ある旅人の〇〇な日々

折々関心のあることや読書備忘を記録する

ギネス級ハブの捕獲

2005年11月29日 | Weblog
ZAKZAK 2005/11/26の記事によると、今月12日に沖縄県糸満市で体長225センチもあるハブが捕獲されたという。これまでは1981年に同県東風平町で見つかった214センチのハブが最大だった。
捕獲されたのは推定約10歳の雄。体重は2.32キロで、石垣からはい出してきたところを、ハブ獲り名人が発見して捕獲。
玉城村のおきなわワールド・ハブ博物公園で一般公開中だが、近くギネスブックにも登録を申請するという。
琉球新報のページにアクセスして写真を見た。さすが長い。持っている人も怖いだろうな。

(左:体長225センチのハブ、右:沖縄南部産ハブ〔ハブの館より〕)
小生、ハブには関心がありハブに関する本を蒐集している。昔、初めての沖縄旅行で石垣島に行ったとき、街の書店で「ハブ捕り物語」(中本英一、三交社、1976年)を購入したのが1冊目。これは奄美大島のハブ捕り名人が書いた本であるが、かなり専門的でもあり名人らしくハブの弱点まで書いていて面白い。
この数年で買い求めたハブ関連書は次のようなものである。
○完本毒蛇(小林照幸、文春文庫、2000年)
ノンフィクション作家の著書で、被害撲滅に燃えた医師沢井芳男の軌跡を追う。なお、「ハブ捕り物語」の序を沢井芳男が書いている。
○ハブ~恐るべき毒ヘビの全貌(高良鉄夫、光有社、1963年)
生物学者であるがエッセイ風に面白く書かれている。作家の戸川幸夫とともにイリオモテヤマネコの発見に貢献した。
○毒蛇ハブ~毒ヘビの話あれこれ(小玉正任、日本広報センター、1975年)
最近、石敢當の研究で博士号を取得した人で、古文書など資料発掘に貢献している。この本は手に入れにくい。
○改訂ハブと人間(吉田朝啓、琉球新報社、1979年)
医学博士でハブ対策面で貢献されている。水納島のハブ駆除の実験は興味深い。
○ハブ捕り(新里堅進、琉球新報社、1982年)
琉球新報に連載されたコミックである。巨大な白ハブに関するものだが、ハブの基礎知識も書かれている。

ハブの生態は、まだ分からないことが多いようだ。沖縄にはハブのいる島といない島があるが、これは高い島と低い島、海面の変位で説明できるようだ。人工環境では交尾しないので養殖はできないと聞いているが、最近の科学の進歩で少しは可能性が見えているのだろうか。
ハブの咬症は怖いが、ハブはけっこう人に役立っている。ネズミの退治、ハブ酒、ハブ粉、ハブ油、皮は財布やベルト、牙はキーホルダーなど土産物。ハブ不足で中国から輸入しているほどだ。
数年前、法令で爬虫類も虐待禁止動物の対象となり「ハブとマングースの決闘」は中止されている。最近は、どのような見せ方をしているか知らない。
ヘビとくに毒蛇は怖いが、なんとなくひかれるものがある。

小椋佳と国益

2005年11月23日 | Weblog
この前、TBSのニュース23だっただろうか、歌手の小椋佳が取り上げられていた。
新曲「再会」や新刊著書「小椋佳 言葉ある風景」が紹介されていた。「再会」は同窓会で歌われるのにふさわしい歌のようだ。著書についてはアナウンサーが「国益」という言葉により戦争も正当化されてしまうというところを朗読していた。米国のイラク攻撃のことなど当てはまるだろうか。国益のためなら不正なことさえ行う。米国は中南米の国々の政府をCIAの工作によって転覆した事実さえある。日本の小泉政権も国益を基本に動いているのだろうか。BSE牛肉の輸入は米国の圧力により再開することになるのか。靖国神社参拝は中国や韓国との関係を悪化させてしまっているが。前者は国益になると判断するのだろうが、後者は国損だろう。

小椋佳の歌を知ったのは、川崎市にいたころ知人の小倉さんの家に行ったとき、シンガーソングライター小椋佳のレコードを聴いたときだったと思う。孤独を歌った聴かせる曲だった。「しおさいの詩」や「六月の雨」だった。それから、ステレオを買って、小椋佳のLPレコードをよく聴いた。声がとてもいいのだが、彼の顔がわからない。松本清張に似ていると聞いた。それでテレビなどに露出しないのかとも思った。彼は第一勧銀の銀行員だったのがその大きな理由だったのかもしれない。その後もコンスタントにヒット作を出していた。「愛燦燦」「夢芝居」「揺れるまなざし」など。彼の代表作は「シクラメンのかほり」だろう。
「シクラメンのかほり」の出だしは「真綿色したシクラメンほど清しいものはない 出逢いのときの君のようです」である。小生、よくカラオケで歌ったものだ。彼は「小椋佳いたずらに」(新潮文庫、昭和56年)のなかで、彼にとってこれは物足りない曲だと述べている。「シクラメンのかほり」も「うす紫のシクラメン」も実在しないし、「清しい」「季節がほほをそめて」「暮れ惑う」は北原白秋の詩からの借用だという。LPの曲からこぼれ落ちた一曲であり、予想外にヒットしたようだ。
かなり前、テレビ番組の「ミュージックフェア」で布施明と共演して歌っていたことがある。明らかに布施明のほうが声量もあり上手だった。
もう還暦の年齢だが、ガンも克服してますます活躍している。

読書日記:沖縄「戦後」ゼロ年

2005年11月19日 | Weblog
目取真俊氏の著作が久しぶりに出ていたので一気に読んだ。NHK出版の「生活人新書」で今夏に発行されたばかりだ。書き下しの政治的評論がメインである。書名の「沖縄『戦後』ゼロ年」の意味は、沖縄戦が終わって米国に占領されて、沖縄基地から朝鮮半島、ベトナム、イラクなど軍隊が派遣されてきたので沖縄はずっと戦争状態であり、戦後はないと言っているのだ。

今年は戦後60年だが、いつまで戦後という表現が使われるのだろうか。戦後100年まで行くのだろうか。もう止めたほうがいいだろう。著者が言うように、日本が間接的に米国による戦争に関与してきたのは確かだ。
彼の短篇小説の「水滴」や「風音」などにも沖縄戦が描かれたり、戦争を引きずった人たちを登場させるが、その理由は戦争体験を継承していくためだという。この著作には彼の父親の戦争体験がよく書かれている。彼は祖父母や両親から戦争体験を聞いてきていたのだ。ひめゆりの語り部たちと形は違うが小説で伝えている。

渡嘉敷の集団自決についても述べているが、彼はまだ赤松神話を脱していない。住民の自決が軍の指示であり、手榴弾が住民に渡されたと書いている。結果的に軍が集団自決に追い込んだのは事実ではあるが。

「沖縄ブーム」にも批判的である。三線弾いたり、エイサーを踊る日本人は、沖縄の歴史や現実を知ろうとしない。気に入った「沖縄」をつまみ食いしているだけだと見なす。そういえば、エイサーの太鼓は勇ましいから戦の時の太鼓だと言い張った日本人もいた。特攻隊は沖縄のために行ったのだ言い張る人もいた。そういうレベルの人も多いようだ。

戦争における沖縄の加害責任についても述べている。日本と一緒になってアジアを侵略したではないかと。被害者意識ばかりあって沖縄で自ら戦争責任を追求しなかったから、本土復帰あたりまで学校で沖縄語を禁止する愚行をしたと教育機関を批判する。彼は家庭では沖縄語を使っていたので今でも饒舌に方言を話せるようだ。

彼は、学生時代から基地抗議活動をやってきたし、父親が天皇に不快感をもっていたのでその影響を受けていた。だから公安からマークされていたと聞いている。あのトレードマークの大きなサングラスは顔を知られたくないという意味があったようだ。彼の本名は目取真ではなく島袋である。

彼も日本人が嫌いなようだ。新川明と同様、日本対沖縄という構図で日本を見る。
彼の汚点のひとつは2000年5月の北朝鮮沖縄友好訪問団に参加したことだろうか。テロ犯罪国家にそういう名目の団体で訪問したのである。さすがに金王朝世襲制には批判的発言をしていたが。
団長の大田昌秀は「強く印象に残っているのは、(北朝鮮が)子供を大事にし、働く人々、女性を大事にしていることだ。マスコミから伝えられる印象とは異なる。国交樹立はまだだが、これを機会にますます友好関係を深めていきたい」と述べた。
また、沖縄県教育文化資料センター事務局長は「朝鮮人民から学ぶべき点は多い。主体(チュチェ)思想の徹底した人民の心は、物欲に毒された我々日本人からは想像できないほど高潔だった。交流会の琉舞披露で使った楽屋に置き忘れた口紅一本、バスに置き忘れたペン一本をホテルのフロントにわざわざ届けてくれた。街角には物乞いの姿も無い。資源のリサイクルが徹底し、ゴミをほとんど出さない。国を挙げ「一日一万歩運動」を徹底しており、成人疾患に悩むこともまれである。家庭教育や学校教育、社会教育も徹底しており、いじめ、不登校がほとんど皆無であるという」など誤魔化されている。
それから、名護市長選のときヘリポート基地反対派の候補者を公募したとき、目取真俊は審査委員をやっていたが、よく公立高校教員の立場でできたものだ。そこまでするなら彼自身が立候補してもよかったのではないか。
昨年、高校を退職して二足の草鞋を終えた。

小生、彼の小説が好きである。あのキレの良い短篇を読みたいものだ。

『ウンタマギルー』

2005年11月13日 | Weblog
沖縄映画の『ウンタマギルー』である。1989年制作だから、もうすでに16年も経っている。ネットで中古ビデオがリーズナブルな値段で売られていたので取り寄せた。数年前に立松和平のファンタジーかSFXの小説「うんたまぎるー」(岩波書店)を読んでいたので、もしかしてこの小説が原作ではないかと想像していた。ビデオをみると登場人物名やキャラクター、ストーリーがほぼそっくりだった。

主役ギルーを小林薫が演じていた。コメディ映画なのだが、彼らしく真面目に演じているところがいい。沖縄映画に欠かせない照屋林助が床屋のリンスケ役で、嘉手苅林昌も目立たないが着流しで出ていた。ギルーの過食症の母を平良トミ、製糖所の盲目の西原親方を平良進、ギルーの妹である娼婦を戸川純が演じて面白い。グラマー女優の青山知可子を豚の化身マレー役で出しているのは存在感あって悩ましくていい。ヌードシーンはサービスであろう。
立松小説では時代背景は幕末のペリー来琉のころだったが、映画では復帰間近いアメリカ統治の時代である。高等弁務官や沖縄独立党などからわかる。
ストーリーは大したことないのだが、沖縄映画らしく全編気だるさが流れている。運玉森、淫豚草、サトウキビ搾り、キジムナー、動物占い、空中浮遊、干瀬・・・・

沖縄芝居の演目「運玉義留」を時代背景変えてみせてくれる映画であろう。このような沖縄映画、もっとみたいものだ。
昨年、目取真俊原作・脚本の映画「風音」が完成したのだが、もうそろそろDVDになってくれないだろうか。ぜひ、みたいと思っている。
そういえば、このところ沖縄出身の作家に元気がないようだ。又吉栄喜、目取真俊、池上永一らの新作がまったくない。

追記:
検索したら今年、下記が発刊されていた。前者は政治的評論、後者は東京舞台の長編小説。

目取真俊著:沖縄「戦後」ゼロ年(日本放送出版協会 生活人新書)
池上永一著: シャングリ・ラ(角川書店)


皇位継承問題と美味しい豚汁のつくりかた

2005年11月08日 | Weblog
首相の諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」は女性・女系天皇容認を前提に皇位継承順位の決め方を検討したそうで。男女にかかわらず出生順に順位が決まる「長子優先」案が大勢を占めたという。
ということは、これからは第一子が皇位継承することになりそうだ。髭の殿下は伝統を守るべきだとコラムに書かれて波紋があるが、有識者会議側は皇室に意見を聴くことは憲法違反になると言っているが本当だろうか。
天皇は万世一系といわれている。推古天皇や持統天皇は女性だった。明治になって男子に限ることに決められたというので、結局、明治より前の決まりに戻すわけだ。
そもそも、皇太子夫妻に子供がもう産まれそうにないから、なんとか愛子嬢に皇位を継がす為に制度を改めようとしているのだ。江戸時代の大奥は、男系を続けることに理にかなったものだったが、それでも水戸、尾張、紀州からの将軍もいた。絶やさないことは難しい。
さすが、最近は天皇制反対は聞かないが、共産党などはどう考えているのだろうか。小生などは若い頃は関心なかったが、外交面で貢献しているので今は天皇制はあっていいと思っている。海外の要人は貴族趣味がある人も多いわけだ。マッカーサーが貴族趣味があったので天皇制を残したと聞いたこともある。
「伝統とは創造である」と言ったのは岡本太郎だった。新しい伝統をつくればいいではないか。


美味しい豚汁のつくりかた:
野菜(水から煮る)→味噌(グルタミン酸)→豚肉(イノシン酸)→ネギ→味噌で調整
野菜は湯通ししておく。
固い野菜は薄く、柔らかい野菜は厚く切る。
豚肉は95℃で15秒湯通し。
出汁は入れないこと。
(ためしてガッテンより)


かっこ良かった男と変な女

2005年11月05日 | Weblog
昨夜、どこかのニュース番組で俳優だったスティーブ・マックィーンの死因について特集していた。肺ガンで亡くなったと記憶していたが、実はアスベストによる中皮腫だったそうだ。どこで石綿を吸ったかというと海軍での船舶掃除かレーサー時の耐火マスクが考えられるという。最期はメキシコの病院だったという。手術で腫瘍を摘出したが衰弱で心臓が持たなかったのだ。体のあちこちにガン細胞が転移していたというが。享年50歳だった。そういえば肖像権侵害裁判で病気を圧して来日していたことを思い出した。広瀬隆著作の「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」によると核実験の死の灰説だったな。この本は楽しめたが、いい加減な・・・
「荒野の七人」、「大脱走」、「ブリット」などまた観たい作品だ。

北朝鮮亡命女性が帰国してマスコミが騒いでいた。よくわからない話だな。そもそも、なんで北朝鮮に遊覧船から川へ飛び込んでまで行ったのか?地上の楽園と思っていたのだろうか。で、生活習慣が違うから2ヶ月で帰りたくなったが2年以上も在朝した。会見では、薬でも飲まされたのか、洗脳でもされたのか、北が人道的だの過去の清算だの言っていた。彼女、元オウム真理教信者なので、変なのはわかるが。旦那がカタコトの日本語をしゃべる支那人というのも変な話だ。旦那は、まだ彼女を愛していると言っていたが。
もう、マスコミに露出しないで欲しい。
追記:
5日のテレビによると彼女を帰国させるためにお金を支払ったのは芸能プロダクションである。ホテル代などで1600万円払ったと言っていた。北政府は日本政府にもお金を払うのなら返すと言っていたようだ。芸能プロは彼女の経済価値を1億円と踏んでいる。テレビ出演、手記、写真集・・・。これからも彼女を見せられることになるのか。世の中にそんな悪趣味の人は少ないだろう。おそらく芸能プロ、採算とれないよ。

大根

2005年11月04日 | Weblog
夜冷えてくると夕食におでんをよく作るようになる。楽な料理である。昨夜も作った。材料は、昆布、大根、竹輪、厚揚げ、じゃがいもである。調味料は味醂と醤油。焦げ付かないよう注意して煮るだけでよい。練りからしをつけて食べれば美味しい。
大根はそれほどたくさん食べられないが、ないと物足りない。大根役者、大根足と大根は人に例えられるとよくない意味に使われる。だが、食材としては重宝される。

広辞苑では次のように載っている。原産地は地中海沿岸だということだが。
【アブラナ科の越年生植物。古く中国を経て渡来。根はまっすぐで太く白い。葉は羽状に分裂。春、淡紫色ないし白色の十字形花を総状につける。栽培品種が多い。生食し、また煮物・たくあん・切り干しなどにする。ダイコ。古名オオネ・スズシロ。[季]冬。〔「大根の花」は [季]春〕】

小生が初めて食べた大根は何だったのであろう。たくあんだろうか、それとも味噌汁の具としてだろうか。大根下ろしは、酵素ジアスターゼが消化を助けるので胃によいというが、辛いのであまり食べられない。刺身のツマや酢の物もたくさん食べられない。最近、魚といっしょに煮付けても美味しいとわかった。魚からでた味を吸い取ってとても美味しい。これだとたくさん大根を食べられる。アジとブリで煮付けたのだが、アジで煮付けたほうが美味しかった。
大根の味そのものは大したことはなく、主役にはなれないが重宝する食材である。大根下ろしにちりめんじゃこを混ぜても美味しいな。でも、大根の味噌汁があっさりしていいな。切り干し大根の酢入りのたくわんもいい。甘いべったら漬けもいい。
この冬は、大根にお世話になろう。