■2002/12/24 (火) 興味深い世相史
「暮らしの世相史」:加藤秀俊、中公新書
著者は社会学者であり、月刊誌「中央公論」に不定期連載されたものをまとめたものである。今年読んだ本の中ではベストのひとつである。
世相というのは、あまりにも日常的なので、「いま」という時間を「歴史」としてとらえていない。したがって、日常生活のなかで、なにが、いつ、どんなふうに展開してきたかなどの真相がよくわからないままになっている。たとえば、カラオケ、辛子明太子、ビニールの使い捨て傘などありふれたものが。著者は、そういうものの史学と史観を構築するのを最大課題にしている。
「市の風−−あきんどの今昔」では、あきんどの語源と歴史を解説してくれる。行商、定期市、常見世すなわち商店、通販などの人無しあきないと進化し、その機能も期待されるレベルも変貌した。
「住まいと家財−−物持ちの変貌」では、生活空間の変化を明らかにしている。昔の日本人は必要最低限の用具で暮らしており、家の中はなにもないさっぱりとした空間であった。しかし、家具が普及し、部屋が寝食分離になり、現代は雑多な物品でぎっしりつまった倉庫のすき間で起居しているみたいになった。
物質の価値なんて購入したものは、すでに市場価格は二束三文であると強調している。物が交換価値を失った時代になっているのだ。
「日本語の敗北」では、近代になって日本語をわかりやすくすることが検討されてきたことを教えてくれる。洋語流行や特殊用語への批判、ローマ字運動、漢字制限など興味深い。ワープロの登場により、漢字は「かく」ものではなく、キーボード操作による漢字変換で「でてくる」ものになったとみなすのには納得してしまう。現在の日本語政策の指針はゼロの状況だ。
「饒舌列島日本の言論」では、むかしに比べて饒舌になったが、禁句などのメディア禁止用語ができたり、無制限な言論の自由があるわけではないという。寡黙の伝統への回帰の恐れを訴える。
「現代 異人考」では、まれびとの観念を解説してくれる。古代には大陸から万単位で渡来人がやってきていたという。彼らは製鉄、織布、窯業など先端技術をもっており、文字を知っていたので歓待され、厚遇されたのだ。