GOODLUCK'S WORLD

<共感>を大切に、一人の男のスタンスをニュース・映画・本・音楽を通して綴っていきたい

「父との将棋、三番勝負」

2012年12月07日 | Weblog

今日の昼過ぎ、将棋セットとミニPCを持参して実家に向かった。
私が行く連絡は入れなかったが、
偶然にも親父は実家の喫茶店のカウンターでコーヒーを飲んでいた。

粉浜商店街で兄夫婦が喫茶店を営業し始めたのは私が大学4年生の時だった。
喫茶店への商売替えは兄の強い意志だった。
父が田舎から出てきて靴屋を始めたのは20歳の時だった。
私が生まれた年に現在の店や裏の納屋も買い取った。
納屋は今では兄夫婦の3階建ての住居となった。
設計は母方の祖父だった。当時は2階建てだったが、
子供が増えたら3階建てにできるようしっかりしたコンクリート造りだった。
私や兄の部屋、住み込みの従業員の部屋も作られた。
祖父の想いは今や3階建ての住居となって実を結んでいる。

   

兄が結婚し、兄嫁が喫茶店を手伝い始めて店は軌道に乗り出し繁盛した。
兄嫁は素晴らしい人で、私は初対面のときから大好きになった。
二人の結婚式には私の気持ちをオりジナルの歌にして披露宴で唄った。
兄嫁の気持ちを代弁した「今、私は嫁いでゆく」という歌だった。

●今私は嫁いでゆく(youtubeへ)

さて、将棋の話に戻ろう。
突然、86歳の親父に「将棋しよう!」というのも妙なので、
ミニPCに入っている夫婦旅行の写真集を見ることにした。

今年4月に出かけた<びわ湖周辺桜の名所七カ所巡り>、
10月下旬に出かけた<安芸の宮島厳島神社詣・広島城編>、
<岡山城・後楽園編>等を喫茶店のカウンターで一緒に見た。

写真好き・城好きの親父は、
昔オートフォーカスの一眼レフカメラで写真を撮っていたので、
私の写真集に見入ってくれた。
「よう撮れとる」と何度も云ってくれた。

店が混んできたので2階の父の部屋に上がった。
そして、おもむろに切り出した。
「この間、映画を観ていたら親子で将棋を指すシーンがあってな。
 無性に親父と将棋を指したくなったんだ。今からやろうよ」といいながら、
購入したばかりの将棋盤と駒を取り出した。
そして、スムーズに将棋が始まった。

二人ともかなりのヘボだった。
何度かお互いに「待った!」をかけながらゆっくり勝負は進んだ。

「温かくなったら旅行に行こうか?」
「いいな」
「花見の頃がいいんじゃないかな」
「そうだな」

こんな会話がドンドン進む。
こんな楽しい時間を親父と過ごせるなんて、今更ながら嬉しくてたまらなかった。
時間があっという間に過ぎていった。
幸せな時間とはこんな時間のことを云うのだろう。

勝負を始める前、私に支えられながら階段を上がる父がふと呟いた。
「最近、もうそろそろ、ええかなと思う」
「なに云ってんだよ、淋しいこというなよ」
「迷惑かけてるのも嫌だし…」

親父が指す将棋を見ていても心配な面がたくさんあったが、
父のこの言葉はあとあとまで胸を締め付けた。

     

   

勝負は三番続いた。父は負けても負けても挑んできた。
幼い頃の私のように。
圧倒的な差などなかった。
だからうまく負けることなど出来るはずがなかった。
私は賢明に父に挑んだ。
結果、3連勝になっただけだ。

父はとても喜んでいた。
私にはそう見えた。

「またやりたい」と云ってくれた。
私はとても嬉しかった。でも切なくなった…

    


「親父と将棋を指そう!」

2012年12月07日 | Weblog

映画「麒麟の翼」を観て、無性に将棋を指したくなった。
やりたいと本当に思ったことは、すぐに実行に移すのが最近のグッドラック。

先日ネットで将棋盤と駒を別々に注文し、一日置きに送られてきた。
セット物もあったのですが気に入らなかったので、別注文になってしまった。

明日、これを実家に持っていき父と勝負しようと思っている。
小学校卒業以来、つまり46年間、将棋を指していないので、
まずは連れ添いにルールを説明しながらひと勝負。

彼女は私の目的も十分理解しているの断ることはないが、
もともと非常に好奇心旺盛な人物で、「とりあえず、やってみよう」という性格の持ち主。
この当たりは私と同じ。(しかも、負けず嫌いのところも…)

当然私が勝ったが、詰みそうだ(チェックメイトできる→勝てそうだ)と見えて、
なかなかいい手が思い浮かばず、少し時間がかかった。

      

今から麻雀ゲームのように将棋ゲームをダウンロードして明日に備えようと思っている。
ただヘン骨親父に「オヤジ、将棋しようよ!」ではアプローチがイマイチなので、
営業的戦略?を考える必要がある。

例えば、「堺CCはいつも込んでて、食事休憩がえらい長いんだ。同じパーティーの人に、よく将棋で時間を潰そう!と誘われるんだけど、しばらく将棋を指していないんでいつも断っているんだ。昔のように教えてくれへんか?」

もう一つ、「この間映画を見ていたら親子で将棋を指すシーンがあったんだけど、急に将棋を指したくなったんだ。昔みたいに教えてよ」(これはそのままだが…)

さて、明日はどんな戦略で親父に将棋を指させるか、準備を整えて望みたい。

 まだ仕事をしていたら決してこんなことを考えなかっただろう。私の場合、仕事はすべてに優先していた。よっぽどのことがない限り、他人に休みを変えてもらってまでやろうとは思わなかった。2006年まで新婚旅行以外、一度も3連休以上取ったこともなかった。桜見や紅葉狩りも一切興味がなかった。

 50歳を過ぎて、仕事での自分の限界を感じたこともあるが、連れ添いの両親の死、母の死が、私の人生観に大きな影響を与えた。3人の死は、<私自身の残された時間>を初めて意識させてくれたのだ。

『死を間近に迎えたとき、人はやっとプライドや意地というものを捨て、本当の心を取り戻す。
 死んでいく人のメッセージを受け取るのは生きている人の義務だ』

このセリフも映画「麒麟の翼」で加賀が語った。

     

大切なことは体力・気力がまだ充実している時期に、このことに気づかねばならないということ。
でなければ、間に合わないからだ。

父と将棋を指しながら母の思い出や父のやってきた仕事、私のやってきた仕事など
じっくり時間をかけて語り尽くそうと思っている、母ともそうしたように…。