徳丸無明のブログ

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大人をいじめる大人たち・後編

2017-11-28 21:25:04 | 雑文
(前編からの続き)

少し冷静に見ていただきたい。ニュース番組が冒頭から取り上げているからといって、それが果たして「社会的影響力の高い」事件と言えるだろうか。ただ単に、「話題性が高い」だけではないだろうか。社会的影響力など皆無に等しい、放っておいても大した害悪はもたらさない事件ではないだろうか。不倫もまた、その程度のものと断じて構わないのではないだろうか。
話題性が高ければ、新鮮に映る。新鮮に映れば、とんでもないことが起きている、と思うだろう。しかし、その事件に感じた「衝撃の強さ」と、「社会的影響力の高さ」は、イコールではない。
「衝撃の強さ」をいったん脇に置いて、「社会的影響力の高さ」はどの程度のものなのか、を見定める必要がある。そうすれば、それがどれほどの非難に値する事件なのか、がわかるだろう。
小生は、この「メディア‐世間‐インターネット」の三位一体によって行われている〈報道/バッシング〉の在り様を、いじめだと思っている。
「一定の年齢に達した大人が犯した犯罪や非常識を咎めるのは、倫理的に正当な行為であって、いじめには当たらない」と思われるだろうか。だが、「自分(達)より力や立場が弱く、逆らうことができない者に対して行われる、肉体的・精神的苦痛をもたらす行為」をいじめとするならば、「社会的影響力の低い事件の過剰報道」は、紛れもなくいじめである。
「メディア‐世間‐インターネット」がスクラムを組めば、凄まじい力となる。一個人や単一の団体では、到底太刀打ちできない。抗おうとすれば、反省していないと見做され、より大きな攻撃となって跳ね返ってくる。だから、非難が収まるまで、じっと縮こまって耐え忍ぶしかない。
一切の反論を許されず、好き勝手叩かれるままの状態に甘んじねばならない様を、いじめと呼ぶのではないのか。
ニュースキャスターやワイドショーのコメンテーターは、悲痛な表情で子供のいじめ事件に言及する。いじめた側や、適切な対応をしなかったとおぼしき学校を非難し、いじめられた子供に同情の言葉を囁く。しかし、話題が転じるや否や、その同じ口で、いじめの言葉を吐き散らすのである。
これが、ずっと昔から、連日連夜、飽くことなく繰り返されてきた、社会の木鐸とされる、我が国の報道機関の姿である。
報道は基本的に「正義の執行」として行われるが、子供のいじめもまた、往々にして正義の名のもとに執り行われる。人は自らを正義と信じて疑わない時、内省的になることができない。正当性を疑うことなく行為を遂行させ、場合によっては破局的な結末をもたらしてしまう。
子供のいじめは、時として自殺という結果をもたらすが、「メディア‐世間‐インターネット」による大人のいじめもまた、多くの自殺者を生み出している。
2004年2月に起こった鳥インフルエンザ事件では、ちょうど鳥インフルエンザの危険性が喧伝されていた頃に、その感染のおそれがありながら死んだ鶏を流通させたとして京都にある養鶏場が大バッシングを受けた。この養鶏場の会長夫妻は、最終的に首を括っている。
2005年11月に発覚したマンション等の建築物耐震強度偽装事件では、槍玉に挙げられた建築士の妻が投身自殺している。
2013年6月に、岩手の県会議員が、受診した病院で本名ではなく番号で呼ばれたことに腹を立て、代金を支払わずに帰宅し、その顛末を自身のブログに綴ったことで、非常識との謗りを受けた事件でも、やはりこの県議がメディアに報じられてからひと月も経たないうちに自ら命を絶っている。
今思い出せるのは上に挙げた3件だけだが、報道によって自死に追いやられた事例は他にいくらでもあるし、そこまではいかなくても、精神に変調をきたしたり、家族や友人などの人間関係が壊れたり、仕事や学校を辞めざるを得なくなったりするなどの、人生を狂わされる事例であれば、その数はもっと膨大なものとなるだろう。
震災によって避難生活を強いられた結果、心労によって死に追いやられる事例を「災害関連死」と呼ぶが、それと同様に「報道関連死」と呼ぶべき事態が出来していると言わなければならない。
このように述べれば、常日頃からメディアに批判的な人々は賛意を表してくれるだろう。だが、メディアを批判するだけでは駄目なのだ。メディア批判の言説が、「己を正義と信じて疑わない姿勢」によって繰り出されているとするならば、それは「己を正義と信じて疑わないメディア」の映し絵でしかない。
鏡に向かって文句を言ってもしょうがない。原因は、メディアの側にだけあるのではない。「正義と信じて疑わない姿勢」そのものが根本的な問題なのであって、世間の側、つまりはほかならぬ我々自身の責任でもあるのだ。
自分以外の誰かを批判するだけでは、根本的な解決にはならない。そもそも、「自分以外の誰かを批判する態度」こそが、いじめを生み出す温床なのだから。
批判ももちろん必要ではあるだろう。だがそれと同時に、そして批判以上に、反省の身振りが不可欠なのである。我々世間はメディアと結託し、日々いじめを行っている。だから、メディアに反省を促すとともに、自らも内省しなくてはならない。そうしなければ、常にターゲットを見付けては集団で石を投げる我々の、陰湿な陋習は今後も温存され続けるだろう。

子供のいじめがなかなかなくならない原因の一つ。それは、大人達が公然といじめを行っているからである。
大人達は、口では「いじめはいけない」と言っておきながら、自らは毎日のようにいじめの言葉を吐いている。子供は、大人のそんな姿を見て育つ。そして、問わず語らずいじめの仕方を学習している。同時に、無意識のレベルで、「大人は口ではああ言っているけど、本当はいじめを肯定しているんだ」と理解している。
子供は、大人からいじめを学んでいる。「いじめはよくないと言いながらいじめをする大人」がいなくならない限り、学びの連鎖は終わらない。
だから、もうはっきりと言おう。この国の大人達に、子供のいじめを非難する資格などないのだ。
自分達が嬉々として、率先していじめを行っているのだから。
子供のいじめを非難するより先に、自分がいじめをやめるのが筋というものだろう。
「いじめはやめなさい」という言葉は、子供ではなく、大人達にこそ向けられねばならない。
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大人をいじめる大人たち・前編

2017-11-27 21:26:19 | 雑文
なぜ日本社会はかくも不倫を問題視するのだろうか。
芸能人や政治家の不倫がここ最近ずっと耳目を集めているが、正直どうかしているとしか思えない。「男女の関係はありません」という当事者の発言を報道番組の冒頭に据え、新聞の見出しに掲げるその様は、はっきり言って常軌を逸している。
小生は、不倫というのはあくまで当事者間の問題(家族や友人・知人に影響を及ぼしたのであればその影響下にある人々を含む問題)であって、その当事者と直接関わりのない人達が声高に非難する筋合いのことではないと思っている。
不倫を批判する人達は、それがどれほど社会に害悪を及ぼす行為なのかを、きちんと考えたことがあるのだろうか。現実的に考えれば、ごく限られた数の当事者が精神的苦痛を蒙り、場合によってはいくらかの経済的損失が発生する程度の問題であり、国を挙げて大騒ぎするような事柄ではないはずだ。
「世間を騒がせている」などと言う人もいるが、それは的外れである。世間が勝手に騒いでいるのだ。当事者たちは、不倫という後ろめたい行為を、できるだけ秘匿しておこうとしている。その、隠そう隠そうとしていることを、世間と結託したメディアが暴き立てて騒いでいるのだ。世間が騒ぐのが迷惑だというのなら、報道しなければいいだけの話である。
結局、不倫報道はメディアにとっては飯のタネでしかなく、世間にとっては面白半分のゴシップでしかない。「世間を騒がせている」という言い分は、そんな自分達の下卑た覗き見根性を都合よく取り繕うための言い訳である。
流行語にも選ばれた、イエロージャーナリズムのトップを走っているあのメディア媒体は、この現状をどう考えているのだろう。「自分達こそが世の中を動かしているんだ」って鼻高々なのかな。ゴミみたいなもんに血道を上げているとしか思えないけどね。
対象者が政治家である場合、「公務よりも欲望を優先させている」と非難する人がいる。だが、本人でもないのに、何故そう断じることができるのだろうか。この手の批判は、道徳面ではなく、職業倫理面での批判であり、何よりも政治家としての働きが最優先だとの主張である。しかし、ひょっとしたら当の政治家は、不倫をしていることによって多大な活力を得ており、不倫をしない状態よりも生き生きと公務に臨むことができているかもしれないではないか。その場合は、逆に不倫を推奨しなければならなくなるが、そこまで考えたうえで発言しているのだろうか。
「奥さんと子供が可哀想」と言う人もいる。だったら報道するな。報道に乗じて言及するな。家族の精神的苦痛を倍加させているのは、報道に加担しているお前自身だ。そこを間違えるな。
不倫の当事者よりも、不倫を暴き立てて騒いでいる人達のほうが、遥かに“ゲス”である。なぜこの国では、こんな低劣なことがまかり通っているのだろう。

この国において幾度となく繰り返されてきた、メディアと世間が結託して――そして、今ではインターネットという第三項がこれに加わって――行われる、特定の個人や団体に対する集中非難は、あまりにも度を越している。
社会全体に大きな害悪を与えるような行為であれば、ある程度の非難が起こるのはやむを得ない。だが、不倫や、非常識ではあるが犯罪には該当しないイタズラ行為や、ちょっとした軽犯罪ですら、メディアは大々的、かつ集中的に取り上げて批判を行う。
なぜこれら些細な行為が大きな非難を浴びることになるのか。
およそ人が犯しうる犯罪行為の中で、最も罪が重いのは殺人である。人の命を奪う事ほど、社会的影響力の高い事件はない(強姦や国家機密漏洩のほうが重い、という異論はあるだろうが、基本的には殺人が一番ということで同意していただけると思う)。だから、報道において、最も優先順位の高い案件は殺人となるはずである。
しかし、実際にはそうなってはいない。何故か。
報道に際して選好されるのは、「社会的影響力の高い事件」よりも「話題性の高い事件」だからである。
殺人の典型的なパターンは、「相手と口論になり、激高して危害を加え、死に至らしめた」というものである。殺人の大半がこのパターンと言っていいと思うが、典型的ということは、ありふれているということであり、誰しもがこれまでに何度も見聞きしている、ということである。
つまり、典型的な殺人は、「話題性が低い」。
メディアもひとつのビジネスである以上、できるだけ世間の関心を集めるソースを選択せねばならない。だから、社会的影響力は高くても、話題性の低い「典型的な殺人」は、滅多なことでは報道の枠内にエントリーされない。
世間が注目するのは、「典型的ではない事件」である。社会的影響力が低くても、「かつてなかった」「滅多に起こらない」事件のほうに人々は群がる。(不倫もまた、ありふれた事案ではあるのだが、当事者が著名人であれば話題性は高くなる)
だから、行為としては極めて軽微にもかかわらず、「コンビニのおでんを指で突っつく動画」や「SNSに上げた線路上に寝転がる写真」のほうが選択的に報じられるのである。
それらは、「かつてなかった」「滅多に起こらない」事件であるがゆえに、人々の目には新鮮に映る。何度も見聞きしてきた「典型的な殺人」に対しては反応が鈍くなっている人々も、「かつてなかった」「滅多に起こらない」事件に対しては、その新鮮さゆえに大きな反応を示す。その時、「社会的影響力が高いか低いか」は、あまり勘案されない。
だから「社会的影響力の高さ」「犯した罪の重さ」に応じて報道の度合いが決せられる、ということにはならない。
我が国のメディアと世間の往還運動は、このように成り立っている。これが「社会的影響力は低いのに、話題性の高さゆえに大々的な報道が起こる」メカニズムである。

(後編に続く)
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マンガ・四コマ・『バカ呼ばわりくん』

2017-11-24 21:10:31 | マンガ
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マンガ・四コマ・『地球の平和くん』

2017-11-22 21:07:28 | マンガ
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M-1グランプリ2017 優勝予想

2017-11-20 21:24:09 | 雑文
最近めっきり寒くなってきましたね。ということは、今年もあの季節、そう、M-1の季節が訪れたということです。
空々しい時候の挨拶は早々に切り上げるとして、優勝予想いたします。


第1~3候補。

①とろサーモン・・・ずーーーーーっとひたすら泥水すすってきたコンビ。ケンドーコバヤシに「芸人としては100点だが人としては0点」と言わしめた久保田の性格くそひん曲がってる所がすごく好き。とにかく優勝してほしい。面白いとか実力うんぬんとかじゃなく、日の目を浴びてほしいという感情だけでイチ押しにさせてもらう。

②ジャルジャル・・・2015年出場時はすごかった。高度な計算によって精緻に組み立てられたパズルのごときネタ。正直ジャルジャルのことは面白いと思っていなかった。なんか、ただひたすら同じことを繰り返すコンビだと。その印象が、この時大きく変わった。漫才の新たなジャンルを切り拓いたと言っていいほどハイレベルなネタだった。今回はさらにその先を行く出来を期待したい。

③ミキ・・・人気と勢いがあるのはよくわかってる。でも個人的にあまり面白いと思わないんだよなぁ・・・。世間の評価に合わせて第3候補。


他の出場者にも一言。

かまいたち・・・漫才ももちろん上手いんですけど、ただキングオブコントと2冠というのは(しかも同じ年に)ちょっとどうか、という意識が審査員に働くのではないかと。それによって点数が若干低めになり、結果優勝には至らないのではないかと。

ゆにばーす・・・芸風とはらちゃんのキャラが苦手。

マヂカルラブリー・・・だいぶ前に「爆笑レッドカーペット」で観たような・・・。どういうネタするコンビなのか覚えてない。

さや香・・・知らないコンビ。「さやか」と読むそうです。

和牛・・・X JAPANの「Rusty Nail」を歌いながら大根の桂剥きする水田の持ちネタ、バカバカしくてサイコー。世間的には屁理屈担当の水田がとがっていると思われがちですが、シメの「もうええわ」の言い方見てると、むしろ川西のほうがとがってる気がします。なんとなくだけど、今大会は3~5位あたりになりそうな予感がします。

カミナリ・・・去年は初出場ということもあってか、だいぶ緊張しているように見えた。すでにかなりの売れっ子となり、多くの場数を踏んできたことで、今回は堂々と望めるのではないでしょうか。


敗者復活も予想しときます。

とんがってるのが好きなので、天竺鼠とかAマッソを押したいんだけど、今回は正統派しゃべくり漫才の囲碁将棋にBet。面白いのにすごい地味なんで売れてないコンビ。もっと注目されていい。


そういやキングオブコント優勝したかまいたち、全然ブレイクする気配がありませんね。全部にゃんこスター(と言うか、アンゴラ村長ピン)に持ってかれちゃったのでしょうか。今は芸人の数が多いので、関西芸人が東京に入り込む余地があんまりないっていう部分もあるんでしょうけどね。M-1で結果出せば今度こそ何か変わるのか・・・。
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