ある旅人の〇〇な日々

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読書録「魂の民俗学~谷川健一の思想」

2006年04月09日 | Weblog
まだ、3分の1程度しか読んでないのだが。「魂の民俗学~谷川健一の思想」(大江修編、冨山房インターナショナル、2006年3月)。
対談の形で書かれているが谷川民俗学が濃密にパックされている。谷川健一は市井の民俗学者である。生存している民俗学者のなかでは一番の権威だと思う。柳田国男や宮本常一と同様、大学で民俗学研究のスタートを切ったのではない。ネットで経歴を調べてみると次のように載っている。
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1921年、熊本県水俣市に生まれる。東京大学文学部卒。日本地名研究所所長。平凡社入社、『太陽』の創刊編集長を務める。病気で退職したのち、評論活動を続ける。「最後の攘夷党」という小説で直木賞候補になる。弟が詩人の谷川雁。
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小生が谷川健一の著作を読んだのは、民俗学の沖縄関連のものだったと思う。小説の「海の群星」、「神に追われて」も読んだ。どちらも沖縄民俗に関係深いテーマの作品である。

谷川に民俗学の目を開かせたのは柳田国男の「桃太郎の誕生」だそうだ。谷川は民俗学とは何かを述べている。考古学は遺跡・遺物があってはじめて成立し、歴史学は文書記録があってはじめて成立する。民俗学は民間伝承を取り上げて研究する。伝承の特徴は時代あるいは時間を超越している。始原の時代が分からないものも多く、例えば日本の祭りの始まりなどがそうである。そのようなことを述べている。

「島ちゃび」についてもわかりやすく教えてくれる。不便な孤島での人生のわびしさを表したものだと。恋人の便りを一所懸命待っているのだが、便りは来ない。しょうがないので三線を弾くというような心持ち。心情的なものなのである。
「南嶋入墨考」を著した小原一夫についての話が興味深い。小原は昭和6年に島づたいに入墨を採集して歩いていたそうだ。針突(はじち)といって女性の成人儀礼で手の甲に入墨をしたものだ。宮古島で婦人から入墨をスケッチさせてもらっていた。そのころは沖縄の女性にとって入墨は誇りだったそうだ。人さらいから守るためだという説もあるようだが事実ではないようだ。
多良間島に渡って、さらに水納島に渡り、ある民家で老女から入墨をスケッチさせてもらう。その老女が他の島の入墨の文様を聞くので数十枚のスケッチを見せたところ、ある一枚をじっと見入り、「これは自分の娘の入墨だ」と言って、泣かんばかりに手でなでて擦って紙に頬ずりをしたという。その娘は十数年前に駆け落ちして生死が不明になっていた。宮古島の平良に住んでいることが分かったのである。入墨は島ごとにスタイルがあり、個人ごとにも特徴があったのだ。小原一夫が島を離れるとき、老婆は胸のあたりまで海中に入り舟にすがりついて、声にならない声をあげたという。こういう話も民俗学の中に入るという。けっして考古学や歴史学の分野ではない。

ほかにも、柳田国男への異論なども述べていて、とても佳い本である。ゆっくり読もう。