感度は高い。長い黒髪とおでこにも魅力がある。幅広い役が演じられるので女優としては国仲よりも伸びるであろう。
ふたりの初めての写真集を買っておけば、プレミアがつくかもしれないね。

戦後60年

2005年07月05日 | Weblog
最近、テレビや新聞で日本の戦争関連の報道が多い。シナの反日教育、教科書問題、戦犯靖国問題、天皇のサイパン追悼旅行、ミンダナオ島旧日本兵発見デマ、ひめゆり沖縄戦などいろいろあった。

先週の土曜日にはテレビ朝日の「朝生」で帝国軍人十数名を参加させ、個別の戦争体験を語らせるものまであった。この番組参加者には俳優でありエッセイストの池部良も出ていた。彼は中国から南方戦線へ転戦するとき、2度までも乗船した輸送船が撃沈されたことを話していた。フィリピンで遺骨収集してきた寺嶋氏もいた。元代議士の加藤六月を除けば皆80歳代という高齢者である。寺嶋氏は南京虐殺を見たと発言した。元特攻隊員もいて、特攻命令に逆らえば制裁を受けること、さらに片道燃料というのは嘘で燃料満タンで出撃していたと言っていた。戦艦大和の沖縄出撃のときも片道燃料は嘘らしい。

(6月28日、万座毛に似ているがバンザイクリフ)
天皇のサイパン追悼旅行では、サイパン玉砕のことがよくわかった。南洋群島であるから在留邦人の戦死者も多かった。在留邦人のうち沖縄出身者が8割程度だったという。繰り返し流される女性の断崖での身投げシーンは悲しかった。両陛下のバンザイクリフでの黙礼に重みを感じた。

小生などは歴史教育では戦争についてはほとんど教えてもらっていない。関心のある「人間の条件」などの戦争小説や戦記物を読んだり、断片的に戦争に関する文章を読んだりで、体系的に日中戦争と太平洋戦争について学習したことはない。これは反省すべきことであろうか。
戦争体験者が減っているなかで、戦争についての風化も進んでいる。6月23日の沖縄慰霊の日での式典参加者も少なくなったという。もう60年も経ったのだから。シナはもう何年戦争責任を追及するのだろうか。いつ戦後は終わるのか。
日中戦争は侵略戦争だったが、太平洋戦争はABCD包囲網を破るための防衛戦争だったのか。